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第14話 技術と秩序の理

 帝都中央、情報局本部。その最奥にある情報分析室は、厚い扉に遮られた静寂の中にあった。窓はなく、緩やかに光量を絞られた照明が室内の空気にわずかな陰影を落としている。


 静謐な空間を、魔導障壁のわずかな振動音が揺らす。淡く照らされた長卓を囲み、数名の分析官たちが席に着いていた。卓上には整理された報告書、簡易な地図、人物ファイルが整然と並べられている。その最奥、わずかに高い椅子に腰掛けているのが局長である。緩やかに指を組み、沈着な視線を落としていた。


「──スィリナティア氏、帰郷の件ですが、自治領側との事務処理もすべて整っておりました」


 第一分析官が淡々と報告を始める。紙をめくる音だけが、静寂の中に細く響く。


「上層部よりの派遣終了通知は、人事局経由で兵器局に伝達済み。書面上は極めて整然と処理されています。公式経路に異常はありません」


 別の分析官が補足を挟む。


「ただし──帰郷指示受領からの動きが、やや迅速に過ぎます。通知を受けた翌日には兵器局長ラキネル少将に個別の挨拶を行い、その夜以降、宿舎への戻りは確認されておりません」


「尾行班は?」


「接触を断たれました。通常の監視線は撒かれ、最終的に所在を特定できぬまま、帝都外縁への移動を喪失しました。直接の接触はありませんが、途中で一時的な術式的遮断があった可能性が高いと判断しています」


 分析官は手元の資料を少し押し出した。


「術式痕跡は現場に残っておりません。痕跡消去か、そもそも何か別種の術式を利用した可能性があります。その場合、通常の宝珠追跡機材では検出できません」


 卓上の静けさがわずかに濃くなる。局長はゆったりと椅子の背に体を預け、指先でペンを回した。


「……偶然にしては出来すぎているな。帰郷命令が降りた直後、まるで予定していたかのように動いている。事前の準備を疑うのが妥当だろう」


「外部誘導の可能性も排除できません。ただ現時点で、帝国内部における明確な支援組織の介在は確認されておりません」


「自主的か、背後の影か──どちらでも動機の核心は見えていないか」


「はい。加えて申し上げれば、逃避行動に見られる切迫感は薄いと判断しております。むしろ、自身が外交的軋轢の種となることを忌避した印象が強く感じられます」


「……巻き込まれを避けたか。なるほどな」


 局長の声には敵意も苛立ちもない。ただ事実を積み上げ、冷静に整理していく口調だった。


「兵器局内の反応は?」


「兵器局内では概ね平静を保っております。ヴェルティア中尉を含め、現場技官らの個別交友も表面化する問題には至っておりません。現場秩序は安定維持されています」


「……だが、技術的波及は既に始まりつつあるようだな?」


 第一分析官が新たな報告書を差し出した。


「はい。ヴェルティア中尉が私的研究の形で『言語的契約仮説』を整理しています。現行術式体系に対し、詠唱言語の精度が〝マナそのもの振る舞い〟に影響を及ぼす可能性を示唆するものです」


「内容は既に兵器局長ラキネル少将にも共有済み。少将は現段階、一定の関心を示しているのみで、研究許可申請や組織的推進には至っておりません」


 局長は軽く頷いた。


「……よろしい。技術者というものは、時に仮説を育てる生き物だ。好奇心の芽そのものを摘む必要はない。問題は、それが制度と結び付いたときだ」


「理論体系の土台が揺らぐ可能性は?」


「発展次第だ。仮に詠唱と言語定義が、術式制御そのものの根幹に及ぶならば──」


 局長は視線をわずかに泳がせた。その先にあるのは帝国という巨大な統治構造だった。


「──術式工学の土台を一から書き換え得る芽になる。だが、それはまだ遠い。現状は静観とする」


「監視態勢は継続しますか?」


「当然だ。当該技官群の思索動向は定期報告とせよ。新たな理論体系が体制の枠組みを外れぬよう、早期の兆候を捉えねばならん」


 静かな間が再び流れた。


 局長は椅子をさらに傾け、ゆるやかに独白のように呟いた。


「技術は力を生む。だが力の定義とは、誰がルールを書き換えられるかということだ。──決定権を握るのは、常に我らが帝国そのものでなければならん」


 その言葉を最後に、会議は粛々と終了した。分析室の重い扉がゆっくりと閉じられ、静寂だけが再び室内に満ちた。

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