第1話
「前々から思っていたんだけど、君って贅沢だよな?」
「私が贅沢、ですか?」
ある日のこと、婚約者であり、この国の皇太子であるマークス殿下に私が贅沢だと指摘されました。
私は自分自身、倹約家ではないにしても特に贅沢だと思ったこともありませんでしたので、思わず首をひねってしまいます。
「君の身に着けてるドレスや装飾品、最高級のモノばかりだろ? それに毎回、このような高級レストランばかりで会食している。どう考えても贅沢だろ?」
「そうですね。一応、衣料品は父が経営している所が作っておりまして、こちらのレストランも父が――」
「言い訳をするな!!」
実は私の父は若い頃に貴族を辞めてでも商人に成りたかったという変わり者でして、先代の国王陛下に貴族でありながら商売をすることを認めてもらったという経歴があります。
父には商才があったらしく、自らの財を瞬く間に膨らませて、いつの間にか王家を遥かに凌ぐほどの財を築き上げました。
それだけに飽き足らず、造船ギルドと海運ギルドなるものを立ち上げて、船を造り、大陸を越えた他国とも貿易を開始して王国の中に異国の文化や物資を広めます。
父の功績は旧友である現在の国王陛下にも認められて、「バーミリオン家こそハウルトリア王国の発展の最大の功労者」だと感謝状を送られたほどでした。
私は父から自らの運営している衣料・装飾品ギルドの宣伝としてバーミリオンブランドのモノを必ず身に着けるようにしています。
お店も父が経営しているところにしたのは、殿下の懐に気を遣わせないようにする為でして、現に殿下は一銭もお金を使っていません。
それなのに、私は贅沢だと怒られてしまいました。
「客観的に自分を見てみろよ! 毎日、毎日、贅沢三昧してると思わないか? 君の父親が強欲で金儲けばかりするから、君は歪んでしまってそれが不自然だと思わなくなっているんだよ。ああ、恐ろしい……!」
父が強欲で金儲けばかりしてる――マークス殿下の言い回しは明らかに父への嫌悪感が見て取れました。
そんなに父のやっていることが悪いことなのでしょうか……。私には分かりません。
「この本を見てみろ。王家が贅沢な美女を迎え入れて、国が崩れる話だ。贅沢な女というのは国家を破滅させる。君のような顔ばかりキレイで、金銭感覚のズレた女が一番危険だと書いてあるのだ!」
ええーっと。私って顔はキレイなんですね。ありがとうございます。
しかしながら、それで危険人物扱いとは殿下も中々偏った思想をお持ちのようで……。
婚約しているときからこの有様だと、婚姻してからが思いやられます。
そもそも、父親と陛下に頼み込まれて皇太子の妻などという堅苦しいことを強要されて辟易としていたと言いますのに――。
いっそのこと、そんなに煩く仰るのでしたら婚約破棄でも――
「君と婚約破棄させてもらうよ!!」
と、思っていましたら、されましたね。婚約破棄……。
絶対にそれだけはしないと思っていましたのに。
いえ、私は構いませんが……殿下、あなたはそれで本当によろしいのですか?
◆
「どうした? 驚きすぎて声も出ないか? 皇太子である僕と結婚できると思ってたみたいだが、残念だったな」
私が若干の呆れから沈黙しているのを皇太子であるマークス殿下は驚きからくるものだと思っているみたいです。
いえ、まぁ……、驚きはしましたね。こんなに頭が悪かったのかと。
皇太子妃になりたいなんて、私は一ミリも思っていませんので別にどうでも良いんですけど……。
「そもそも、前々から君の家は気に入らなかったんだよ。金に物を言わせて贅沢三昧。海外からの輸入品を自慢げにひけらかす。この国に害悪しか与えてないからな」
今度は我が家のことをディスり始めるマークス殿下。
そうですね。お金は使わないと市井は潤わないというのが父の持論なので沢山使ってますし、それ以上に納税もしていれば、国の予算の大部分を無担保で貸しつけています。
輸入品は良いものだけを宣伝するようにしているみたいですよ。そうすれば、貿易も盛んになりますし、職人たちは同じものを国内で作ろうと努力しますから。
「これからの時代は王族とあれど節制に努めて、質素に生きるべきだと僕は思うんだ。やはり節約をせねばいざという時に困るからな。君や君の親みたいな金の亡者には分からぬ高尚な思想だろうが」
マークス殿下は上から目線で節約が美徳だと演説を始めます。
ご立派ではないですか。王家に生まれて質素に生きたいだなんて、中々思うことが出来ませんし。
その割には料理を沢山注文して、包んで持って帰ろうとかしてますね。まさか、婚約者の父親が経営している店の料理を無料で持って帰ることが倹約とか仰るのではないですよね?
