そして、他意なく変貌した公爵令嬢(モブ)
追記。2023/11/21 歴史改変済みですわ。
追記の追記。2024/08/15 部分的修ですわ正済みですわ✩°。⋆⸜(ू•◡•)໒꒱☆彡
生を受けたのも神の気紛れ。
一息に締め殺すのではなく、ただただ、ジワジワ押し殺す。
家門も血筋も、嘗ての私には重すぎて。
幼い身でどれだけ努力を重ねようと、焦がれ、望むモノを与えられることはないと『理解』した途端。
その場で心を引き裂いたのは絶望ではなく、最も純粋な「諦め」と言う感情だった。
遠い夏の記憶、冷たい思い出。
ありふれた大人たちの都合で、抉り出された醜い性。
逃げは恥と言うが、ならば一体何故、一度も見てくれなかったのか。
幼い頃あれだけ手を伸ばしたのに、何故、一度も引っ張ってくれなかったのか。
———今はもう、昔の話。
焦がれた愛は最後まで与えられず、最も愛した存在ですら自らの意思で手放す。
……自らの意思で手放した、あの日の温もり。
昔、むかし。
光のささない、箱庭での話。
愛もない、涙もない、子供時代。
遊びもない、苦痛もない、少女時代。
何もないし、何も望まれなかった……人間。
どれほど頑張れど、男ではないからと。
その様な世界、完全な無関心の中。大人になり、女となる。
毎夜ただ人形の様に、眠り。
毎日息を殺し、従う様に、生かされた。
『人生』
生れながらの、罪。
価値ある人間には更なる価値を付与するクセに、その一方、見捨てた人間には見向きもしない。
神様は平等でありながら、不公平だ。
意味のない気紛れで創り出した器ならば、いっそのこと心を与えないで欲しかった。
嘗ての『私』
昔の『彼女』
夢も希望もない、可哀想な女の子。
肩書きと見てくれしかなかった、空っぽの少女。
出来損ないだけれど、完璧な人形にも成れず。
出来損ないのくせに、操り人形とまでは成れなかった、チグハグな存在。
無意味な日々。生産性なく息をする。
……ただそれだけの、娘。
「この家の人間として『価値』を生み出せぬのならば、今すぐ出て行け」
と。
邪魔な人形なぞ、いない方がマシ。
結局、人間の『人生』なんて、こんなもんだ。
必要な水も与えられず、生きていても意味がない。
元華族の血、女は家の資産とされ。
男児でないのなら、『自分』すら持つことを許さない家に。幼い私は何故あれほどまで必死になって、しがみ付こうとしていたのだろう?
虫食いされた本の中、ところどころチラつく"誰かの面"。
真夏の日。
果たして、そんな嘗ての『私』は、あの家で一体『何』に成りたかったのか。
……本当は一体、何が欲しかったのか。
親からの『愛』?
周囲からの『期待』?
女としての『喜び』?
人としての『幸福』?
絵本の様な『夢』? お伽噺染みた『希望』?
それとも……
今ではもう何もないし、一度諦めてしまった時点で、もう何も欲しくならない。
他人に期待するだけ無駄だ。
泣き出したい時、何故か笑うことしか出来ない。
嘗てと呼べる『私』は、もう既に、どこにもいないのだから。
□
———この世に『無償』の愛は存在しない。
与える側も、受け取る側も。
友情、恋情……その形は時折織で、様々だけれど。家族の間柄でさえ、世の中、タダなものなぞ一つとない。
値段と支払いは常に対等だ。
それが最も健全なあり方だし、最も『安全』なあり方でもある。
与えすぎれば腐敗を招き。
与えなければ枯れてしまう。
結局生物か植物かと言う違いだけで、人も花も同じ様なものである。
「リアム様? お嬢様がお越しです」
……勢いの赴くままやって来て。今更となって緊張してきたが、ここまで来れば最早、背に腹は代えられない。
女は度胸。
妹は愛嬌。
お茶OK、お茶請けOK、服装も多分……大丈夫な、はず。
「お兄様、失礼します。贈り頂いた物に対するお礼を、」
いざゆかん兄の執務室。
記憶を取り戻す前まで、よく顔を出していた場所だし……。今回もきっと 万が一! 何か失敗したとしてもこの母似の顔面偏差値と、シスコンフィルターが毛穴の隅々までカバーしてくれるだろう。
わたくしの、無事と検討を祈る。
「アトランティア!」
「ワッ」
……そう祈るのと同時に、欲望に負けた常識。
思わず「困ります、お客様」と叫びそうになるわたくし、アトランティア。
この度、至極真っ当な理由を盾に、未来の公爵様に媚びを売り。新生妹として、初の家族孝行。
元日本人スタ×店員として、現段階でのこの国で。お茶、コーヒー関連ならば、誰にも負けないという謎の自信と使命感。
だから、今、こうしてお礼ついでに「お茶でも」と、兄のご機嫌を取り。前世を取り戻した眼で、F世界産イケメンを一寸ばかり拝みに来ただけなのに……。
お見舞い品然り、この時然り。
一体誰だ?
今生のシスコン源氏お兄さんのガタを、こうもブチ壊した奴は……!
集団洗脳、ドナドナ。
その次にグッバイ、地面。
こんにちは、浮遊感。
流石のお兄様でも、ここまでされては。色々、反射的に思いだす。
生々しい、他人の温もり。
軽々持ち上げられた、躰。
状況反射、思いだしてしまった。これは……前世の眼でよく眺めていた、あの、あの! 他でもない、あの!!
スチル構図ではなかろうか?
「ひぇ」
最早鳴き声、泣き声でしか出ない。
乙女として体重を気にする以前。既にもう死にそうだし、泣き出しそうだ。
備えあれば憂いなしと意気揚々、出陣したはずなのに。
実の兄相手に、これからのプレゼントは失くしやすい物より、一生あやかれる知恵を贈ってもらおうと。
これを期、お兄様のご機嫌をワッショイした所で……。自他共に『正しい』お金の使い方。
適当に何の教科の強化でもいいから、妥当な家庭教師でも付けてもらおうと。アトランティアは、一寸した先っちょだけ、強請りに来たはずなのに……。
「? アトランティア?」
顔、良……!!
それでも。
それだけ今、この時ばかり。実の兄の顔が良すぎて、何も頭に入ってこない件について。
昔の妹ならば兎も角、少なくとも今の全『私』は拍手万歳、内心スタンディングオベーションをした。
お国柄なのか、血筋柄なのか。最早そんな些事、心底どうでもいいけれど。
お兄様。
その歳で筋肉もヤバければ、普通に高身長。
そして高収入でもある、F世界イケメンなものだから、
今の構図。
私さえ、わたくしさえ、いなければ……!!
「もうコロシテ、コロシテ、クレメンス……」
本当に鳴き声下でない事態、思わず顔を覆う。
———この瞬間!!
出荷待ちドナドナ子牛から、瞬く間。公爵令嬢(暫定モブ)が、限界オタク顔となったのは言わずもがなであった。