第15話
バーミリオン家が国家を統一して一ヶ月。
ハウルトリアの新たな城になるはずだったこの王宮は正式にバーミリオン宮殿となり、王都はバーミリオンカンパニーの本拠地であるこの町となりました。
ヘムロスは宰相となりその手腕を振るい、役人たちも以前に王室に仕えていたときと変わらぬ待遇に胸を撫でおろし、新たな土地での仕事に打ち込んでくれているので、新王国の船出は順調そのものです。
それにしても気がかりなのはマークスがそのまま放置されたことでした。
元国王さえ捕らえておけば問題ない――むしろマークスは牢獄に捕らえようと考えは改ないし無駄だろうと父は言い放ち、何もしないことにしたのです。
「今日からお世話になります。リリアと申します。ルージア様……」
「あなたはマークスさんの――」
リリア・アーククロイツという名の女性が私の世話係として仕えることになりました。
この方は確かマークスに仕えていたような気がするのですが……。
「仰るとおり、元世話係です。やはりあの人の側にいた人間には抵抗がありますか?」
「いえ、よく務められていたな、と」
「よく言われます。ルージア様が婚約された時は同情したものです」
私がマークスと婚約していたことを同情していたというリリアは彼にかなり辟易していたみたいです。
度胸もありそうですし、楽しそうな方なので、これから仲良くやっていければと思いました。
「そういえば……あの御方、私が前のお城を出るときに不穏なことを述べていましたが、捕まえなくても大丈夫なのですか?」
「不穏なこと……?」
「ええ、バーミリオン家に不満を持っている民衆を集めて武装蜂起し――この国の中枢を奪い返す、とか」
リリアは私の着替えを手伝いながら、彼女が元主人に言われたという言葉を私に伝えます。
あのマークスか不穏分子を集めて武装蜂起ですか。
この混乱の最中ですから、現状に不満がある人間を無くすことは不可能です。
ですから、そういった方を見つけることはそれほど難しくはないのでしょうが……。
「リリア、あなたはマークスにそのような方々をまとめ上げるリーダーシップがあるとお思いですか?」
「いえ、皆無です。王子という立場を以てしても微妙でしたから……。平民となった今は無力と言っても過言ではありません」
元マークスの世話係としてのリリアの評価は酷いものでした。
平民となる以前のマークスですら、リーダーシップは無かったというのですから。
きっと彼女にかなり迷惑をかけていたのでしょう。
「それならば、何故そのお話を? 無力ならば放置しておいても問題ないように思えますが……」
「ええ、そこなのです。あの御方……無能の極みなのですが、妙にポジティブで行動力だけはあるのですよ」
「ポジティブで行動力がある……」
それは思い当たる節がありすぎます。
マークスは最後まで折れませんでしたし、倹約政策に何の疑問も持たずに突っ走る謎の行動力がありました。
「ですから、我々の予測もしない方向にいつの間にか突っ走っている可能性があります。行動自体はズレているのですが、とにかくブレないという厄介な性能をお持ちですから」
リリアはマークスを放置するとまた変な方向に暴走するのでは、と予想します。
それを聞くと私もそんな気がしてならなくなりました。
やはり、素直に牢獄に閉じ込めるべきだったのではないでしょうか――。
◆
「ハウルトリア元王都で強奪などが相次いでいるのですか……? その窃盗団の中にマークスがいたと」
「うむ。ハウルトリア家が再び王座を取り戻すための正義の強奪であるという理屈で武器を持って店舗を襲っているらしい」
「……らしいって、マークスを捕らえておけばこのようなことにならなかったはずです。少しは反省してください」
マークスが窃盗団で悪事を働いているという情報を口にする父。
他人事のような口調に若干苛立ちを感じます。
なんせマークスを捕らえておく、もしくは処刑しておく、という意見は散々出た上でそのまま放置するという結論を父が出したのですから。
これは責任問題です……。
「まぁ、落ち着きなさい。こうなることは予想通りなのだ。マークスを放置すれば必ず反乱を起こす――いや、正確にはマークスを担ごうとする連中が現れるということがな。だから、今回の被害に遭ったという店舗などには十二分に補償なりするつもりだ」
父は葉巻で煙を吹かせながらマークスがこうなることは予想通りであるとしました。
さらに彼を担ぎ上げるようなことをしている人たちがいるようなことを匂わせます。
そんな人たちが本当にいるのでしょうか? というより、予想通りなのでしたら何故放置をしたのか尚更分かりません。
「でしたら、早くマークスを捕まえてください。こんなに落ち着いている理由がさっぱり理解出来ないのですが」
「ワシが興味があるのは小悪党が精々の若造などではない。その後ろ盾なのだよ」
「後ろ盾……ですか?」
「うむ。この混乱に乗じて、新王朝にダメージを与えたい者、何らかの利権を奪いたい者、周辺諸国の悪徳貴族共が息巻いておるのだ。そいつらはこっそりと我が国の有力者とも繋がっておる。ハウルトリアの時代――それもかなり前からな……」
マークス自体には興味がないと断じる父は、その後ろ盾とやらが隣国の悪党でこの国の有力者と繋がっていると推測していました。
どうやら、そういった動きは以前からあったみたいです。
「それって、ヘムロス宰相じゃ……」
「いや、ヘムロスはハウルトリアそのものを壊すことが目的だった。連中は利権を奪いたいだけだからのう。国家そのものが壊れたら自らの地位も危ういのだから、そんなリスクは背負わん」
「では、マークスを放置したのは彼を餌として――」
「うむ。その繋がりを探って、黒幕を突き止めるつもりだ。マークスなど、甘い言葉をかければすぐに調子に乗るに決まっとる。その性格が餌にするには最適だったからのう」
父は「使えるものは何でも使う」と常日頃から言っていましたが、まさか亡国の元王子をも餌として使われるなんて……。
マークスには非常に気の毒な話ですが、少しでもこの国の繁栄に活かされれば彼もなりたかった英雄とやらになれるのかもしれません。
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