第10話 考えが読めない
おかしい、と紫苑は思った。天凱が茶会にまで参加すると言い出した時は驚いたが、英峰に意趣返しするためだと思っていた。
それなのに天凱は離れることなくついてきている。何度も視線を送っても微笑みで返され、意図に気付いて貰えず、着々と客庁が近づいてくる。
(なにを考えているんだ)
天凱の考えが読めない。妹君を助けるために躍起になっているのだろうか。それにしては表情はいつもと同じように見える。
「……安心してくれ」
紫苑の焦りに気がついたのか、天凱は甘える仕草で耳元に唇を寄せた。
「途中で私は抜け出す。少し、探りたいことがあるんだ」
「私になにか手伝うことは?」
「いや、ない。君の臥室に入らせてもらうが、いいか?」
「かまいませんが……」
意図が読めず訝しんでいると天凱はにっと笑う。
「すまない。やはり、お願いがある。司馬冬妃をできる限り、足止めしてくれ」
「承知しました」
***
急遽、茶会が設けられた客庁で紫苑と天凱、司馬冬妃は円卓を囲み、穏やかに会話を楽しんでいた。天凱が人払いをしたおかげで宦官も宮女もいない空間は崔皇后を演じていても心地よいものだった。
時間も忘れ、楽しんでいるとふと天凱が立ち上がった。
「どうなさいました? 天凱様」
紫苑は不思議そうに天凱を見上げた。
「お前といるのは楽しいが、少し疲れてな」
「まあ、ではおやすみになられては? あなたが倒れたら悲しいわ」
「そんな顔をするな。少し、休んでくるだけだ」
名残惜しそうに紫苑の頬を撫でると天凱は客庁を後にした。
「……すまない」
天凱が出ていって早々、紫苑は肩を力を抜くふりをした。口調もいつもと同じ砕けたものに戻すと司馬冬妃はふふっと笑う。
「崔皇后様も慶王様の前では緊張するとは思わなかった」
「機嫌を損ねたくないからね」
「それは分かるけど、崔皇后様なら慶王様も怒らないのでは?」
「どうだろう。私の素って男っぽいから無理って思われるかもしれないし」
天凱は素の紫苑を知っている。女らしく甘える崔皇后の姿像は英峰が潜入にもってこいだと提案したから演じているに過ぎない。
(今思えば英峰の嫌がらせの気がする)
そう気付いてももう演じてしまっているので変更はできない。雨蓉や司馬冬妃など、限られた人物の前なら素の紫苑でいても問題ないのが唯一の救いだった。
「飾らなくて安心するけど。茉莉花もそうだったし」
「姫春妃ってどういう人だったの? 恨みを買うような人ではないっていうのは聞いているけど」
「うん。恨みは買わない。それどころか春の日差しのような、可愛い子」
司馬冬妃は茶器を回しながら、そっとまつ毛を伏せる。
「私達、同じ故郷だって聞いてる?」
「仲が良いことも聞いてるよ」
「うん。故郷はさ、すごい田舎で、なにもないところ。子供も少なかった。だから、私と茉莉花は歳が近くいこともあって自然と仲良くなったの。いつも一緒にいたわ」
「幼馴染なんだ」
「そう、幼馴染で親友。ずっと一緒にいられると思っていたんだけど、そうじゃなかった。あの子は可愛くて、避暑にきた貴族に見初められて養女になることが決まったわ。それがきっかけで慶王様の側室になることになった」
姫茉莉花の元の姓名は司馬。司馬は南方に多くいる姓名で、司馬冬妃——麗雪とは遠い縁戚だった。名前の通り、純白の花のような笑顔が可愛らしい少女で心も清らか。それが姫一族の当主とその正妻に気に入られた。
「後宮って恐ろしいところだと聞いていたわ」
茶器の縁を指で辿り、また揺らす。落ち着かない様子だ。
「あんな優しい子が後宮で無事なわけないでしょう。それを聞いた私はすぐに司馬家の当主にかけあった。田舎で、家柄も低いけど、当主は色んな伝があってね。時間はかかったけれど、私も側室の一人になることができたわ」
「司馬冬妃は、姫春妃が大好きだったんだね」
「ええ、大好き。昔も、今も、ずっと」
一瞬だけ、司馬冬妃はぎゅっと唇を噛み締める。
「……本当に、誰があんなことをしたのかしら」
「分からない。調べているけど、情報は悲しいほどに入ってこないんだ」
「私の方でも探っているけど、なにも分からないの」
「だからって出歩くのは危険だ。出歩くなら宦官や侍女を連れていかないと」
「あんまり人と一緒にいるのは嫌いなの」
だから嫌、と司馬冬妃はむっとする。
「茉莉花なら苦じゃないけど、他人は嫌い。必要以上にぐいぐいくるから」
「でも危険なのは間違いないよ。慶王様が季妃に護衛をつける許可をだしてくれたから、家に手配して誰かを連れてきてもいい。どう?」
「家、遠いからいらない」
「我が家から誰かを手配しようか?」
「いい。いらない」
司馬冬妃は頑なに首を縦にふらない。
それでも紫苑が食い下がると見るからに不機嫌な顔をして、立ち上がる。
「どこに行くの?」
「茉莉花を探さなきゃ。まだ全部、集めてはいないんでしょう?」
まあ、と紫苑は曖昧に言葉を濁した。宦官達に命じて肉片を集め、医官によって組み立ててはいるが、完璧とは言い難い。この猛暑で肉片は干からび、虫に食された跡もあると報告を受けている。
だから姫春妃の殺害が明るみに出た時、英峰の指示で多くの宦官を投入した。それでも絶対に見つからない臓器があった。心臓だ。
「有意義な時間を過ごせたわ。急に来て、ごめんなさい。じゃあ、私はこれで」
「待って。うちの宦官に送らせる」
「……断っても無駄そう」
はあ、と司馬冬妃は肩を落とす。
「ならお願い。その人連れていくから」
「姫春妃を探しに?」
「ええ、そう。その宦官さん、すぐ返した方がいい?」
「危ないから殿舎に。姫春妃は私達が探すから」
「崔皇后様は鬼吏部侍郎さまと幼馴染でしょう?」
意味がわからず、紫苑は司馬冬妃を見上げて固まった。
「幼馴染がバラバラにされて、まだ完全に見つからなくて。それでものんびりしていられる?」
「……いいや、探す」
「私もそう。だから探すの」
「……ただし、危険だと思ったらすぐ避難すること。些細な違和感でも私に報告すること。外出する時は護衛を連れていくこと。この三つを守るように。そうしたら、私はなにも言わない」
「分かった。約束する」
踵を返した司馬冬妃はなにかを思い出したように足を止めると振り返った。
「慶王様に伝えて欲しいのだけれど、弟君が体調を崩されたそうよ。お見舞いにでもいかれたら? と伝えて」




