湖畔の秘密と招かれざる客
湖畔が近づくにつれ、アトランティアの目はさらに輝きを増していた。馬車の速度が緩やかになり、やがて湖畔に面した広場に停車する。初めての大きな湖と、それを囲む自然の景観に、彼女は息を飲んだ。
「すごい……こんなに大きな湖、生まれて初めて見ました!」
アトランティアが興奮気味に馬車を飛び出すと、ルーカスとエマがゆっくりと後に続く。
「ふふ、気に入ったみたいですね。では早速、お嬢様のお目当てだった『湖の精霊像』を見に行きましょうか?」
エマが穏やかな笑みを浮かべながら指し示す方向には、人々が集まる美しい白亜の像が見えた。湖を背にしたその像は、何とも神秘的な雰囲気を放っている。
「湖の精霊像か……。確か、この地を治めた初代の領主様が、この湖を守る精霊を祀るために造らせたって聞いたな。領地の繁栄と平和を願ったって話だ」
ルーカスが何気なく話しながら、妹の隣に立つ。その横顔はいつものように軽妙だが、どこか遠い記憶を思い出しているかのようでもあった。
アトランティアは像の足元に刻まれた文字に目を留めた。そこには古代語で何かが書かれている。彼女は文字をゆっくりと読み上げると、その内容に少し驚いた。
「『真実を求めし者よ、湖の底に眠るものを目覚めさせるべからず』……?」
「何だその物騒な注意書きは?」
ルーカスが肩をすくめるが、エマはどこか意味ありげな表情を浮かべて像を見つめる。
「この湖には、古くから伝わる伝説があります。湖底に封じられた宝物と、それを守る存在……。ですが、ただの言い伝えだとされて久しいですし、今では観光名所の一つに過ぎません」
エマの言葉を聞きながら、アトランティアは目の前の湖に視線を向けた。その透き通るような青紫色は、見る者の心を吸い込むかのようだった。
しかし、その美しい湖面が突然、さざめき立つ。風とは異なる不自然な波紋が広がり、遠くの空が薄暗く染まり始めた。
「……エマ、この現象、何か知ってる?」
ルーカスが眉をひそめると、エマは険しい表情で首を振る。
「わかりません……。こんなことは、記録にもありませんでした」
「兄さん、あの湖の中心を見て!」
アトランティアの指さす先には、湖面に現れる黒い影。そして、湖の中心からゆっくりと何かが浮かび上がり始める。それは巨大な石のような物体だった。
「……こいつは一体何なんだ?」
石の表面には奇妙な模様が刻まれており、どことなく像に刻まれた古代語の文字と似ているようにも見える。
「これは……!」
エマが何かに気づいたように声を上げた瞬間、湖畔に集まっていた人々が一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。湖の中心から浮かび上がった石が、突然大きく揺れ、まるで生き物のように湖面を撥ね上げたのだ。
「ティア、危ない!」
ルーカスがとっさに妹を抱きかかえ、馬車の陰に隠れる。湖からは何かが現れようとしていた。
「これは領地を守るための試練か、あるいは……」
エマの表情が険しさを増し、アトランティアはその不穏な気配に、胸が高鳴るのを感じていた。