「それでは、殿下は私と本気で婚約破棄をなさりたいということですか? 後悔は決してされないと」
私は最後にマークス殿下に手を差し伸べました。
仰ることは的外れでも、その精神は倹約したいという崇高なものですし、話し合えば分かってもらえなくもないと考えたからです。
父が国王陛下と懇意にしていますし、このままだと可哀想なことになりそうじゃないですか。
「当たり前だろ? 残念だけど僕はモテるんだ。君のように貞操概念だけはご立派なつまらんご令嬢と違ってね」
「はぁ……」
「素朴な平民の娘たちは良かったなぁ。みんな純情で王子である僕に従順なんだ。誰にしようか迷っているが味見は既に何度かしている。みんな、君とは比べ物にならないくらい魅力的だったよ」
何ということでしょう。
マークス殿下は、この男は、町で何人もの平民の女性と関係を持ったと自白したのです。
随分と私のことを軽く見ているのですね……。
「浮気を告白されると思いませんでした」
「はは、僕は君よりも立場が上だからね。これくらいは許されないと割には合わんだろ」
「本気でそんなことを仰ってます?」
「ああ、思ってるよ。婚約破棄したら君の家も潰してやるから覚悟するんだな」
こうして私はマークス殿下と婚約破棄することになりました。
はぁ、家に帰るのが憂鬱です。父に何と説明すれば良いのでしょう……。
◆
「……婚約破棄だと? マークス殿下がそう仰ったのか? はっはっは! ルージア、お前も若いな。殿下はお前の気が引きたくてそんな冗談を仰っておるのだ。ワシも若かった頃は、母さんにわざと冷たくしたり駆け引きしたもんだ」
父にマークス殿下に婚約破棄されたという話を持ち出しますと、彼は豪快に笑いながら冗談だと受け取ります。
その上で自分も母に冷たく接したとか、そんなことを語ったりしました。
いえ、殿下の話はそんな次元ではないのですが……。
「まぁ、あなたったら。逆にわたくしが無視しだしたらすぐに謝ったではありませんか」
「わははは、そうだった。そうだった。つまりお前もちょっと怒ったフリでもしてやれば良いではないか。それくらいは許される」
いつものように仲のよろしい父と母。
どうやら両親はマークス殿下が本気で婚約破棄をしたとは思っていないみたいです。
まぁ、父の立場からするとそれも分かるのですが……。
常識的に考えてマークス殿下が私を手放すメリットがないのですから。
「お父様、お母様、きちんと話を聞いてください。マークス殿下は倹約家になりたいと仰って、私を贅沢者として王家の害悪になるとまで仰せになりました」
「ふむ。ルージアが贅沢者とな。そこまでの贅沢をさせた覚えはないのだがなぁ」
「同世代の子たちからすると、多少はお金をかけていますわよ。ですから、娘を広告塔に使うのはおよしなさいと申したのです」
「だが、評判は良いぞ。なんせルージアは世界一可愛いからなぁ。わっはっはっは」
ダメですね。完全に両親にはマークス殿下の本気度が伝わってません。
幼い子供が駄々をこねている程度にしか思っていませんので、まるっきり動じていないのです。
結局、マークス殿下が頭を下げて元の鞘に戻るくらいにしか受け取っていないと言っても過言ではないでしょう。
私は嫌でした。マークス殿下との婚姻自体に最初から乗り気では無かった上に、両親を侮辱して平気な顔で浮気をしたと告白する彼が許せなかったのです。
「更に結婚は平民の素朴な娘としたいと仰せになられており、既に町で何人かと関係を持ったとのことです。殿下は味見と仰ってましたが」
「……むっ!?」
「まぁ……、それは何とも」
最後に私はマークス殿下の浮気について両親に伝えます。
二人はピクッと眉を動かして、目を細めました。
――この気配は殺気でしょうか? 明らかに周りの温度が下がったような気がします。
「あの男、ワシの可愛いルージアと婚約しておきながら、他の娘とそのような関係になったというのか!?」
「ルージア、それは本当ですの?」
温厚な父が怖い顔をして、優しい母は嫌悪感を顕にします。
私は両親の圧力に押されながら首を黙って縦に振りました。
どうやら、仲睦まじい両親の地雷は浮気だったようです。
「あの若造。ワシの娘に恥をかかせおって! 目にもの見せてくれる! そんなに倹約が好きなら、好きなだけさせてやろうぞ!」
皇太子殿下を若造呼ばわりする父に若干の恐怖を覚えつつも、性格の悪い私は少しだけしてやったりと思ってしまいました。
マークス殿下、覚悟してくださいね。自分の言動の責任を取って頂きますから――。
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