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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カルヴァーン戦記

作者: ポノキオ

家族を奪われ、絶望の淵に立たされた少女ノエル。しかし、出会った若き王子アレンとの絆が、彼女を新たな運命へと導く。奪われた未来を取り戻すため、血の繋がりを越えて立ち上がる少女の物語。


過去の喪失、希望への挑戦、この物語の扉を、どうか開いてください。

ザルキア帝国。大陸の東に位置し、新皇帝マルカスの就任後、その領土を急速に拡大していた。侵略した村々で兵士たちは傍若無人の限りを尽くし欲望の捌け口としていた。


大陸の北、美しい氷の国サナリス。その国境近くの街で12歳の少女ノエルは、父のジャン、母のフィリシアと3人でつつましく暮らしていた。優しい父と美しい母はノエルの自慢の両親だった。


「またザルキアの軍が街を襲ったらしい。王都へ引っ越した方がいいかもしれないな」夕食のスープを飲みながら、ジャンが切り出した。


「そうね、ここもいつ襲われるか…。できるだけ早く王都へ行きましょう」フィリシアも不安げに同意する。


「え! 王都に行けるの? やったー!」ノエルは無邪気に喜んだ。


「王都にはたくさんお店があるからな。みんなで美味しいお店を探そう」ジャンの優しい笑顔に、ノエルの顔が輝いた。ささやかながらも、幸せな家族。


数日後、ジャンは引っ越し用の荷馬車を借りに出かけた。フィリシアは荷物の整理に追われ、退屈したノエルは広場へ遊びに行く。


「ノエル、あまり遠くに行っちゃだめよ? お父さんが馬車を借りてきたら出発するから、お昼には帰ってきてね」


「はーい!」


広場の噴水で裸足になり遊んでいたノエルは、ふと、周囲の異変に気づく。「ザルキアだ! 攻めてきたぞ!」


街の人々がパニックになり逃げ惑う中、ノエルは裸足のまま、必死に家へと走った。黒い甲冑を身にまとったザルキア兵が、黒雲のように街を飲み込んでいく。


やっとの思いで家の前にたどり着くと、荷馬車が止まっていた。「お父さん、帰ってきてる!」


ノエルは急いで家の中に駆け込んだ。


「ノエル、来ちゃだめ!」


ノエルが見たのは、信じられない光景だった。


フィリシアは、引き裂かれた服をかろうじて身につけ、兵士に組み敷かれていた。抵抗する彼女の白い肌が、無情にも露わになっている。その横には、首を斬り落とされたジャンの無残な姿が転がっていた。


「ノエル、見ないで! 早く逃げて!」フィリシアは涙ながらに叫んだ。兵士の獣のような眼光が、一瞬、ノエルを捉える。


ノエルは、目の前の光景に耐えきれず、意識を失った。



ノエルは、どれほどの時間、意識を失っていたのだろうか。


頭部に痛みが走り、ゆっくりと目を開ける。


目に飛び込んできたのは、信じたくない光景だった。


先程まで母親に覆いかぶさっていた、獣のような男が、ノエルの髪を掴み、無理やり引き起こそうとしていた。


「こっちへ来い。次は、お前の番だ」


男の言葉に、ノエルは全身を恐怖が駆け巡り、悲鳴を上げた。


「やめて! 離して! お母さん、助けて!」


藁にも縋る思いで母親を探すと、そこには、変わり果てた姿のフィリシアが横たわっていた。


陵辱され惨殺されたのだろう。服は乱れ、首には痛々しい切り傷が。父親であるジャンの隣で、変わり果てた姿で動かない。


「いやああああああッ!」


ノエルの叫びも虚しく、男は力ずくでノエルを押し倒した。ザルキア兵は、まだ幼い少女に、その身を貪ろうとしていた。


その時だった。


ザンッ!


