グルーマン
俺の名前は、今居則夫。
友人は皆、俺をグルーマン(糊男)と呼んでる。
俺は、大した才能はないんだが、誰とでも友達になる事ができるんだ。友人が困っているときには、役に立ちそうな別の友人を紹介する。人と人とをくっつける。だから、グルーマンさ。
※
「グルーマン。サンキュー!君のおかげで彼女の機嫌が直ったよ」
街を歩けば、そんな風に声をかけられる。
「いいレストランだったろ。シェフが友人なんだ」
「グルーマンに教えて貰ったと伝えたら、喜んでたよ。あと、これ少ないけど……」
差し出された封筒を、俺は手で制した。
「やめてくれよ。金なんかいらない。そのうち何かで手を貸してくれれば良いさ」
俺が求めているのは現金じゃない。いつかどこかで、この「縁」が誰かの助けになれば、それでいい。
「グルーマンさん!」
不意に、一人の女性に呼び止められた。見覚えのある、だがずいぶんと大人になった顔。
「君は、確か15年前に子犬を貰ってくれた子だね」
「はい、ジョンは先日……」
彼女の瞳が少し潤む。それだけで、その先は言わなくても分かった。
「そうか。……元の飼い主にも伝えよう。君も来るかい」
並んで歩きながら、俺は彼女の横顔を盗み見た。
「それより、君、だいぶ疲れているようだけど……」
「はい、実は……失業してしまって……、ジョンの治療で貯金も…」
俺は何も言わず、ただ目的地へと彼女を促した。
「そうか、大変だったね。おっと、ここだよ。ここがジョンの産まれた家だ」
庭先から元気な鳴き声が響く。わんわん。
「きゃあ、ジョンそっくりの子犬!」
彼女が声を弾ませたのと同時に、家の主が顔を出した。
「やあ、グルーマン。久しぶりだな」
「ああ、あの時の子犬の主人を連れてきたんだ。先日、亡くなったそうだ」
彼女が深く頭を下げる。「ごめんなさい」
「仕方のない事だよ。あの子を愛してくれてありがとう」
主人の温かい言葉に、彼女の肩の力が少し抜けたようだった。俺は主人の顔を見て、さりげなく切り出した。
「ところで、君はブリーダーを始めたんだろ?」
「ああ、でも人手が足りなくてね。住み込みだと、中々…」
その言葉を聞いて、彼女の目が大きく開かれた。俺はそれ以上、口を挟まない。
やがて、彼女が涙を浮かべながら俺の方を振り返った。
「ありがとう……ございます、グルーマンさん。このお礼は……」
「礼なんていらない。友達だろう?」
俺はポケットから、使い古した携帯電話を取り出した。今時珍しい折りたたみ式の、いわゆるガラケーだ。
「スマホ? こいつとは長い付き合いだ。別れるのはもう少し先にするよ」
指先に伝わるボタンの感触を確かめ、パタンと俺はそれを閉じた。




