幕裏挿話:色はにほへと。籠の鳥は夜花と共に、
例えトラ転異世界入りを果たし、世界そのものを忘れて仕舞っても、この作品の存在だけは忘れないでいてください。
■2024/01/28 初稿だよ(っ’ヮ’c)
『短絡的で幼い大人たちは、優秀な獣の子を許容できない。
だって、自分たちが築き上げた自尊世界、「そうあるべき」人生を謳歌するのに邪魔だったから…』
全部、全部、何もかもぜんぶ、全員。
母親の腹の中にいた頃から、気に入らず、今も後先考えず。ただ自分の未来に、「こうする」のが最適なのだと、初めから「知っていた」から。
母体も理解者も、白いのを黒く塗りつぶし、黒いのを赤に染め。ひとり、またひとり、思い赴くまま———何度でも。
夏の雪、天使の微光、朝焼けの空に残る星たち。
夜明けと共に希望から生まれ落ちた好奇や、渇望……そして、僅かな焦燥の未来話。
測定可能な心。誰にも相手にされない、生まれながらの憎まれ役。
飽きもせず水面下でディスオーダーが飛び交い合い、何処も彼処も好き勝手生きる「ロクデナシ」ばかり。
その少年は同じ血が流れる城中ですら、常に除け者にされた。
「白雪に毒林檎を渡し、シンデレラの首を刎ねよ」
ゴミ、カス捨てられ。血と暴力にお父様や以下略は見て見ぬフリ、黙認中の罵詈雑言。
そこは、あの日の恋人が住まう国でありながら。いずれにせよ、親に合わす顔を持たない「そういう奴ら」の掃溜めだ。
だから、その分。月の朧気な夜道ならば、なおさら神経張り巡らせ、気を付けてお帰り。
□
———それでも人と星々の間に、案外大した違いなどない。
仰望者は、何処に行っても仰望者。獲物も、何処に迷い込めど、獲物のまま。
「恨みはないが、これが俺たちの食い扶持なんだ」
だから、仕方ないのだ。と、皆が言う。
弱き者に仇を、怪しき者に×を。
全て手に入れるのは、全て捨てた奴だけであり。
法的に許されない事でも、この世界が許してくれる。
『もうすぐ死ぬのに、そんなこと知ったところでどうする?』
結局生まれ持つ身の上が何であろうと何であれ、お上の下。皆が皆、善きに生き残ろうと必死なだけなのだ。
美しい幻想は夜の間合いに、本当に素晴らしい世界は夢の中にある。
闇に溶けたドレスを纏う者が放った矢は、空を貫き、天まで穿った。
『星月夜は、そんな物騒な物を持って楽しむものじゃないわ』
……でも、いくらそう言われた所で。「今まで」星を楽しめるほど余裕のある夜を過ごしたこともなければ。そんな生れなら必然的に、改めて星なぞを見上げたこともない。
それこそ物心ついた頃から、動脈に毒を打ち込まれるみたいな日々しか息て来なかった。
鞭打ちの熱に魘され眠れず、食うに困った日は正しく我が身の地獄で。
確かに多少の味方も居れど、ゆっくり首を絞めるようにジワジワ消され、最後の守りすら今回の旅路で失った。
『せめて貴方だけでも、母の分までシアワセになって』
だが、それでも何処に行けど、どの道邪魔者。
誰にも許されず、そして自分も相手を許せることなく、常に独りぼっちな、そんな人生。
———もう、疲れた。
と。もう、何もかも嫌になって。全てどうでもよく、全て諦めて仕舞いたいと、繰り返し思うほど。
「遅いし、クドイ」
この命さえ、もう、これ以上の反抗に苛まれることなく、諦めて……。
俺は、もう。
逃げて、隠れて、失って。それで囲まれて、高貴な青い血を引きながら鼠と成り果てた、その時点で。
俺は。
やっとの思いで———、
「どうして、汚すの、私のおうち、大切な庭を」
「こ、おり魔法だと……ッ!? それは、その魔法系統は…っ、貴様! 本当に何者だ!!」
目の先で、水飛沫が舞い、星屑みたいな冷気が跳ね。
つい数秒前、先ほどまで、あれほど意気揚々としていた大の男たちが、ひとり、またひとりと沈み、鎮め。
その都度動揺に混じって、新たな沈黙が生まれた。
それで。そんで以て、遠くで人の気配がするも、何も出来ず。相も変わらず、何も出来ぬまま、見ているだけ。
「こんの、躾の成っていない駄犬ども。お馬鹿さんたち、ようやくお気づきに?」
背格好からして、成人していないのは明らか。
そして、不審でしかない服装の割に隠す素振りなく。その鈴の鳴る声からして、恐らく少「女」であるに違いない。
そんな子供で、少女である『ナニか』が夜闇に馴染む度、小さな手に持った銀が相手の刃を圧し折り、身を沈め、この場の空気そのものを切り削いでいく。
「ヒッ、ば、化物」