鋭利な刃物が肉を断つ音と共に、血飛沫が上がる。


「大丈夫か!」


ノエルの上に覆いかぶさっていたザルキア兵が、血を噴き出し倒れた。


そこに立っていたのは、ザルキアの兵士が身につけている黒い甲冑ではなかった。白銀に輝く甲冑に身を包んだ、金髪の青年だった。


「酷い目にあったな。もう、大丈夫か?」


青年はそう言い、ノエルを優しく抱き上げると、周囲を見渡し、一瞬で状況を理解した。


「なんて酷いことを……」


青年の名は、アレン・カルヴァーン。大陸の西に位置する、剣の国カルヴァーンの第一王子。


同盟国であるサナリスの危機を救うため、自ら軍を率いて駆けつけたのだ。


「お母さん……! お父さん……! いやああああッ!」


ノエルはアレンに抱きつき、泣き叫んだ。12歳の少女には、あまりにも残酷な現実だった。


「すまない……。もう少し、早く来れていれば……」


アレンはノエルを強く抱きしめ、その小さな背を震わせる、少女のために涙を流した。


街を蹂躙していたザルキア兵は、アレン率いるカルヴァーンの白銀の兵たちの前に為す術なく、撤退を余儀なくされた。


「生存者を見つけ次第、すぐに医療班へ運べ! 周辺の警戒も怠るな!」


アレンは、若干18歳にして、カルヴァーン軍の陣頭指揮を執り、病弱な父に代わり、内政、外交まで、全てにおいて手腕を発揮していた。頭脳明晰、剣の腕もカルヴァーン随一と謳われる、文武両道の名王子だった。


「アレン様! 生存者の処遇は、いかがいたしましょうか」


「サナリスの王都に連絡を入れ、カルヴァーンで難民の受け入れも可能だと伝えろ」


「承知いたしました!」


アレンは、あの時助けた少女のことがどうしても心に引っかかっていた。いてもたってもいられず、医療班のいる場所へと足を運んだ。


ノエルは、まるで抜け殻のようにそこに座っていた。アレンは優しく声をかけた。


「君の名前は?」


「……ノエル」


「ノエル、お父さんとお母さんの他に、頼れる人はいるかい?」


ノエルは何も言わず、ただ静かに首を横に振った。その姿に、アレンは胸を締め付けられるような思いがした。


「ノエルがよければ、カルヴァーンに来ないか? 安全は、私が保証する」


アレンの言葉を聞いた瞬間、ノエルの目に涙が溢れた。堰を切ったように泣き出したノエルを、アレンはそっと抱きしめた。ノエルが泣き疲れて眠るまで、優しくその髪を撫で続けた。



その後、北へ進軍していたザルキアはカルヴァーンの堅牢な守りに阻まれ、矛先を南へと向けざるを得なかった。大陸の西と北をカルヴァーンを中心とする諸国連合が、東と南をザルキア帝国が支配するという、膠着状態が続いた。


そして、時は流れ……5年の月日が過ぎた。


カルヴァーン城の中庭にある薔薇園。そこで、丹精込めて薔薇の世話をする美しい女性がいた。艶やかな黒髪、雪のような白い肌。人々はその美しさに息を呑んだ。



「ノエル、今日も花の手入れか。お前は本当にここが好きなんだな」


「はい、お兄様。この子たちは、私の心を癒してくれた大切な存在ですから」


ノエルは薔薇の花びらに触れながら答えた。


「あっ、もちろんお兄様も大切な存在ですわ」


「おいおい、なんだか取ってつけたような言い方だな」


二人は顔を見合わせ、笑い合った。


5年前、ノエルはカルヴァーン王家の養子として迎え入れられ、アレンの妹として暮らすようになった。

アレンがノエルのために用意した薔薇園。その美しさと、アレンの優しさがノエルの過去を少しずつ洗い流してくれた。



「まあ、本当に仲睦まじいこと」ブロンドの髪を揺らし、ミントグリーンのドレスに身を包んだ女性――ミレナは諸国連合のなかでもカルヴァーンに並ぶ大国アクアリアの姫でアレンの許嫁だった。


