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第7話

「ふーむ。そろそろ潮時かのう」


 マークス殿下の裁判の一件から2ヶ月ほど経ったある日のこと。

 父が新聞を広げて唸り声を上げながら、一言――潮時だと呟きました。

 潮時……? 何が潮時なのか。大体の察しはつきますが……。


「お父様、難しい顔をされてどうしました? マークス殿下のことで何か?」


 私はきっとマークス殿下のことであろうと父親に話しかけました。

 今、彼の評判は国民から最悪の位置まで下がっています。

 倹約を謳っていながら無銭飲食を繰り返し、悪びれもせずに税金を取り立て、更に国民の感情を逆撫でしたのは――


「やはり、ジェーンという娼婦との間に子を成したという既成事実を認めたことだろうな。彼女とは商売上の付き合いじゃなく、純愛だったと主張したのは悪手だろう」


「私もそれには驚きました。殿下の浮気相手が娼婦だったということも含めて」


 あれだけ地味で素朴な平民の娘は、と講釈を垂れていたマークス殿下の浮気相手がジェーンという娼婦だったという事実はかなりショックでした。

 ここまで、頭が悪かったのかと絶望した程です。

 そして、こんな彼を相手に理詰めで話をしても平行線だということに今さら気付いてしまいました。


「やはり、信じたくないが国を壊そうとしとるとしか考えられぬ」


「ま、マークス殿下が国を壊そうとしている? それは流石に考えすぎではありませんか?」


 父の「国を壊す」という発言は突飛すぎると私は思いました。

 確かにこのままではハウルトリア王国は破滅へと前進するでしょう。

 なんせ国民の支持も低下して、跡取り候補に誰の血を引いてるのか分からない娼婦の子がいるのですから。

 平民だけでなく、貴族からも強い反発があることが予測できます。


 しかしながら、マークス殿下が敢えて国を壊そうとしていると言えば、それはノーだと言えます。

 あの方はそんなことまで考えて動けるタイプではないのですから。


「マークス殿下ではないわい。宰相のへムロスのことを言うておる。あの男がマークス殿下のイエスマンだから、こんな馬鹿げた話がまかり通るのだ」


「へ、ヘムロス様が……、この国を壊そうとする張本人? そ、そんなこと――」


 あり得ない? いや、あり得るのですかね……?

 宰相ヘムロスは皇太子であるマークス殿下へ誰よりも高い忠誠心を持っていると聞いていますが……。

 そんな彼が国を壊そうと目論んでいるのなら、マークス殿下があんな感じになったのも――。


「ヘムロス殿は兼ねてから殿下の教育係の選別などにも関わっておる。つまり、マークス殿下の思想の根幹にはヘムロス殿の思惑が入っとるのだよ。表向きは殿下の我儘に付き合っており、謝罪行脚しておる健気な男を演じておるがな」


 そうなのです。

 ヘムロスは国民たちが殿下に反感を持っていることを理解した上で、貴族だろうが、平民だろうが、関係なく謝罪をして回っているという話を聞きました。

 その際にこっそりと金品などの受け渡しもしているようで、そういう側面もあり辛うじて暴動などが防がれている状況でもあります。


 ですから、ヘムロス宰相への国民の感情はそれほど悪くないのです。


 しかし、父の話を聞いて私は空恐ろしくなりました。

 まさか、私との婚約破棄からヘムロス宰相は関わっていたとでも言うのでしょうか――。


 ◆


「や、やぁ、ルージア。久しぶりだな。何でも頼んでくれ。今日は僕の奢りだ」


「結構ですよ。殿下は倹約で大変でしょうから」


 珍しくマークス殿下自らが予約したお店に誘われた私。

 皇太子である彼の誘いには応じない訳にはいかないのが辛いところですよね。

 護衛は勿論いますが、そろそろ面倒なことをが起きそうで非常に気分が悪いです。

 