「化物? 怪物? ありがと~、最高の誉め言葉よ」
後は最後の矜持、虫の息で喚く大の男たちの攻撃をものともせずに、淡々と。
ただひたすら作業のように、迷うことなく、着実に。鋭い一閃を繰り出しては、時折退いて、冷静に戦況を見る。
———始めて訪れる土地、いくら計画された場であれ。身も覚えもない、あるハズもない『通りすがり』の華奢な背中。
「オイ、おいおいおいおい、マジかよ…」
今の自分、少なくとも今までの自分には到底できない、知らない世界、次元の戦い方であった。
「チッ! クソッ、『こんなの』が出てくるなんて、一言も聞いてねぇぞ……」
隙あらば放たれる魔法と打撃の乱舞。
それは相手もそうなのか、仮にも敵である存在の一見した姿形で決めつけ、直前まで下劣に嗤っていた相手陣営。
その中で、恐らくまとめ役。今回の作戦、この集団の頂点であろう男の表情が仄暗い中でも分かるほど歪み、強張り。……しかし、それでも少しの武者震い。
そんな向こうの男は、退屈で仕方ない狩場で、思わぬ強者との対峙に笑っているようにも見えた。
あちらからすれば、形勢大逆転の大損であろうに。
既に場は屍と氷塊塗れで、暗殺どころの話でも、騒ぎでもなく。
「ねぇ、これでもまだ、私とやり合うの? 生きが良いのね、いい事よ」
『どうせ、すぐ終わる。こう見えて、私———』
こんな場所時間帯、一度首を突っ込んだ時点で、自分も彼女もいつ嬲り殺され、犬死して仕舞うか分からない場面であろうに。
一瞬の瞬きの間でなくとも、急展開に付いて行けず、ただただ呆然と立ち尽くす自分に代わって。気づけば、ハッと見れば。
時は、もはやの一人が少女の死角から牙を抜き、向けて、今宵の強襲は人知れず終盤を迎えているところだった。
———危ないッ!!
と。
「オイ……ッ!!」
しかし、当の相手の名は無論知らぬので、咄嗟にそう叫ぶも。少女の避ける動きからして、完全な杞憂なのだと……惨めなほど、よく分かる。
現実世界で取り残されるどころか、寧ろ。その、今目の前の光景であるハズなのに、自分だけが別の世界に立っている様な感覚だった。
「ち、くしょう、貴様……ァ…」
本当に、
一瞬にして芽生えた途轍もない緊張感から思わずほっと息を吐いて、反射的に脱力しそうになったが、グッと気を引き締める。
いくら押してるからとは言えど、この男は先ほどまでの雑魚たちとは違い。素人目でも格段に強いのだと、肌にまで感じ。
気を緩めた瞬間、死ぬ。と、
「ねぇ、オジ様。花は、お好き? あと夜の海も」
「なんッ…グゥ……ッガ!?」
幼い頃から、今まで、今回の旅路でもそうだ。
義理とは言え母に当たる相手、その周囲からの暗殺が始まってから抜けてきた修羅場。男も女も、身内ですら倒してきた人間の数に心の何処かで「自分は強いのだ」と思っていた。
同じ立場であるにも関わらず、当たり前の様に守られ、態度ばかりでかく平和ボケた兄弟。それどころか、同じ貴族社会に生きる同年代の子息たちより、ずっと。惨めな身の上の代わりに、きっと、そうなのだと。
「言ったでしょう、すぐ終わるって」
「あんな世界」で生きているだけで、既に強い大人になった気分でいた。
いくら弱弱しく、子を産んで早々無に帰った実母の代わり、頼れる乳母が守ってくれていたとは言え、慢心などしている訳もないと思っていた。
『せめて貴方様だけでも生きて、私の分まで生き残って下さい』
俺は独りでも生きて、例え本当に「ひとり」になったとしても生き残れるのだ、と。それはもう、何度も、自分に言い聞かせ。
「おヒメ、いえ、お兄さん…」
現に今回だって、ひとりで国境を超えたあたりから……。
いくら体が限界に近いということに気がつくも、自分の力量でここまで辿り着ければ、と。
しかし、そんな一時の安堵なぞ、ただの傲慢ゆえの幻想であったというのに。
俺は。
「怪我、してるの? 大丈夫なんです??」
馴染みない異国の土地、流れ着くように訪れた街で初めての夜を迎え。囲まれてからようやく、気がつく。
そして、そう気づいた時には、もう。気丈な裏腹、内心ではとうに「もう、ならば」と投げやり、諦めていたのかもしれない。
「お前は、一体……」
だからこそ。
だから、こう起死回生と表現するのが最も妥当で。そんな今となって「あのまま1人で対峙していたら……」そう思うと、ゾッとより一層恐ろしくなる。
あのまま絶望と諦め、疲れのどん底で確実に死んで。———いや、その時は「普通に」殺され、音を終わらせられるだけ、まだマシな方なのだろう。