「やあ、ミレナも来ていたのか」


「アレン様、お義父さまがお呼びですわ」


「そうか、ありがとうミレナ。ゆっくりしていってくれ」


アレンが去ると、ミレナの表情は一変した。優雅な微笑みは消え、その目に宿るのは鋭い棘。「ふふ、澄ました顔で薔薇のお世話なんて……根の浅い花と、居場所のない養子。どちらも誰かに庇護してもらわなければ生きていけないのね」


ノエルはその言葉にわずかに動揺しながらも、穏やかな微笑みを崩さずに聞き流した。


「アレン様も、あなたの可憐な振る舞いに騙されているのでしょう。でも、いつまでその仮面が通用するのかしら……偽りの家族ごっこなんて、泡のように消えてなくなるわ」


ノエルの指先が僅かに止まる。それでも彼女は目を伏せたまま、柔らかな声で答えた。「泡だとしても、たとえ一瞬でもお兄様の家族になれたら幸せです」


ミレナは不快そうに眉をひそめたが、何も言わずに踵を返して去っていった。ノエルは静かに深呼吸する。誰にも気づかれない、小さな痛みを隠して。


「父上お呼びですか?」アレンは父ロナルド・カルヴァーンのいる玉座を訪ねた。


「うむ、どうもアクアリアがザルキアに寝返るのではと噂があってな」


「そんな!アクアリアは諸国連合にとってはザルキア帝国の侵入を防ぐ防波堤、あそこが寝返ればすぐさま諸国連合はザルキアの黒雲にのみこまれます!」


「わかっている、だからこそ今まで我らカルヴァーンはもちろん、連合全体でアクアリアをサポートしてきた、軍事的にも経済的にもな」


「私とミレナの婚約もアクアリアとの繋がりを盤石にするためではなかったのですか!」


「ミレナはお前が乗り気でないのに気づいておる、ザルキアのことを尋ねても、私とアレン様が結婚すれば何も問題ないと濁すばかりじゃ」


「連合会議にもアクアリアは最前線でザルキアと戦っているのを理由に出席してこない、自ら赴こうにもこの、病弱な身体がいうことをきかん」


「では、私が父の代わりにアクアリアへ参ります」


「そうしてくれるか、お前にばかり負担をかけてすまぬ」


「いえ、では早速行って参ります。必ず真相を確かめて来ますのでご安心ください」


アレンは玉座の間をでるとすぐにミレナのところへ向かった。


「ミレナ‼︎アクアリアがザルキアにつくというのは本当か⁉︎」


「アレン様、どうなさったのですか?落ち着いて下さいませ、私は(まつりごと)については分かりませぬが、私が無事カルヴァーンの王妃になればなんの心配もございません。たとえアクアリアがザルキアについたとしても...」


