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第11話

「ハウルトリア国王、復帰したそうですね。復帰早々、こちらに攻め込む結論を出すなんて大変でしたでしょうけど。――お父様の仰るとおりでした」


 私たちがバーミリオンカンパニーの新ハウルトリア城に辿り着いてから、三日目の夕方。

 ハウルトリア国王は軍隊をこちらに送り込みました。

 国家反逆者であるバーミリオン家は許さないと……。

 マークス殿下の処遇については一言も触れられていませんでした。


「父上が軍隊をこっちに送り込んだ、だと! 馬鹿な! 僕が人質なのを知って堂々とそんなことをするもんか! デタラメを言うな!」 

 

「はぁ……」 


 マークス殿下を地下牢にでも閉じ込めておけば、と私はアドバイス差し上げたのですが、趣味の悪い父は拘束したまま私たちの近くに転がしているのです。

 もちろん、監視をつけて排泄などの面倒はみてますが、反省する姿を見たいという父の思惑はどうかと思っています。


「そんなに疑うのでしたら、殿下。戦場まで足を運びますかな? バーミリオン私設兵団がハウルトリア軍と戦っている現場に」


「せ、戦場!?」 


「左様でございます。殿下ならいい盾になりそうだ。さすがに一般の兵士が殿下に凶刃を向けることは憚るでしょうからな」


 父が意地悪く笑いながら盾を作るジェスチャーをすると、マークス殿下の顔がみるみる青くなりました。

 きっと本当に盾にされた自分を想像したのでしょう。

 

「そ、そ、そんな面倒な余興に付き合えるか! ぼ、ぼ、僕はこ、怖がっているわけ……、じゃ、じゃないんだからな……!」


 声を震わせながらマークス殿下は精一杯の虚勢を張ります。

 この方も段々とご自分の立場を理解したようです。


 国王陛下が容赦なく軍隊を向けたことは自分に対して助けは来ない。すなわち、今の彼には人質としての価値は無いのですから殺されてもおかしくない。


 自分の死を認識したから彼は恐怖に震えているのでしょう。

 実際、この方が死ぬのか死なないのかは、父の気まぐれにかかっていると思います。



「どうして僕はこんなにも酷い目に遭っている? 僕はただ、国を良くするために倹約を頑張っただけなのに……!」


 マークス殿下は後悔というよりも理不尽を嘆き、悲劇のヒーローのような顔つきになっていました。

 ご自分のしたことが微塵も間違っていなかったとお思いなのでしょうから当たり前ですが……。


「良かれ、と思ってが迷惑になることなど多々ありますからなぁ。殿下の場合はご自分の与える影響力が国単位ですから、迷惑の規模も大きい」


「僕の倹約政策が迷惑だったとでも言うのか!? 批判があることは分かっている! だが、為政者というのは批判を受けてでも進まなきゃならん時があるのだ! 国民の機嫌を見て日和った判断をするような奴にリーダーとしての資質はないからな!」


 父の言葉にムッとして反論するマークス殿下。

 何でしょうか。この方、行っていること以外は立派なんですよね。

 行動力と精神力に頭脳が追いついてないというか……。

 頭が良い方でバランス感覚に優れた方でしたら、名君になっていたかもしれませんのに。


「倹約政策とやらが何かしらの成果を生んでいましたら、殿下の言い分も通じましょう。しかし、それが国を壊す結果となった今――殿下は国に不要な存在として切り捨てられたのです。陛下もそう判断したのでしょう」


「ぼ、ぼ、僕が……、国に、父上に、不要だと切り捨てられた……」


 その時のマークス殿下の愕然とした表情は見ていられませんでした。

 己が優秀であるという自負が崩れ去ったようなそんな表情。

 

 現実が受け入れられない――そのように見受けられました。


 ◆


「お前ら、僕は人質だぞ……、この扱いはあまりにも酷いではないか。布切れ一枚のみを渡され床で寝せて、食べ物は芋をスープに入れたものだけ。マッサージもない。読書する本もない。三日も同じ服を着させる……」


 早いものでハウルトリア軍がこちらに攻め込んできて二週間もの月日が経過しました。

 檻に閉じ込められているマークス殿下はうわ言のように待遇について文句を言われます。


 すでにハウルトリア軍が押し寄せて来てる時点で人質でないことは彼も分かっていますし、いつ殺されてもおかしくない立場なのは理解出来てると思うのですが、それでも今の待遇に我慢出来ないみたいです。


「殿下は倹約がお好きだと聞いていますので、せめて大好きな倹約生活を体験させて差し上げているのですが。ご不満でしょうか?」


「け、倹約だと……? バカを言うな。こんな人を縛り付けてみすぼらしい生活を強制することが倹約なはずがない。だ、だって、このままだと僕は栄養も足りずに死んでしまう……」