 呼び出しの理由は、やはり財団への寄付の催促でしょうか……。


「そうか、そうか。君が僕の倹約精神を理解しているとは思わなかった。それなら早速だが本題に移ろう」


 マークス殿下は何か頼めと言った割には自分は水しか頼んでいません。

 まったく、これでは私が食事を頼みにくいじゃないですか。そういう所は相変わらずです。

 どうやら、奢るという発言――かなり無理をしているみたいですね。

 それでも、無銭飲食を繰り返していた時よりもマシだと受け取りましょう。


「単刀直入に言う。僕と結婚してほしい」


「はぁ……?」 

「んっ?」


 しまった。余りにも斜め上過ぎる発言に思わず素の声が出てしまいました。

 マークス殿下は鈍い人ですから私の侮蔑が込められた声に気付いていないみたいですから。


 この期に及んでもう一度縁談を切り出すとはどの面を下げて。

 しかも、娼婦との間に子を成したということを公表してるというのに――。


「殿下、ご自分の仰っていることを理解していますか? あなたが私との婚約を破棄したのですよ」


「もちろん、覚えてるさ。贅沢に冒された女との結婚などあり得なかったからな」


「では、何故ですか!? お答えください!」


 どうやら記憶を失った訳ではないみたいですね。

 贅沢な貴族の令嬢よりも、素朴な平民の娘が良いとか言ったことを。


 自らの吐いたツバを飲み込むような行為――そんなことが許せるはずがないと考えれば分かりそうなものですが。


「国一番の贅沢者を僕が教育せねばならんと考えを改めただけだ。バーミリオン家――僕が君と結婚して財産を頂く。それが一番手っ取り早い倹約だということに気付いたのさ。借金も返さなくて良くなるし」


「本当に今更のことを仰るのですね。私が殿下の求婚にイエスと答えるとでも思っているのですか?」  


「…………」


 マークス殿下は私と結婚してバーミリオン家の財産を全て手中に収めると正直に全部話しました。

 そんなことを言って私が結婚に承諾すると思っているのでしょうか。

 しかし、殿下のあの勿体ぶったような不気味な沈黙……。

 まさか、何らかの脅迫方法でも――。


「……えっ? 結婚、断るの? 僕は皇太子だぞ……」


「…………」


「だって、女の子って王子様との結婚が夢なんだろう? 勝ち組になれるんだぞ!」


 いえ、殿下と結婚したら負け組の中の負け組確定です。

 マークス殿下は王子なら無条件で愛されると思ってるご様子。

 こんなにも歪んだのはヘムロス宰相の教育の結果なのか、それとも。


 どっちにしろ、マークス殿下。私とあなたが結婚することは未来永劫あり得ません。

 あの日、あなたがそう仰ったのですから。


 ご自分の発言に対しての不義理だけは許しませんよ――。


 ◆


「お断りします――。殿下からの結婚の申し出、はっきりとお断りさせて頂きます」


「へっ……? ほ、ほ、本当に断るのか!? だって、一度は婚約しただろう? 王子の婚約者に戻ることが出来るなんて滅多にない大チャンスなんだぞ!」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔、という言葉がピッタリ当てはまる表情をマークス殿下が見せてくれました。

 この方、本当に自分の求婚が断られるなんて露ほども思ってなかったみたいです。


 なんておめでたい頭なのでしょう。ご自分が私からどう思われているのか考えもしていないのでしょうか。


「ですから、私はマークス殿下と二度も婚約などしたくないのです。婚約中に堂々と浮気をして、家を潰すとまで言われて、一方的に婚約破棄されてるのですよ。そこまでされて、もう一度婚約しようとする馬鹿に見えますか? 私のことを」


 この際ですから、はっきりと伝えましょう。

 この方が如何に私のことを馬鹿にしていたのか。

 どこの女がここまでされて、王子だという身分をチラつかされたぐらいで二度も婚約してみようと思うのでしょう。


「それはお前とお前の家が贅沢病に冒されているからだろう? 自分の家が悪いのに、人のせいにするなよ。倹約家の僕が嫁に貰ってやるって言ってるのだから感謝するのが筋だろう」


「…………」


「別に僕は王子でモテるんだから、浮気くらい甲斐性があると思って喜んで許せよ。お前みたいな貞操観念だけはいっちょ前で、男を立てることも知らん女は素直になることを覚えたほうがいいぞ」


 いつもいつも、セコいことばかり仰るクセにこういう時だけ一人前の男振るんですね。

 それなら、女の親の店で散々飲み食いして金を払わず帰って行く甲斐性のなさをどうにかしてください。


「あの、ですね。前々から申したかったのですが、殿下って特に倹約家じゃないですよね。単純にケチでセコいだけのようにお見受けします」


「――っ!?」


「金銭を使わないだけで倹約ぶるのは間違っていますよ。節制するなら、女遊びは普通しないでしょう。下半身もだらしないのに、私のことを病人扱いしないでほしいです」   


 言葉が止まりませんでした。

 ずっと溜め込んでいたので、一度せき止めていたものを解放すると、どうにも溢れ出るモノを止めることが出来なくなってしまったのです。  


「こ、こ、こ、この女ぁぁぁぁぁぁ!! ぼ、僕がケチでセコいだけで倹約家ではないだとぉぉぉぉぉ!! 絶対にその侮辱は許さん!! もういい、バーミリオン家を根絶やしにしてやる!! 覚えておれ!! 土下座しても無駄だぞ!!」


 怒りの形相でマークス殿下は私のことを睨みつけて、バーミリオン家を潰すと宣言します。

 こうなるから黙っていましたのに、面倒なことになりました。 

 

 ですが、まぁ。父には我慢しなくて良いと言われてますし……今の状況は予測しているでしょう。


 ハウルメルク王国と決別する日が近付いたかもしれません――。

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