「カルヴァーンとアクアリアがザルキアにつけば諸国連合は破滅だ、数千万の民を見捨てろというのか!」


「怒らないで下さいませ、先ほども申しましたが私にはわかりません...」


「では今からアクアリアに赴き其方の父上に尋ねよう、返答次第では婚約の話もないものと思ってくれ」


「アレン様‼︎」


アレンはミレナの方に振り向くことなく、部下を率いてアクアリアへ向かった。道中、アクアリア方面から戻ってくるカルヴァーンの部隊と遭遇する。


「おい、お前たち! 何をしている? アクアリアへの支援はどうなった?」


「アレン様! 実はアクアリア王より、援軍はもはや不要との命を受け、自国へ帰還するところです。」


アクアリアに到着すると、そこは戦場の最前線とは思えないほど緊張感が欠けていた。兵たちは警備も怠り、酒を飲んで堕落している。


「一体、これはどういうことだ! ザルキアが攻めてきたら終わりではないか!」アレンは前線の兵に詰め寄った。


「国王が終結宣言を出されたのです。戦争は終わりました。もう二週間、ザルキアの動きはありません。」


アレンは急ぎアクアリア城へ向かう。


「お久しぶりです、アクアリア王。ロナルド。カルヴァーンの第一子、アレンでございます。」


「よく来たな、アレン。そんなにかしこまるな。義理とはいえ、まもなく親子になるのだ。ミレナを頼むぞ。」


「それよりも、終結宣言についてご説明いただきたい。なぜザルキアの攻撃が止まり、終結宣言が出されたのですか? さらに、諸国連合には何の報告もないとは。」


「アクアリアはザルキアと同盟を結ぶことにした。」


「正気ですか⁉︎ 同盟とは名ばかり、ザルキアの支配下に入るおつもりか!」


「ザルキアとは既に話がついている。武装を解除すれば我々には手を出さないと。もちろんカルヴァーンも同様だ。」


「では、その他の諸国はどうなるのです! アクアリアとカルヴァーンが抜けたら、残りの国々ではザルキアに対抗できません!」


「知ったことか! この5年間、我々アクアリアとカルヴァーン以外に戦地に軍を派遣した国は皆無だ。犠牲を払っているのは我々ばかり。わずかな金で守ってもらおうなど、虫が良すぎるのだ!」 


その時衛兵が慌てて駆け込んできた。


「陛下、大変です!ザルキア軍が再び攻撃を開始しました!」


アクアリア王は動揺し、狼狽しながら言った。「何だと?そんな馬鹿な!」


アレンは叫んだ。「ザルキアとはそういう国です!すぐに兵を前線へ!」


「武装を解除し、カルヴァーンの援軍も帰してしまった。もう終わりだ…」アクアリア王は絶望した。


「ご心配なく。カルヴァーンの兵は帰っていません。国境付近で待機させてあります。絶対にここを突破させません!」アレンはそう言い残し、自ら前線へ向かった。


アレンが到着すると、アクアリア兵は一方的に蹂躙されていた。「まずい。これではカルヴァーンの援軍を呼びに行っても、戻るまで前線が持ちこたえられない。」


その時、平原の向こうからカルヴァーンの騎馬隊が近づいてくるのが見えた。


「アレン様!異変を感じ、ご命令を待たずに戻って参りました!」


「さすがは我がカルヴァーンの優秀な戦士たちだ。お前たちを誇りに思う!」


「行くぞ!ザルキアを押し返せ!」アレンの号令一下、カルヴァーンの兵は鬼神のごとき強さで戦った。若き王子が先頭に立つ姿に触発され、兵士たちは本来の何倍もの力を発揮した。



