蒼き湖に眠るもの
湖の中心で波立つ水面。その黒い影は徐々に形を変え、やがて巨大な像のような姿を浮かび上がらせた。それは人の姿を模していたが、その表情は無機質でありながら、どこか憂いを帯びているように見える。
「湖の精霊像……?」
アトランティアは思わず呟いたが、目の前の存在は像とは明らかに異なっていた。その身体は石のようでありながら、波紋を生むほどの不思議な力を放っている。
「これは……『目覚めし守護者』ではありませんか?」
エマが険しい表情で声を絞り出した。
「目覚めし守護者?」
ルーカスが尋ねると、エマは静かにうなずいた。
「この湖を守る存在だと伝えられています。しかし、記録では、決して目覚めさせてはならない存在だと……」
アトランティアの胸が高鳴る。
「なら、どうして今に限って……」
エマは答えられなかった。ただ湖の中心を見つめる目には、何か不吉な予感が宿っていた。
その時、「守護者」の目が青白く光り、深みのある声が湖全体に響き渡った。
「我を目覚めさせた者は誰か……真実を求めし者よ、何を望む?」
声が響くと同時に、湖面がさらに荒れ、人々の悲鳴が遠くに聞こえる。アトランティアは一歩前に出て、僅かに震える声で答えた。
「私たちは……ただ、この湖の美しさを見に来ただけです。目覚めさせるつもりなんて、ありませんでした!」
守護者はしばらく沈黙した後、再び口を開いた。
「我を目覚めさせる意図がなき者よ。それならば、この湖に封じられた真実を知る覚悟はあるか?」
「真実……?」
ルーカスが眉をひそめる。
「何を言っている?」
守護者の瞳がアトランティアに注がれる。その光は彼女の心をまっすぐ射抜くようで、彼女は言葉を失った。しかし、その瞳の奥には何か懇願にも似た感情が宿っているように思えた。
「もし真実を知る覚悟があるならば、我の力を試せ。さもなくば、この地を去れ。決断は今しかない」
湖面の波はさらに荒れ、周囲の風が強く吹きつける。ルーカスがアトランティアの肩を掴んで低い声で言った。
「ティア、こんな危険な状況に深入りする必要はない。戻ろう」
しかしアトランティアは首を振る。恐れに勝る好奇心。その瞳には迷いがなかった。
「私は、この湖に何が眠っているのか知りたい。湖の精霊像に刻まれていた言葉、その意味も……」
エマは一瞬「やはりこうなるか」とした表情を見せたが、やがて覚悟を決めたようにうなずいた。
「わかりました。お嬢様がそうおっしゃるなら、私たちも共に参りましょう」
同時にルーカスも深いため息をつきながら、剣を抜く。
「全く、今日も相変わらず妹に振り回される人生だな……でも、守ってやらないとお兄ちゃんとして失格だからな」
アトランティアは微笑み、守護者に向かって一歩踏み出した。
「真実を知る覚悟はあります。その試練受けましょう!」
すると、守護者の目が再び輝き、湖の水が大きく渦を巻き始めた。水の中から浮かび上がる小さな島。その中央には古代語が刻まれた円形の祭壇が姿を現した。
「試練は始まる。この湖に秘められた真実を求め、答えを見いだせ」
アトランティア、ルーカス、エマの三人は、波しぶきの中、祭壇へと足を踏み入れる。その瞬間、空が暗転し、湖全体が青白い光に包まれた——。