「オイ、こっちだ! 子どもと怪我人もいる!!」
「あ、最後に! 宜しければ、これを」
「……ッ!!」
でなければ……その先の悍ましさは、考えたくもない。
それだけ。結局いつの世も死ぬ以上の苦痛というのは、男であろうと女であろうと、変わらないのである。
「…おい。おいおいおい、君! 遠くからは暗くて見えなかったけど、近くで見れば血も沢山出てるし、ボロボロじゃないか!! こんな時間のこんな場所、しかもこの街の夜に子供がひとりでっ」
お互い一体何を、とは敢えて言わぬが。
誰も彼も一見心配そうな顔で至極真っ当なコトを吐きながら、その目に浮かんでいるのは不審な相手への疑心暗鬼。
「ああ可哀想に、大丈夫?」
情けない。
あの頃に比べれば今は、今更ともなれば「そういった」類の視線は慣れ切って。元来の性格上、ほぼ条件反射でイラつくのは仕方なく。気にした所でキリがない。
あの城、あの一族の中にいた時より「今」と言うのは余程マシだと思うのだ。
……だか、それはそれで、これはこれで。
「んで、この倒れてる『如何にも』なやつ等は……死んでは、いないな。でも、一体何が……」
情けない自分に対する苛立ちで、ただでさえジクジク痛む拳を、ほぼ無意識に強く握り締め、余りにも情けなくて、死にたくなる。
情けない。情けなくて助かったはずなのに、羞恥すら感じる『この現実』。
怖かった。
死ぬことが怖いのか、はたまた「独りでこれからを生きる」ことに対し怖かったのは分からないが。……本当は、それだけ自分は弱く、怖かったのだ。
「あ! この街にしては、如何にも杜撰なヤり方なもんだから…。こいつ等、よく見れば外からの———」
「迷惑が過ぎる環境破壊、安眠妨害。どうすんよこいつ等、一先ず殺す?」
改めて今の惨状を認識した時、自分が情けないと呆れる気持ちと、それを上回る羞恥、恐怖が男———今は「ただのレオ」となった、自分を襲う。
———もし、あのまま。と。
もし、あの時、彼女が偶然、若しくはあの少女がそのまま見て見ぬふりをしていたら。もし、ひとりでこいつ等と対峙していたら? と繰り返し。
そう言ったあらゆる「もし」が頭に浮かんでは、振り払うように消えて。やはり、自分がひたすら情けなくて。
「坊や…というか、お貴族様のお坊ちゃんか? オジサンたちは取りあえず、こいつ等ちょっと締めるから。当事者の君から色々話も聞きたいし、少し待っててくれや」
考えれるだけの余裕が戻ってきた分、こうして一夜の悪夢みたく終わった今、更なる恐怖が波のように押し寄せてきた。もしも、死んでいたらの世界線。
それどころか、もし、先ほどのあの子とは逆に、寧ろあの男たちに命どころか、心や身までをも蹂躙されていたら?
あの雑魚共のように、もし、自分がヤられる側だとしたら?
果たしてそうなった時の自分は。もし、もしも、万が一にも、果たして……と。
そして、未だその考え自体に対し、さも当然のように震えだして仕舞う、自分が。———この外の世界で、こんなにも「情けない」存在だったのか。
「…………っ、」
思わず唇を噛み、血の味がした。
———そんな見るから血みどろのボロボロ、それでも耐えようとしているのか。体を震わせ、それでも俯くことなく。ただひたすらに拳を強く握る青年前の少年。
それを目尻に、周囲の人間たちも「どうしたもんか……」と幾度とお互いの顔を見合わせ。
本来なら「何があったのか、どうしてこんな事になっていたのか」を聞かないといけない立場ではあるものの、
「……まぁ、いくら助かったとは言え。子供相手だし、多分観光客? だし、後でいいだろう」
「……そう、だな」
とひそひそ、打撃音をBGMに思い直す。
でも余所者は、あくまで他所からの者なので。なんとなく観察して見れば、少年の手にはまるで縋るように、離れがたい宝物の様ように、どこかで見覚えある形状の瓶が握られており。
……でも、取りあえずは……。
「ねぇ、君。帰る…今すぐ帰れる場所は?」
どうせ「訳アリ」であろう、この子供を何とかしなければ。それ以上の話合いは、然るべき場所でのそれからだ。
「……………」
「あー、やっぱり、そう言う。じゃあ決まりだな———」
底は、嘗て白黒だった世界。
今日も雲隠れした月や星の代わりに、陽が顔を見せ。新たな朝日が、ここいら一帯を照らし始めた。
帝国西部あるある:自他共に身の程知らずには厳しいが、基本的に(お金落してくれる)観光客、(野郎には)親切で(きないが女子供なら)優しいお国柄。