 マークス殿下はこんな生活を強制されることが倹約のはずがない、と答えます。

 この方、確かに贅沢、贅沢と口にする割にはご自身の質素倹約の水準がかなり高かったような気がします。  

 しかし、あの必死な形相。よほど今の生活が辛いのですね……。


「死にはしませんから安心召され。修験者の暮らしの中でも特に甘い水準で食事を与えておりますから。むしろ徳を積めるかもしれませんな。尤も、殿下が贅沢をしたいと望めば直ぐにでも豪華な食事をプレゼントして差し上げましょう」


「……ぜ、贅沢を誰が望むか。僕は無理を強制するなと言っておるのだ!」


「倹約を強制させる法律を作ったのに……ですか? 為政者が国民に強制したにも関わらず、自分は勘弁願いたいというのは理屈に合わぬと思われませんか?」


「うっ……」


 ぐうの音も出ないとはまさにこの事を言うのでしょう。

 国民に贅沢を禁ずる法律を課して、自分はそれから逃れたいというのは矛盾しているということにマークス殿下はやっと気が付いたみたいです。

 

 本来はもっと早い段階で気付くべきだと思うのですが、これは快挙です。


「こ、こんな辛い暮らしをしている国民などいるはず――」


「仕事がなくなって、明日食べるものすら無くなったと泣いている国民がいることはご存知ですかな? 家族のために親の形見を売るしかなくなったと悔しい思いをした者がいることはご存知ですか? そんな思いをする者を一人でも減らすために政治を執り行うことこそ、貴方の仕事だったのではありませんか?」


「う、うるさい! そいつらは今まで贅沢したツケが回ってきただけだ! 僕はちゃんとやってきた!」


 自己矛盾に気付いたと思いきや、殿下は最後まで自分の間違いだけは認めません。

 確かにあれだけのことをしておいて、今さら全部が間違いだと認めるとプライドの高いこの方はどうかしてしまうかもしれませんね。

 

 ですが殿下……、そろそろ認めてしまった方がよろしいですよ。

 ハウルトリア軍が敗北する前に――。


 ◆


「そろそろですかね? ハウルトリア王国が食料品不足によってこちらに降伏するのは」


「うむ。あと一週間も保たんだろう」


 海を超えた国、アルバニア王国製の紅茶の香りを楽しみながら私はハウルトリア王国が敗北する日がそろそろなのでは、と父に尋ねました。

 

 一週間ですか。マークス殿下には悔い改めて欲しいと思いましたが――。


「はははは、一週間……? 馬鹿なことを言っておる。それに食料品不足だと!? それはこっち側が心配することだろうが!? 僕にこんな粗末な食事しか出せぬのだからな!」


 マークス殿下は私と父の発言を笑い飛ばします。

 この方、父が殿下を殺すつもりがないとでも思ったのか、最近は平気で暴言を吐くようになりました。


 不味い、不味い、と文句を言いながら皿を舐めるくらいの勢いで完食し、身体が痛くなるとか言いつつもグースカと8時間くらいたっぶりと睡眠を取られる。

 このふてぶてしさだけは見事だと素直に思えました。


「食料品不足にはなっとるはずですぞ。なんせ、農園の過半数はバーミリオンカンパニーが管理しとりますから。海運業はストップしておるし、農業が盛んな隣国エルシャイド王国への陸路はこちらを通らなくてはなりませぬので、輸入も出来ない」


「ぬぅ、バーミリオン財閥め……、悪辣な……」


「おまけに殿下が飲食店などの売上を大幅に下げる政策を実行したので、特に王都付近の農家は大打撃を受け、収穫量を減らそうとしていましたし……」


 最後に父の言われたことが決定打です。

 王都付近の農家は作物が売れないという状況に苦しんでいました。

 そして、作物の収穫量を減らし値段を上げようと動かざる得ないという状況に追い込まれたのです。


「だ、だが、それはこちら側とて同じこと。お前らだって、いつものような贅沢な食事をしとらんではないか! 質素なものしか食ってないということは、かなりの痩我慢をしてるはずだ!」


「あの、殿下。私たちは普段からバーミリオンレストランのメニューのように華やかな食事をしているわけではありませんよ」


「豪華な食事などばかりしていては、体を壊しますからな。もてなす時には盛大に料理を出すようにしとりますが、普段から我が家は一般家庭とそう変わらないメニューです」


「はぁ……? 普段からあの食事だと!? お前らは僕を騙していたというのか!? 僕には贅沢な食事ばかり出したくせに!」


 いや、知りませんよ。殿下が勝手に人の家のことを贅沢病とか言い出しただけじゃないですか。

 それに皇太子への食事を出すにあたって、レストランで普段の家庭料理を出すはずがないではありませんか。


 というより、騙したってどういうことです? 相変わらず訳のわからないことを言う方です。


「騙された! それなら僕は最初から結婚してやったのに! 倹約ももっと楽に出来たし、万事上手く行ったのに! 底意地の悪いお前らが、お前らが、僕を嵌めようとして騙すから!」


 目を血走らせながらマークス殿下は大声で私のことを罵ります。

 ああ、この人はもう駄目ですね。絶対に反省もしないし、悔やむこともない。

 一つだけホッとしたことはこの方と婚姻するハメにならなくて、本っ当に良かったということです――。


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