「アレン、すまない。待たせた。」アクアリア王が部隊を率いて到着した。


「私が間違っていた。ザルキアの言うことなど信用すべきではなかった。取り返しのつかないことをするところだった。」


「わかっていただければそれで良いのです。さあ、もう一息です。ザルキアを押し返しましょう!」


アレンとアクアリア王は協力し、ザルキア軍を撤退させることに成功した。


敗走するザルキア軍を見て、アレンは言った。「深追いはせず、アクアリアに戻りましょう。体勢を立て直すべきです。」


しかしアクアリア王は「アクアリアを騙し討ちにした報いを受けさせてやる!」と叫び、戦意を失った敗走兵を追撃した。


アレンの頭には一つの疑問が浮かんだ。ザルキア軍にとって、アレンが戦場にいることは予想外だったはずだ。だがそれにしても、撤退があまりにも早すぎる…。


「アクアリア王!罠です!追ってはいけません!」アレンの叫びは、馬の蹄の音にかき消された。


「まずい!」


アレンはアクアリア王を追いかけた。


アレンは必死に馬を走らせた。アクアリア王の無鉄砲な追撃は、ザルキア軍の術中に嵌まっているとしか思えなかった。しかし、どれだけ叫んでも、王の耳には届かない。


視界が開け、広大な草原に出た瞬間、アレンは異様な静けさに気がついた。先程まで逃げ惑っていたザルキア兵の姿は消え、風の音だけが不気味に響いている。


「アクアリア王!お待ちください!」


アレンがそう叫んだ瞬間、草原の草むらから無数のザルキア兵が飛び出した。彼らは手に手に武器を持ち、アクアリア王率いる軍勢へと襲いかかる。


「伏兵だ!」アレンは叫んだ。しかし、時すでに遅し。アクアリア軍は完全に包囲され、混乱に陥っていた。


アクアリア王も事態を把握し、慌てて馬を止めようとする。しかし、ザルキア兵の容赦ない攻撃に、兵士たちは次々と倒れていく。


「ここは危険です!お逃げください!」アレンは王を守りながら、必死に叫んだ。

無数のザルキア兵がアクアリア王とアレンの部隊に襲い掛かる。アレンは即座に部隊へ指示を飛ばし、王を守るための陣形を敷かせた。カルヴァーン兵たちは、アレンの指示に従い、見事な連携で敵兵を迎え撃つ。


「ただちに離脱を!我々が道を切り開きます!」アレンはアクアリア王に叫び、自ら先頭に立って剣を振るった。


カルヴァーン兵たちは、アレンに呼応するように、鬼神の如き強さで敵兵をなぎ倒していく。その勇敢な戦いぶりは、ザルキア兵たちを圧倒し、徐々に包囲網に隙間が生まれ始めた。


アレンは、その隙間を見逃さなかった。「今だ!全軍突撃!脱出路を確保せよ!」


カルヴァーン兵たちは、一斉に突撃を開始した。彼らは、まるで鉄の壁のように敵兵を押し返し、王が逃げるための道を切り開いていく。


アクアリア王は、カルヴァーン兵たちの奮闘に支えられ、震える足で馬を走らせた。「アレン...すまない…!」


アレンは王が安全な場所まで逃げ延びるのを見届けると、深呼吸をして、残りの敵兵に視線を向けた。「さて、ここからは我々の番だ。」


その瞬間、ザルキア兵たちは一斉に襲い掛かり、アレンの部隊は完全に包囲されてしまった。しかし、カルヴァーン兵たちは、最後まで勇敢に戦い続け、一人、また一人と倒れていった。


アレンもまた、満身創痍だった。それでも、彼は剣を握り締め、最後の力を振り絞って戦い続けた。しかし、多勢に無勢。ついに、アレンは力尽き、捕らえられてしまった。


アレン捕縛の報は大陸を瞬く間に駆け巡り、諸国連合には絶望が広がった。


カルヴァーン王国はアレン解放と引き換えに、国家資産の半分という巨額の資金提供を申し出たが、ザルキア帝国はこれを一蹴。それほどにアレンの命は、敵味方問わず重く見られていたのだ。


