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紫苑の花は後宮に秘する  作者: 荻原なお
物言わぬ花

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第6話 英峰が隠す本音


「英峰。あなた、泣いていたの?」


 地下牢を出た英峰が目元の熱を冷ますため、人気のない小径こみちを歩いていると木陰から声が飛んできた。急なことに肩を跳ねさせた英峰が木陰を見ると、紫苑が顔を覗かせている。

 女にしては大柄な体を極限にまで縮こませ、そっと声を落とす姿は堂々とした彼女にしては珍しい。普段の英峰なら嬉々としてからかいにいったのだが、今はそんな気も起きない。


「何してるんだ?」


 淡々と問いかければ、紫苑は両目を微かに細めた。


「誰かさんが謝秋妃に私を見張るように言いつけたじゃない。あの子、本当に私を見張ってるの」


 つい先日、溺死しかけて、更に頭に一撃を食らっているくせに天鳴の捕縛に同行しようとする紫苑を止めるため、謝秋妃と雨蓉に見張るよう命じたのは英峰だ。

 命令通り、きちんと足止めしてくれた二人に内心で褒めそやす。行動力あふれる紫苑を止めるなんてそう簡単ではないはず。


「隠れても見つけ出すし、逃げても追ってくるし。砂族の女性の身体能力ってすごいね」


 げっそりとした表情から紫苑の疲れが垣間見える。英峰は小さく笑うと手招きした。


「まあ、そう言うなって。こうしなきゃ、お前、無理するじゃん」

「そうじゃなければ、雇われた意味ないじゃない」

「あるよ。十分に。ほら、休みたいならこの先、廃れた小屋があるんだ。誰もこないから一緒に行こうぜ」

「そこで、今回の件、全て話してくれるの?」

「ん? 今回の件?」

「とぼけないで。どうせ、全てあなたの企んだ通りなのでしょう?」

「……どうしてそう思う?」

「あなたが最初に報酬として掲示してきた大金、それを支払う人が誰かを考えたら一人しか浮かばないもの。黄皇太后様でしょう? あなたにこの件を持ちかけたのは」


 英峰は内心、舌打ちする。恵君の想いを汲み取って、この騒動は「天凱の廃位を望んだ黄皇太后が仕組み、天鳴は利用された」ことにするつもりだったのだが、野生の勘というべきか幼馴染は察していたようだ。

 いつものように舌先三寸で言いくるめようにも、紫霄ししょうの瞳は真っ直ぐ英峰を射抜いている。嘘は通じないだろう。


「誰かさんのおかげでたっぷり考える時間あったからね」

「……紫苑。時間ある?」

「あるよ。作ってきた。あなたと話すために」

「なら、歩きながら話すよ。長くなるから」


 つい、と視線を前に向けて英峰は歩き始めるので、紫苑は慌ててその隣に移動した。


「……紅琳のガキはさ、確かに天凱から見たら無垢で無邪気な可愛らしい妹だったんだろうな」


 虫の羽音のような小さな声で英峰はしゃべり始めた。


「俺から見たら悪知恵働くクソガキだったけど」


 全ての発端は、紅琳が辺境の地へ輿入れすることが決まったことから始まった。決めたのは皇太后でも天凱でもない。国の中枢を担う老臣達が異国と外交を結ぶべく、紅琳を差し出そうとしたのだ。

 それに異を唱える者は一人もいなかった。妹ももう適齢期、本人がいいなら文句はないと天凱も頷いた。

 けれど、


「当の本人には好きな男がいた。嫁ぐ先にはそいつを連れて行くことはできないし、かといって天凱に言っても宦官と公主が夫婦になることはできない。だから、心中することを選んだ」


 雪が降る夜だった。引き裂かれることを悲しんだ紅琳は恋人と共に橋の上から冷たい水へと身を投げた。


「紅琳は死に、相手の宦官は冷水に浸かったことで心臓が止まり一時的に仮死状態になった」


 二人を繋ぐのは硬く握られた拳に、手首に巻かれた布。水中で身を寄せ合って揺蕩たゆたう二人を一番に発見したのは、散策に出ていた黄皇太后とその侍女だった。


「お互いが同意しての心中でも、傍から見たら公主を殺した大罪人だ。目を覚ました宦官は己の保身のため、〝なんでもするから助けてくれ〟と黄皇太后にすがりついた」


 実際にすがりついた相手は天鳴だ。天鳴は紅琳の死を利用して、天凱を愚王に仕立て上げ、周囲から失望されるように仕向けるため、協力者として宦官を手元に置くことにした。


「お前に接触してきた女、覚えてる? 大勇とお揃いの帯飾りを持ってたやつ」

「うん。覚えてる」

「その女の声、紅琳の声と瓜二つだったんだ。本当に、天凱が聞いても違和感がないぐらい」


 女の名は蘭玉らんぎょく。元々は厨に所属する女官の一人だった。家柄も容姿も秀でてはいないが、仕事っぷりは高評価。それが黄皇太后の目に付き、下級女官から皇太后付きに大出世したとされていたが、実際はその声を利用するべく召し抱えられた。

 それと同時にその恋人である大勇も皇太后付きとなった。


「大勇は蘭玉を放っておけなかった。だから、駄目だと分かっていても恋人のために慶王に楯突いた。大勇が死んだことで蘭玉は生きる希望を失い、全てを洗いざらい吐き出そうと紫苑《お前》に話そうとしたそうだ」

「なるほどね。だから、ああいう行動したのか」

「そう。けど、問題が一つあった。蘭玉が逃げた先、彩花園には紅琳が()()()()()()()


 天凱は狩りを好まない、季妃達が好む美しい造園でもない、陽光殿から近いということで紅琳の遺体を埋める場所に選ばれた。

 くだんの宦官は罪の発覚を恐れて頻繁にその場所を訪れて、掘り返されてはいないか、誰かが立ち入ってはいないかを確認していた。そこに仲間であったはずの蘭玉が、崔皇太后を連れてきた。


「あの女がお前に全てを打ち明ける気だと悟ったあいつは恐ろしくなり、お前を殺そうとしたんだとよ」

「うわぁ、迷惑。それで私は殴られて、池に突き落とされたの?」

「油断し過ぎだ。前だけじゃなく、周囲も警戒しなかったお前が悪い」

「分かっているよ。反省してる」

「後宮にずっといるから体や勘が鈍っているんじゃないか?」

「あー、そうかも。あんまり動いていないし」

「……お前がいると話が脱線するな」

「まあ、いいじゃない。久しぶりにこうして話せるんだもの。ゆっくり、色んなことを話そうよ」

「そうだな」


 ——これから、話せなくなるし。

 その言葉を無理に喉奥に押し留めて、英峰は紫苑の横顔を盗み見する。異国の血を継ぐため、彫りが深い端麗な顔立ち。直情的だが冷静に周囲を観察し、身のこなしも申し分ない。情に熱いため、裏切る心配もない。


(天凱の正妻にぴったりだ)


 心優しい天凱が慶王として君臨すれば、心を痛める機会は数多く訪れるだろう。英峰が周囲を牽制し、早く駆除してその身を守っても心は擦り減る。

 そのため、英峰はその心を守る存在として紫苑を選んだ。

 紫苑が皇后として後宮を統べることになれば、以前のようには気軽に会うことはできない。天凱は許すだろうが、いずれ国母となる女と軽率に会うことは避けるべきだ。


(これが、もしかしたら最後かもな)


 自分で考えて望んだくせに、なぜか寂しく思った。


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