ブロローグ
「なっ‥‥‥‥‥‥」
目の前に女の人が倒れている。すごい血の量だ、地面が真っ赤に染まっている。
俺はこの人を知っている。俺に良くしてくれた人だ。家族と言ってくれた人だ。俺に生きる希望を与えてくれた人だ。
「へっ、男を庇わなければもっと長く生きられていたものを、バカな女だ」
屈強な風貌をした男が見下した態度でこちらを見ている。他にも数人いる、4〜5人か。
見た目から強そうだ。全身重装備で身を固めそれらを軽々と使いこなしている。よく訓練されている。一般兵なら相手にならないだろう。
「こんな辺境の村に至宝があるとは思えねぇけどな。とんだハズレくじだぜ、まったく」
やれやれといった感じで男は毒づく。
「隊長、合流の時間が迫っております。遅れると我々の評価に関わります。早々に向かうことを提案します」
別の男に促され嫌な顔をしながら隊長と呼ばれた男は部下を引き連れその場を去っていく。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
去り際、隊長に進言した男が横目でこちらを見ていたが、俺はその視線に気付くはずもなかった‥‥‥‥。
周りの状況はひどいものだ。焼け落ちた家、子供の遊び場だった広場と思われる場所は原型をとどめていない。近くにはぬいぐるみが落ちている。子供のものだろう、焼け焦げ泥を被っている。持ち主の事を考えると見るに堪えない。
ほんの昨日まではここは平和そのものだった。この村は決して裕福などではない。当然だ、ここは僻地。恵まれた環境とはお世辞にも言えない場所にある。
だが、ただただ平和だった。村の皆が協力してお互いを助け合っていた。子供たちはいつも笑顔だった。お金だけでは決して手に入らない、心の豊かさがこの村の何よりの自慢だ。
そんな村だったからこそマシロを始め人々は見ず知らずの俺を受け入れてくれたのだと思う。
そう、俺はこの村の生まれではない。それどころか、この世界においてかなり特殊な人間だといえるだろう。
俺は‥‥‥‥‥‥異世界転生者だ。
雨が降ってきた。焼け焦げた村の熱気で熱くなった俺の体を冷ましていく。周りに人の気配がない、この村を襲った連中は引き上げたのだろう。そして村人たちの気配も‥‥無い。
「俺は‥‥‥、この世界でも無力なのか‥‥‥、また何も出来なかった‥‥‥、また一人になった‥‥‥また‥‥大事な人がいなくなって‥‥‥‥‥」
雨で濡れた胸のロケットペンダントを握り締める。これは大事な人がくれた、かけがえない俺の宝物。中には大事な人との写真が入っている。そして裏側には2人の名前が刻印されている。
【シン&マシロ】
無気力だった俺に生きる意味を与えてくれた、その証でもある唯一無二の宝物。俺はそのペンダントを握りしめ心静かに、そして固く胸に誓う‥‥‥。
「‥‥‥必ず探してみせる。何か方法があるはずだ。マシロを蘇らせる方法が‥‥‥。確証は無い、そんな方法なんて存在しないかもしれない、この先二度と生きてるマシロに会えることは出来ないかもしれない」
俺は目に涙を浮かべ、顔をくしゃくしゃにしながらマシロの亡骸の前で呟く。傍から見たらとてもみっともない顔だろう。だがそんなことは関係ない。
「考えてみろ、ここは異世界だ、生き返らせる事が出来ないという確証もない!可能性はゼロじゃない!だから探す!絶対蘇らせてみせる!元の平和なマシロとの日常を取り戻してみせる!そして伝えるんだ、マシロに!あの時言えなかった言葉を‥‥‥!!」
−−−−−−−−こうして俺は旅立ちを決意する。この異世界に来てからちょうど5年後、俺の誕生日の日に‥‥‥。