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CODE88 最強の「小さな悪魔」は誰かに影響されてみたい


 チームの出動といったら車だろうなあ、普通。

 場合によってはヘリや飛行機。カッコいい。


 でも今回はみんな仲良く電車旅。ずらっと並んでそれぞれのつり革をキープ。

 今日も首都圏の道路は大規模事故発生で渋滞中。ヘリや飛行機を手軽に飛ばせるようなカッコいい環境でもない。どう計算しても、都心ど真ん中へ行くには電車が一番早いんだよね。


 今ここにいるメンツは、俺とタクと亀山かめやまおっさんと――何故か、世衣せいさんとエルさんもいる。


甲斐かいくんじゃ、あの二人には絶対勝てないだろうからねー、色んな意味で」


「コンビのお二人は『悪魔アル・シタン』のお相手でお忙しいでしょうからー」


「女性が多くて嬉しいですねー、甲斐さん」


 メンバー三人が口々に話しかけてくる。タクはチームメンバーとは顔合わせ済み。


 俺がアコンカグアへ行ってるとき、疲労のあまりイッちゃてる目でムーラの上でピースサインしてる写真と、ベースキャンプで死んだ顔で眠りこけてる写真が、折賀おりがからタクのスマホへ送られてきたそうだ。おい折賀。


「甲斐のやつ、ついに彼女ができた! って浮かれまくってたのに、大丈夫かー?」

と、混乱してるところをアティースさんに呼び出され、相田あいだと一緒に指令室へ案内されたらしい。


 タクも一応能力者(A・ホルダー)の端くれ。しかも受験が終わったばかり。

 使いどころの悪いへっぽこ能力だけど、アティースさんにとっては、常時人員不足の悩みを抱えるチームのサポートメンバーとしてキープしておきたい人材なんだろう。今後タクがチームでバイトする展開もあり得る。


 そのタクは、チームが誇る美人メンバー二人ににこにこしつつ、ときおり怪しい視線を亀おっさんに向けている。

 誰だよ、俺と変なうわさが立ってるなんて言ったの。こっち見てときどき噴き出してる世衣さんか。


 おっさんはただの「念写能力撮影班」なのに、わざわざご立派なハイビジョンビデオカメラを持参してる。


「それ今日はいらないんじゃ?」と聞くと、


「ちゃんと正確なデータを撮りたいんですよ。僕の念写は、どうも僕の主観が入ってしまうようで、データが不正確なので……」


 これだけだとマジメな会話に聞こえるけど、単に「念写だとおっさん好みのサイズに女性がバストアップして表示されてしまう」だけなんですけど。おっさんにとっては大問題らしい。


