第13話 駒にすぎない
空を覆う分厚い雲が星月を隠してしまったため、地上は重々しい闇に沈んでいた。
目を凝らしても足元すら見えないため、司馬冬妃——麗雪は辟易する。昨夜のように月明かりがあれば、まだ活動も容易だったのにと空を見上げ、ため息をつく。どれだけ待っても風が来ないため、一向に雲は去ってくれそうにない。
「司馬冬妃様、そろそろ戻りましょう」
待つことに痺れを切らした護衛が声をかけてきた。元々は後宮で宦官として働いていたという男は、宦官にしては体格がいい。崔皇后が紹介すると言った時は面倒だと思ったが内面も寡黙で穏やか。一緒にいても苦にはならない点は気に入っている。
「そうね。もう、真っ暗」
「足元に気を付けてください」
護衛は手燭で麗雪の足元を照らしてくれる。断るのも忍びないため、麗雪は促されるままあるき出した。
殿舎に帰ってきた麗雪を迎えたのは内侍監の独秋海だった。
「司馬冬妃様にお伝えしたいことがございます」
秋海は揚々とした態度で頭を下げる。
「そう、分かったわ」
麗雪は息を吐くと護衛に立ち去るように命じた。護衛は訝しむ様子を一瞬だけ見せるがなにも言わない。
(あとで崔皇后に伝達するのかしら?)
遠のく背中を見送りながら、考える。あの護衛が崔皇后にどう命じられたかまでは分からないし、麗雪との会話や行き先をどこまで報告しているかまでは知りようがない。
謝秋妃が護衛はいらないと跳ね除け、剣を欲したことから純粋に麗雪の身の安全を守るために充てがわれたのかもしれない。
(まあ、どっちでもいいけれど)
護衛がどう報告しようが麗雪には関係ない。誰が見ても「大切な親友を探す女」に映るだろうから。
「……いつまでそこにいるの? 誰かに見つかる前に入って」
臥室への扉を開いて秋海を招き入れる。整っているがやや脂肪のついた顔は熱に浮かされたように赤い。それが熱からくるものではないことを理解している麗雪は内心で汚物をみるような目で秋海を睨みつけた。
「褒美を。私はあなたの願いを叶えました」
臥台へ腰掛けた麗雪の足元に秋海は跪くと、そっと頬を麗雪のふくらはぎに添える。布越しに伝わる体温が気持ち悪いが麗雪は澄ました顔をつとめた。
「分かっているわ。あなたがいて、助かっているもの」
麗雪はそっと裙をひきあげる。白いふくらはぎがあらわになると秋海が小さく喉を鳴らす。まるで待てを命じられた犬のような顔で麗雪の動向を伺った。
「いい子ね、秋海。待てできる子は好きよ」
名を呼ぶだけで秋海はとても嬉しそうな顔をする。
(馬鹿な男)
麗雪がどれだけ心の中で罵声を浴びせ、蔑んでいることも知らない。哀れで、可哀想な、
(いいえ、こいつはもう、男でもないか)
男でも女にも成れない生物。
「はい、どうぞ」
許可を出した途端、秋海は沓を脱がし、舌を這わせる。指股から爪の形を辿り、指をしゃぶり、ゆっくりとふくらはぎを、膝を、太ももを——。
(茉莉花とは違う)
臥台に横たわり、秋海の愛撫に耐えながら麗雪は過去に思いを馳せた。
昔、まだ故郷にいた頃。経緯は思い出せないが茉莉花とこうして触れ合ったことがある。まだ二人は子供で、そうした行為を遊びだと勘違いしていたからか誰ともなく唇を合わせ、それを合図に柔らかな肢体を指先で撫でて、時には唇で辿り、舌や歯で弄んだ。
「……っ」
秋海の舌が、足の付根を撫でたことで意識は今へと戻ってくる。上半身を起こして、下を見ると裙の下でもぞもぞと何かが蠢いている。
「ねえ、楽しい?」
割れ目に舌を這わせていた秋海が顔を持ち上げたのが分かった。生暖かい吐息が肌にかかるのが不愉快だ。裙のお陰でお互いの顔が見えないことをいいことに、麗雪は顔をしかめる。
「ええ、とても! 夢のようにございます!! 麗雪様とこのようなことができるだなんて、なんなりと私に申し付けください!」
「頼りにしてるわ」
裙越しに秋海の頭を撫でた麗雪はまた褥に横たわる。
(ああ、気持ちが悪い)
これは対価なのだから、耐え忍ぶ他ない。高い天井を見上げて、この意味がない行為が早く終わることを願うのだった。




