第13話
ハウルトリア軍が全面的に降伏して、バーミリオン家はハウルトリア王家の実権を奪い取るという形で戦いは終わりました。
つまり私の父、バーミリオン公爵がこの国の王として君臨することとなります。
それが父としては一番避けたかったことらしいのですが、既に近隣の貴族たちがこぞって挨拶に来られていますので、今さら後には引けません。
父は、本当はハウルトリア軍を適当に痛めつけた後に、バーミリオンカンパニーの自治権を認めさせて旅行にでも行きたかったと愚痴を溢していました。思っていたよりもハウルトリアが弱っていたので簡単に泣きを入れてきたとも……。
「これでハウルトリア王家は終わった。全てはあのヘムロス宰相の手のひらの上だということだ」
「ヘムロス様の手のひらの上……ですか? 前もそのようなことを仰っていましたよね? もしかしたら、私との婚約破棄すら宰相が仕組んだことだと……」
ヘムロスはマークス殿下の教育を任されていました。
彼への忠義心は厚いと有名で、ヘムロスが頭を下げて回っていたから国民の暴動は抑えられていたとも言われています。
しかし、その裏ではマークス殿下に偏った教育を施して国を潰そうとしていた――そのような荒唐無稽を父は私に話していたのです。
「先代国王の時代に遡る。ヘムロスの兄、ダニエルは優秀な男でな。若くして宰相になるだろうと有望視されていた役人だった」
「ヘムロス様の兄……」
「その頃、ワシは一番がむしゃらに富を築いていてな。先代国王に既に三千億近い金を貸し付けていたのだ。まぁ、こちらとしてもハウルトリアで商売をさせてもらっている以上は多少苦しくても融通せにゃならぬ所もあったからのう。おかげで金を稼いどるのに質素な生活を強いられておったよ。今では良い経験だと思っとるが」
父はヘムロスの兄のダニエルの話を始めました。
どうやら、このダニエルという方が今回の一件に深く関わっているみたいです。
それにしても、父は私が生まれる前からそんなにお金を王家に貸していたのですね。
自分の生活が揺らぐぐらい貸していたのは健全とは言えないような気がしますが……。
「ワシの生活も中々に厳しかったが、ハウルトリア王国はそれで急速な発展を遂げた。そんなときだ――ダニエルにもうこれ以上は王家に金を貸さないで欲しいと頼まれたのは」
「ダニエルは王家が借金をすることを嫌がったのですか?」
「うむ。バーミリオン家の金に依存すると、いつか必ず王家が泣くことになると。ワシの謀反が怖いとはっきり言われたよ」
今回の件のように我が家が反旗を翻した際にハウルトリアがあっさりと倒れたのは、その前に多額の借金の一部を返して国庫が空っぽになっていたからでした。
ダニエルの予感は少なからず当たっていたことになります。
「ワシは立場上、頼まれれば断れぬし、生涯ハウルトリア家に忠誠を誓っていると答え――ダニエルは先代国王と当時の皇太子、つまり現国王に直談判をした。国の発展を遅らせてでも借金は控えた方が良いと……」
「しかし、結局今までに八千億ゼルドも借金をしていましたよね?」
「うむ。残念ながら若い役人の訴えは先代国王には響かなかった。それどころかダニエルは失脚して役人の立場を追われ――病に倒れて亡くなったよ」
「……つまりヘムロス様は亡き兄が正しかったと認めさせるために、ずっと長い間――」
ゾッとしました。
マークス殿下のあの異常とも取れる偏った考え方から今回のハウルトリアとバーミリオンの戦いまで、全てが先代国王の時期からのヘムロスの復讐計画だったなんて。
父はそんな話をしながら、呑気に紅茶に口をつけています――。
我が親ながら、思いきり当事者の一人なのにどこか他人事のように語る父も父でどうかしてるのかもしれないと思ってしまいました――。
◆
父が国王となると、当然のことながら私が王女となる訳で……。
つい最近まで皇太子妃になる予定だった私はバーミリオン王国の第一王女という堅苦しい立場になってしまいました。
父も国王なんて立場は嫌だと言っていますが、私はもっと嫌です。
ですが、ハウルトリア王朝を打倒してしまったことは事実ですし、ハウルトリア家には国家を統べる力がないことは明らかでしたので、我が家がするしかないのです。
「ハウルトリアの役人はそのままお使いになるのですか?」
「希望すれば、な。生涯、ハウルトリア家に仕えると決めている者には無理強いはせんよ。変わったのは王家のみ、そう思わせておくだけで国民もそれなりに安心するだろう」
父はシンプルにハウルトリア王家が使っていたものはそのまま使うという方針で、役人から兵士まで立場を変えずにそのままというスタンスを取りました。
そして、マークス殿下の立案した倹約政策のみを破棄して法律なども特に新しい何かを作ることはしませんでした。
「ワシは商売人であるからして為政者としての素養はない。出来る事なら王政自体を止めてしまいたいが、それはもう少し先にしようかと思うとる」
一ヶ月程で父は国王という立場を辞する決意を固めました。
海の彼方の国には共和国というものが存在して、王家というものはそこにはないそうです。
政治は出来る人がやった方が良い――そうあっさりと言ってのけた父はこの国から国王という立場の者を消そうと考えていました。
「お前もつかの間の王女生活とやらを楽しんでいるが良い」
「お父様もお人が悪いですわ。私の婚期をまた遅らせるようなことを仰るのですから」
「お前ほどの器量なら平民になっても引く手あまたじゃろうて。はっはっはっ!」
あの、私は至って真剣ですよ……。
そもそも、あのマークスを半ば強引に婚約者にされたのは父でしたね。
元国王と友人関係でしたし、向こうとしても八千億という途方もない金額の借金を有耶無耶にするにはマークスと私を結婚させることが最も手っ取り早い方法でしたでしょうし。
ヘムロスもその辺りのことを読んだ上で、私のことを嫌悪して婚約破棄させるようにマークスを仕込んだと思われます。
そう、ヘムロスの手のひらの上でここまでの騒動が起こったというのに――。
「まさか、あなたがこの私を宰相として召し抱えようと酔狂なことを仰るとは思いませんでしたな」
「そうか? 変な復讐さえ考えなければヘムロス殿の政治的な手腕は極めて高い。この国が欲しかったらくれてやっても構わんと思うとるし」
「兄はあなたのそういう所を警戒しておりました。更に言えば、敵に回してはならないタイプとも」
この方も我が父のどうかしている部分に呆れているみたいです。
ハウルトリア王国の元宰相であるヘムロスは――バーミリオン王国の宰相として召し抱えることになりました。
父は使える人材は使わないと勿体ないという方針でヘムロスの罪を一切問わず、地位をそのまま保証したのです。
やがて、この国を共和国にしようとするとき彼に面倒ごとを全部押し付けるつもりなのでしょう。
父は奔放すぎて、本当に自分勝手な人なのです――。
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