第6話(マークス視点)
おかしい。いつまで待っても1000億ゼルドの寄付金が入らない。
三ヶ月経ったから更に800億返しただろ? そこから、たったの200億加えて寄付するだけだから簡単だろうと思っていたのにどういうことだ。
まさか、ルージアのやつ裏切ったのか? 僕があれだけ先日下手に出て……宣伝料も取らずにバーミリオンレストランで食事をしてやったのに、それを恩知らずにも忘れているのか?
全く以て、不愉快極まりない。
それ以上にお金がない。
倹約して節制に努めているのに、お金がこうも足りないとなどと言われるなんて思いもよらなかった。
まったく、いくら倹約してもマッシュポテト生活から脱却できないなんておかしいではないか。
「――って、これは何だ!?」
「マッシュポテトでございます」
「いや、それは知ってるって。僕を記憶喪失か何かと勘違いするのは止めてくれ」
なんだ、このマッシュポテトの量は?
いつもと同じサイズのはずの皿がデカく見えるくらい少ないのだが……。
こんなの二口で食べ終えてしまうぞ……。
「量のことを言っている。これじゃ、子猫もお腹いっぱいにならないぞ」
「そうですね。ウチのミーちゃんはもっと食べてま」
「ミーちゃんよりも僕の食べる量は少ないのか!? 絶対におかしいだろ!?」
「ミーちゃんの餌代は王室の予算でなく私のポケットマネーからですから」
ぬぐぐ、まさか使用人のペットを羨ましいと思うようになるとは……倹約とはこうも苦しいものなのか。
だが、前に本で読んだことがある。厳しさを乗り越えた先には栄光の未来が待っていると。
そうだ、僕が今苦しいのは試練なんだ。輝かしい未来はもうすぐそこに迫っている。
大丈夫。絶対に大丈夫だ。
僕は絶対に正しいのだから自信を持って進めばよい。
◆ ◆ ◆
さて、どこかで今日も倹約のためにタダ飯が食える店を探さなくてはな。
王子が広告塔になるという最高の宣伝を飯で交換してやるんだから、僕って根っからの善人だ。
よし、一昨日行ったばかりだが美味かったから、あの料理屋にするか。看板娘も可愛かったし……。
「ったく、一昨日はクソ王子が散々タダで飯も酒も食い散らかしやがったからな。何が倹約だ! 贅沢ばかりじゃないか! そのせいで貯蓄するのがギリギリになっちまったぜ。陛下じゃなくてクソ王子が病気に――」
「誰がクソ王子だって?」
「ぎゃあっ! マークス殿下!」
店に入ろうとすると、僕の悪口を店主が店の娘たちにグチグチと言いつけていた。
この店主は頭がおかしいのだろうか? 僕が倹約をせずに贅沢をしてるだって?
「言うに事欠いて、僕のことを贅沢呼ばわりするのは看過出来ない」
「お言葉ですが、殿下! 誰も彼もあなたが宣伝になったと無料で食事をすることを倹約だとは認めてませんよ! 王家の人間だから逆らえなくて、脅されて嫌々ながら食事を提供してるのです!」
「何だと! たかが料理屋の店主風情が僕に説教をするとは! そこに直れ! 叩き斬ってやる!」
何て、生意気な男なんだ! せっかく僕が気分良く倹約をしようとしているのに、それを愚弄するとは。
僕は腰のサーベルを抜いて店主を処罰しようとした。
「お待ちください!」
「――っ!?」
僕のサーベルが手刀によって折られる。
はぁぁぁぁぁぁぁっ!? なんで、お前がそんな真似出来るんだよ!?
「何のつもりだ!? ルージア!?」
「マークス殿下、あなたがバーミリオンレストランを含めて実に30店舗以上で無銭飲食をされた行為がハウルトリア刑法第128条に抵触していると、つい先程……判決が下りました。あなた、裁判にも来られずに何をしているのですか?」
裁判? ああ、王子の僕が愚民から何かしらで訴えられてるのは知ってたけど、無視してた。
だって僕は王子だし、負けるはずないからね。
「これは、あなたを訴えたいと署名してくれたお店の代表者たちの名前です。私が代表して裁判を起こしていたこと、まさか知らなかったのですか?」
「……そんなこと知るか! 僕が間違ったことする訳ないだろ!」
「とにかく、判決に従って各店舗に慰謝料をプラスして、飲食代を支払って頂きます。そして、もちろん殿下の大好きな“贅沢税”も納めてくださいね!」
はぁぁぁぁぁぁぁっ!?