処刑まであと一月。ザルキアからの無情な通達が諸国連合に届く。


アクアリア王は城に引きこもり、「すまない、すまない」と壊れたように繰り返すばかり。アレンの父、カルヴァーン王もまた病に臥せっていた。


諸国連合内からは、ザルキアへの降伏論が囁かれ始め、大陸全体が重苦しい空気に包まれる。


そんな中、病床のカルヴァーン王の寝室に、一人の女性が現れた。


「お義父様、アレンお兄様の救出に向かうべきです」


「ノエル、しかし私はこの体だ。アクアリア王も廃人のよう。諸国の王たちも皆、怯えて立ち上がらぬ」


「今こそ、兄様とカルヴァーンへ恩返しをする時。私に行かせてください」


「馬鹿を言うな。薔薇園にいたお前に何ができる」


「わかりません。しかし、また家族を失うのを黙って見ていることなどできません。止められても、私は行きます」


「……。薔薇園の少女でも、ベッドの上の老人よりは何かできるかもしれん」


その夜、ロナルドはカルヴァーンの大臣や高官を集めた。


「今この瞬間より、ロナルド・カルヴァーンは、義理の娘ノエル・カルヴァーンに王位を継承する」


皆がざわめいた。誰もが、王位はアレンが継ぐと信じていたからだ。


「アレンが帝国の手に落ちた今、この老いぼれより、ノエルの方がまだ何かできることがあるやもしれん。皆、ノエルを手助けしてやってくれ」


「皆様、これはアレンお兄様を助け出すまでの一時的な王位継承とお考えください。お兄様が処刑されれば、カルヴァーンだけでなく、諸国連合に名を連ねる十二の国全てが終わります。絶対に、死なせてはなりません」


貧しい家の出で、血の繋がりもないノエルの王位継承だったが、反対する者は一人もいなかった。大国カルヴァーンは帝国に唯一対抗できる国と呼ばれていたが、そうではなかった。

帝国に対抗できる唯一の人物"アレン"が、たまたまカルヴァーンに生まれたに過ぎない。アレンが死ねば、世界は終わる。皆の気持ちは一つだった。


「ノエル女王万歳!」誰からともなくそんな声が上がり、ノエルは涙をこぼした。


「兄様、必ずお助けいたします」胸にそう強く刻み込んだ。


次の日の朝カルヴァーンの王国広場で国民に対して新女王ノエルの演説が始まった。


【カルヴァーン王国広場にて】


ノエルは穏やかな眼差しで集まった国民を見渡し、深く一礼した。そして、静かに語り始めた。


「カルヴァーンの民よ、そして我が家族とも呼べる皆さま。私はノエル・カルヴァーン。この日を迎えるとは思ってもいませんでした。けれど、今、私はここに立っています。」


ノエルは一瞬、深呼吸し、声に力を込めた。


「私には高貴な血は流れていません。貧しい家の子として生まれ、家も家族も失いました。しかし、カルヴァーン王家に迎え入れられ、私は初めて家族というものを知りました。兄、アレンは私に優しさと強さを教えてくださった。父上は誇りを与えてくださった。」


目に涙を浮かべながらも、ノエルは続けた。


「今、兄はザルキア帝国の手に囚われ、処刑の危機に瀕しています。このまま見捨てることは、私にとって家族を二度失うことになる。私はそれを許せません。兄を救い出すために、私は王位を継ぎました。」


ノエルの声は次第に力強く響き渡る。


「カルヴァーンだけの問題ではありません。兄は、諸国連合の希望であり、我々全ての未来です。彼を失えば、我々の大地はザルキアの闇に飲み込まれるでしょう。しかし、私は信じています。皆さまの力を、勇気を。私たちは一つの家族です。共に立ち上がりましょう!」


ノエルは叫ぶように続けた。


「私は約束します!アレン・カルヴァーンを、私たちの未来を、絶対に取り戻します!カルヴァーンの誇りを胸に、諸国連合の絆を信じて、共に戦いましょう!」


その瞬間、広場に集まった人々から大きな歓声が湧き上がった。


「ノエル女王万歳!」


ノエルは涙を拭い、微笑んだ。その姿は、かつての薔薇園の少女ではなく、女王としての輝きを放っていた。


第一部完

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― 新着の感想 ―
各キャラクターの行動やセリフ1つ1つに 性格のみならず、「人間」という生物の本質を垣間見え、 とても感激しました。 ノエルさんの成長をとても感じられて、 短編1話のみでの付き合いなのに、 感情移入して…
こちらからも読ませていただきました。 これが第一部ということで後々続編で補完されていく箇所かと思いますが、ノエルがきちんと実績を積んで信頼を得る過程が女王と呼ばれるまでの間にあったのかなと思いました…
Xで作者様の交流ポストを拝見し、作品を読みに伺いました。 物語の起承転結がとても丁寧に構成されていて、短編ながらも見ごたえがありました。 アクアリア王の描写は……正直なところ「この国、どうやって今ま…
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