 タクに今回のミッションについて大まかな説明をした。主に、あの愉快な三人組について。

 自分で話してても迷走するぐらいインパクト大の敵出現に、タクの瞳がこれ以上無理ってくらいに輝き出す。


「そんな面白いやつらがいるなんて、早夜さよも連れてくればよかったなー」


「相田は受験生じゃん、無理はさせられないよ」


「お前も折賀もだよね」


 そうでした。ときどきすっかり忘れてる。


「進路ってだいたい決めた?」


「うん、なんとなく。親も学費出すって言ってきたんだけど、無理させたくないからできれば国立で。公立はどこも遠いんだよね」


「おま、ひとり暮らしなのに片水崎かたみさきから通うの? あーわかった、彼女が近くにいるからか」


「うっ、うん、まあ……折賀も、かっ、彼女も、国立狙いだから。三人一緒で連帯感みたいなのがあるんだよね」


 うぅ、いまだに「カノジョ」という単語を使うのに慣れないし恥ずかしい。

 メンバー三人が、生暖かく孫を見るような目で俺のこと見てるし。


 そのあと、受験より美弥みやちゃんについて色々ツッコまれた。

 受験も交際も、タクにはたくさん教えてもらうことになりそう。


 話してる間に、目的地であるオタクの聖地に到着。

 タクは行く予定だったラノベイベントのことはすっかり忘れて(やっぱりタイトルも忘れて)、なんだか楽しそうだ。

 危険な目に遭わないよう、俺が気をつけとかないと。


「ここから美仁よしひとさんのあとを追いましょう。位置情報によると、どうやら川沿いに移動してるようです」


 折賀からも通信が来た。

 ファン姉妹はハムおっさんのホバーボードに乗せてもらえたらしく、川に沿ってすすいっと東へ移動してる。

 出くわした目撃者は驚きのあまり動くこともできず、動画はまだSNSに上がってないけど、大混乱したつぶやきが彼らの進路沿いに次々に発生し続けてる。

 おかげで追いやすいけど、ほんと身を隠すってことを知らないな。


 そのうち、ジェスさんが必死に拾ってるつぶやきの中に異質な言葉が現れ始めた。

 あちこち入力ミスってるけど、きれいな日本語に直すとこんな感じ。


『日本は人が多いですわね! 注意して飛ばないと人にぶつかりそうですわ! でもあるじは川の景色が気に入ったようですわよ!』


 SNSまで始めちゃったよシスターズ。

 しかも「いいね」つき始めたよ。チャイナのアイコン可愛いよチクショウ。


 折賀は川沿いを余裕で走ってるとこだろう。

 俺たちも走る、走る。

 サッカー部を引退して久しいタクも、なんとか遅れることなくついてくる。


 電車三駅分くらいは走ったかもしれない。

 そのうちに、川沿いにある高架下に作られた、わりと広めの公園にたどりついた。


 舗装された灰色の地面。外周には低めのフェンスが連なる。

 フェンスの向こう側に公園を囲むように並ぶのは、地味な色合いの、古めかしい雑居ビル群。


 遊具があるエリアに何組かの家族連れが来ていたが、世衣さんたちが何か言って、ささっと立ち去ってもらった。


 遊具がない、ただ広々としたエリアに、チャイナドレスのシスターズが並んでて。

 二十メートルほど離れて、折賀が立っていた。



  ◇ ◇ ◇



「イルハムはどこだ」


 車音にかき消されそうな高架下で、よく通る折賀の声。

 その視線は、彼女たちと初めて会ったときほど険しくはない。彼女たちの事情を知ったからだろうか。


「ここにいますよ、ここに」


 シスターズが答えるより先に、公園のトイレからブォン! と音を立ててホバーボードが登場。

 英語で朗々と答える、推定身長・百三十センチのその姿。


 一応人間だもの、トイレへ行くのはかまわないよ。

 でも、ボードからは降りとこうよ。


「わざわざおいでいただき、ありがとうございます、って言った方がいいですかね。せっかく日本へ来たので、ぶらぶら観光と買い物を楽しんでたんです。二人の服、似合うでしょう?」


 そういうハムは相変わらずのくたびれたスーツ姿。

 右手にシスターズの服か何かを巻いてるけど、その中ではまた拳銃を握っているんだろうか。


 当然、エルさんと世衣さんは周囲に目を配りつつ警戒してる。

 亀おっさんは熱心にカメラ回してる。絶対ハムじゃなくシスターズにピント合わせてる。

 タクは「うおぉ」と奇怪なため息を漏らす。


「俺たちは戦うために来たんじゃない」


 折賀が英語で説得を始めた。

 シスターズは確か、英語がわからないはず。

 口をつぐんだまま、折賀と俺たちに敵意を、ハムに崇拝に満ちた視線を向ける。


「あんたたちの事情はある程度理解した。いくらか情報をもらえれば、捕らわれているファン紫鈴ズーリンの救出に協力することができる」


「あなたがたは、パーシャという子どもをいまだに救出できていませんね? どこに協力できる力があるんです?」


 痛いとこを突かれた。

 パーシャ救出に失敗したのは、本人が折賀と組織(CIA)に敵意を持ってしまったからだ。

 確かに、「紫」も今どんな精神状態になっているかわからない。


 でも、でも!


 思わず俺も前へ出て、まっすぐに声を上げた。


「俺たちはコーディを救出した! ほかでもないアディラインに、刺客をやらされ、意識を操られてた、アディラインの娘だ! あんたが今従ってるのは、そういう人間なんだぞ」


「…………」


 ハムが答えるより先に、「赤」が何かを話し始めた。たぶんイスラエル(なま)りのアラビア語。

 耳に入れたイヤホンから、アティースさんによる通訳が聞こえてくる。


『この者の言葉に耳を貸すな。手を汚す必要もない。自分たちが始末をつける、と』


 その場の全員に緊張が走る。

「赤」と「緑」から、はっきりとした殺意の『色』が見える。


 無茶だ。どうやって?

 彼女らが折賀に勝てる要素なんてない。『色』だって、本物の殺意に比べたらまだ弱々しい。


 そんなに慕ってるのか、ハムを。


 折賀が三人に向ける視線に、強い意志が宿る。


「イルハム。その二人に人殺しをさせるのか。それにあんたも、本気で俺を殺そうとはしていない。本気ならとっくに撃ってる。あんたの腕じゃ、俺にはまず当たらないけどな」


 そうか。折賀は気づいたんだ。

 ハムがわざわざ不慣れな銃を武器にする理由。


 殺すためじゃない。「殺そうとする演技」をするためだ。

 銃の所持は、それだけで殺意の視覚効果を発揮する。


 急に「緑」が大口を開け、ツバを飛ばして空気をぶっ壊し始めた。


「さっきからうるさいアルヨ! さては我たちに恐れをなしたアルネ!」


 いや、確かにある意味恐れてるけど。

 二人が動くと、胸は揺れるし太ももがチラチラ見えるしで、亀おっさんが興奮すんですけど。チャイナドレスは立派に兵器だ。


「両手に花ですね~~うらやましい~~」


 なんて、脱力感満載のため息がカメラ越しに聞こえてくる。

 なぜかその言葉を、ハムが聞きとがめた。


「彼は今なんて?」


 折賀が訳すと、ハムが背負う重い茶の『色』が、ますます重さを増した。


「何がうらやましいんですか。僕は何者の干渉も受けない。人の温もりも感触も、僕の体に影響を与えることはまったくないんです」


 えー、つまりそれって不感……


 このおっさん、ものすごく気の毒だ、うん。


「だから僕の心にも、人が影響することはありません。僕が動くのは、ただただ義務だからです。僕を説得するのは無駄ですよ」


 そうだろうか。

 誰もおっさんの心を変えることはできないって?


 おっさんの冷たい口調が、どこか哀しみを帯びているように聞こえるのは、俺だけじゃないはずだ。


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