第4話(マークス視点)
「清々しい朝だ! そう、今日は改革初日! この改革によってハウルトリア皇太子である、このマークスの名が歴史に残るだろう!」
気持ちのいい朝であった。
王国に蔓延する“贅沢病”に医者である僕が処方した“倹約法案”の施行日。
この日から国民は倹約に目覚めて、贅沢という人間を怠惰へと貶める病から解放されるであろう。
国民たちは最初の内は辛いだろうな。僕みたいに常日頃から倹約を意識している人たちは良いのだろうが……。
さて、清々しいついでに朝食を摂るか。なんせ、これから忙しくなる。
新たな倹約法案を考えなくてはならんから、体力はつけないとな――。
もちろん、僕は普段から食事も倹約を心がけている。
肉も魚も野菜も卵も、ちゃんと安くしている業者から仕入れ、高級食材は一切使わないようにと念を押しているのだ。
だから、僕は普段どおりの生活で十分に倹約――
「お食事をお持ちしました――」
「…………なんだこれ?」
「マッシュポテトですが」
「いや、それは知ってる」
皿の上には僅かな量のマッシュポテトが鎮座しているだけだった。
いや、こんなのじゃ力は出んだろう。朝食といえば、僕の好物のベーコンエッグとか生野菜のサラダとか、あと必ずスープも飲むし、フルーツのカクテルなんかもデザートに用意させてるのだが……。
「メインがマッシュポテトはわかった。スープとフルーツも早う持ってこい」
「いえ、これだけですよ。殿下のお食事は」
「はぁ……!? こんなもの食事と言えるはず無いだろう!」
「ですが、殿下は貯蓄が出来るくらいの倹約をするように、と法律を制定しましたから。王家の予算を考えると、貯蓄を作るにはこれが食費に回せる限界です」
法律は今日から施行した。その法律に自分を含んでいることも分かっている。
だから王家の予算を考えて、このふざけた食事っていうのが良くわからん。
だって、今までも低予算でメニューを作っていたではないか。
「僕の食事は安上がりだったろ? 従来のメニューでも十分に貯蓄は――」
「安上がり……ですか? いえいえ、とんでもないことでございます。品数がかなりありましたし、新鮮な食材を絶えず用意していましたので、どこの家の貴族よりも金額はかかっていましたよ。なんせ、殿下は毎日違うメニューでないと嫌だと仰せになっていましたから」
どこの貴族よりも金額がかかっていただとぉ!?
そんなはずあるか! 僕は安いところから仕入れろと指示していたんだぞ。
毎日、違うメニューが良いと言ったのは少しだけ我儘だったかもしれんが、別に一ヶ月くらい空ければ同じでもうるさく言わなかったし。
「昼食はマッシュポテト以外なんだろうな?」
「いえ、安くポテトを沢山仕入れましたので。早く使わないと腐りますし。大丈夫ですよ。色んなものをペーストして混ぜて出しますから」
「ずっとマッシュポテトなのか……」
「普段から倹約をされたいと仰せになっていたではありませんか。プラスに考えましょう」
ま、まぁ、そうだな。これだけ安上がりにメニューを作れば、莫大な余裕が生まれるだろうし……食事だけ我慢すれば良いなら、それは甘んじるか。
なんせ、自分が吐いた言葉だしな……。
僕は食事をそこそこに王都を見て回るために着替えをすることにした。
「おいおい、この服は一昨日のと同じだぞ。同じモノを買ったのを忘れたのか?」
「いえ、一昨日と同じ服です。殿下が毎日、服を新調してくれたおかげで衣服の予算ゼロで当分大丈夫ですね」
格安の店でしか服を買ってないというのに、予算から貯蓄に回すために僕は一昨日と同じ服を着る羽目になる。
ちょっと待ってくれ。同じ服をずっと着せる気か? 恥ずかしすぎるぞ、これは。
く、くそっ……、しかし、少しでも節約出来るなら……が、我慢してやるか――。
はぁ、でも食事と衣服をこれだけ我慢したんだ。僕はきっと国の模範として敬愛されるはずだ――。
僕の国民からの好感度は更に上がっただろう――。
◆
王都の外れにある僕の行きつけの店に着いた。
お忍びで王子が来るとして、有名になっているこの店で僕は当然のことながら人気者である。
マッシュポテトばかりで腹も減っているし、今日は飲むだけじゃなくて、とにかく食べよう。
それくらいサービスしてくれるだろう。宣伝料も取ってないんだし。
さぁ、愛する王子様がやって来たぞ~~!!