僕が慰謝料とか飲食代の支払いをせねばならんだと!?
その上、倹約を頑張った僕が贅沢税を払わんとならんって――なんでこうなったんだ!?
◆
司法の現場は何を考えている。この僕が贅沢税の対象って、どう考えても間違ってるだろう。
ま、まぁ、飲食に関しては誤解が色々あったみたいだから、金は支払ってやったけど。
王子ってだけで、人気者だと思っていたが店の宣伝になるほどでは無かったらしい。
よく考えたらお忍びでこっそりと行ってることが多かったしな、仕方ない。
金は支払ったし斬りつけてやろうとした店主も特別に許してやったんだ、僕の評判は落ちないだろう。
それにしても、ルージアは許せん。
僕が不利になるような証拠や会計のツケの伝票を陰湿にも全部取っておいて提出したらしい。
そんなことする前に僕に最初から請求すればいいじゃないか。あの女だけはいつか絶対に泣かすからな。覚えとけ!
それにしても、腹が減った。ポテトでいいから沢山食べたい。
倹約ってこんなにも大変なのか? もう止めたいと、もう止めてしまって国民にも倹約国家を作れなかったと謝りたいと、毎日思ってしまう自分がいる。
しかし、僕には贅沢病から国を守らなくてはならない義務があるのだ。天啓だと言っても良い。
英雄とは信念を曲げぬ者のこと。
そうだ。僕はどんなに苦しんでも、どんなに泥水を啜っても、倹約によって国家を病から救うと決めたのだ。
空腹如きで止めたいなどと甘えたことを口にするなんて、神様に笑われるぞ。絶対に負けん……!
「そう、僕は絶対に負けん……!」
「もう、よろしいですか?」
「うぴゃあっ! リリア、急に話しかけるな!」
僕が鏡の前で独り言を呟いていると、背後から使用人のリリアが話しかけてきた。
そういや、こいつが部屋にいること忘れてた……。
「ずっとブツブツ不気味に呟いてましたので。でもご安心を、私もミーちゃんに意味もなくブツブツ話しかけていますから」
「それは安心出来る話なのか?」
リリアは相変わらずの無表情でよく分からないことを言う。
何を考えてるのかさっぱり分からん。
「で、ここからが本題なのですが。殿下の子を孕んだというジェーンという娘が来ていることを話すのを忘れていました」
「はぁああああっ!? ぼ、僕の子を孕んだって……! ていうか、何でそれを早く言わないんだ!?」
「ですから、忘れていました」
「堂々と宣言することじゃあないだろ」
あの、僕の恋人の一人であるジェーンが懐妊しただと!
そ、そんなことって、そんなことって……!
「なんてめでたい話なんだ! ジェーンが子供を授かるなんて!」
「めでたいのは殿下の頭です。ジェーンは娼婦ですよ。誰の子を孕んだかなんて分かるはずがありません」
「何ぃ! 娼婦だとぉ! 娼婦ってなんだ!?」
子供が出来て素直に喜んでいたら、リリアはジェーンが娼婦であるとか言ってくる。
なんだそれ? 聞き慣れない単語だが……。
「モテない男性に夢と希望を与える職業のことです」
「いい職業ではないか」
「ですから――」
リリアは淡々とした口調で娼婦とはどのような職業なのか説明をする。
分かったことは、仕事で不特定多数の人間と関係を持っているということ。
嘘……だろ? だったら、僕の子かどうか分からんじゃないか。
でも、僕の子供である可能性もあるわけで……。
「殿下が先日性病にかかった理由が合点がいきました。人をドン引きさせる才能はお有りのようで」
「あ、ああ……、しかしどうすればいい? ジェーンと結婚するのは……」
「論外です」
ぬぐぐ……、ただでさえ倹約への意気込みを燃やさねばならぬのに、こんな問題が起こるとは。
しかし、子供が本当に僕の子供の可能性もある手前、乱暴にも扱えんし……。
英雄への道はどうしてこうも険しいのだ――。
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