「…………何だこれは?」
「水ですよ」
「いや、それは知っている」
いつもどおり、飲み物と酒の肴を持ってくるように指示したのだが、出てきたのは水だった。
これは何の冗談だ? この店は営業方針が変わって最初に水を出すようにしたのか?
もしや、特別な水なのかと思い飲んでみると普通の水であった。
「で、酒とつまみは……まだなのか?」
「護衛の方が今日は手持ちが無いと仰ってましたので」
「あー、そうなのか。それならば、ツケにすれば良いではないか」
「殿下が倹約と貯蓄を義務付けましたから、当店はツケを禁止しました。信用払いなど余裕が無ければ出来ませんから。殿下が贅沢を禁止したせいで、めっきり客足も途絶えましたし、ね」
ふむ。言われてみれば、貯蓄をするためには現金を取らなくてはならんか。
それにしても、僕のせいで客足が途絶えたというのはどういうことだ?
言いがかりか何かか? 僕は贅沢しか禁止してないんだぞ。
「こんなに格安な庶民的な店……通っても贅沢になる訳無かろう。変な言いがかりはよせ」
僕も朝からイライラしたこともあって、店主に反論した。
何でもかんでも人のせいにするのは良くないからな。
それに普段から世話になってる僕が来てるんだ。それなりにもてなすのが普通だろ。
「格安、格安、と言っておりますが、当店は一応はこちらの通りではトップ争いをするくらいの高級店です。確かに貴族や王族の皆様が特別なときに行かれるVIP専門のお店には及びませんが、王都から選りすぐりの美人を揃えて、食事の材料にもそれなりに拘っております」
「こ、高級店……? 庶民的な店では無かったのか?」
そんなバカな!? こんなにも地味な女の子ばかりで、メニューの価格も安い店が高級店だと!?
確かに魅力的な女性が多いと思っていたが、それは素朴な平民というものが貴族の女と比べて美しいと思える僕の感性の問題だと思っていた。
「そうですね。殿下以外にも貴族の方々がそれなりに贔屓にしてくれるくらいには。もっとも殿下はいつも貸し切りにして下さってましたから気付かないのは無理もありませんが。この店を一番、贅沢な方法で使って下さったことには感謝しております」
貸し切りが贅沢? 客の中に王子が居ては気が休まらないだろうと配慮してやったことが何で贅沢なんだ?
しかも貴族がこの店を知ってるだと? それだと、庶民派の僕が見つけた隠れ家的なお店じゃないってことになるが……。
「おー! レイラちゃん、今日も指名させてもらうぜ。だけどよ、悪いが倹約とやらのために、そんなに長くは飲めないんだ。ウチのバカ殿下が無理矢理、アホな法律を通しちまってな! よりにもよって、陛下が体調不良で寝込んでいるときによぉ! 宰相殿が殿下の腰巾着なのもいけねぇや!」
「……だ、誰だ!? 誰がバカ殿下だ!」
「うびゃあ! で、殿下が居たのかよ! 悪い、オレ逃げるわ!」
粗暴な男が僕のことをバカとか、法律をアホとか抜かしやがった。
父上が病気なのを知ってるってことは貴族なんだろうが……。
まるで父上だったら反対してたような言い方も気に食わん。この素晴らしい法律には反対するはずがないではないか。
しかし、店中から感じる冷たい視線は何だ?
僕は人気者の愛され王子ではないのか――?
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