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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅲ 「クラス・カソワリー」殲滅指令
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CODE78 闇夜に消えた「赤き華」を探して(4)


 精霊・黒鶴くろづるさんは、俺が見ている「黒鶴さんの容姿」について、こんなことを言っていた。


(私には年齢も性別もない。人の姿をしているわけでもない。甲斐かいが見たいと思っている姿が投影されているのだろう)


(甲斐には、私が年若い娘に見えているんだったな。この戦いが終わったら、この姿をした者を捜しに行くといい)


 今までずっと、何のことだかさっぱりわからなかった。

 美弥みやちゃん以上に姿を見たい女子なんて、いるはずないじゃん。


 答えは、俺がもうすっかり忘れていた――と思い込んでいた、幼い頃の記憶の中にあった。


 今、やっとわかった。

 俺が黒鶴さんに重ねて見ていたのは、かつて俺が見ていた女性の姿。


 その姿より、十五年分くらいは年を経ただろうか。

 長い黒髪を後ろでひとつに束ねた、大人の女性。

 チェック柄のシャツにジーパンだけど、着物も似合いそうな、涼し気な目元に白い肌。全体的に、おとなしそうな印象の人。


 その人は、馬を柵の中に入れると柵を閉めて、ゆっくり、俺の方へ近づいてくる。

 俺も、つられてゆっくり前へ進む。でも、何て言っていいのかわからない。


 とりあえず、無難に「こんにちは」かな……


 二人の距離が、声が普通に届くくらいまで縮まった。

 一回深呼吸して、勇気を出して、


「あ、あの、こ」


けんちゃん、おかえり」


 え。


 まるで黒鶴さんが浮かべていた花のように、優しく微笑む人。

『色』は、美弥ちゃんよりもさらに薄い、限りなく白に近い桜色。


 俺のこと、わかってんのか。あ、アティースさんが連絡したんだっけ。


「え、えーと、俺」


「タクくんと遊んできたんだよね。ちゃんと仲良く遊べた?」


 ……え?

 

「あ、あの。澄花すみかさん……ですよね?」


 答えより先に、厩舎きゅうしゃの向こうから男性がひとり歩いてくるのが見えた。その男性は、女性に何か言ったあと、俺に向かって手招きした。

 女性はにこにこしながら柵の中に入り、馬に近づいていく。


 わけがわからないまま、男性の方に近づいた。

 彼はちらっと俺を見ると、そのまま背中を向けて来た道を戻っていく。ついてこい、ということなのか。


「あの、俺は」


「あいつには馬の世話をしててもらう。話は俺がする。それでいいか」


 男性は少しだけ振り返った。


 四十代か五十代、痩せ型。白と茶色が半々くらいに混ざった髪。少しフォルカーに似たイメージ。


 その男の声には、確かに聞き覚えがあった。

 女性が日本語だったのに対して、こっちは英語。

 ずっと忘れていたのに、去年からしつこく悪夢を見るようになって、何度も繰り返し聞くはめになった声だ。


(お前が俺の子であってたまるか! こっちへ来るな化け物ーー!!)


 まただ。また、心に重いものが沈んでいく。自分でも、顔が険しくなっていくのがわかる。


「なんで、あなただけとなんですか。あの人は、俺の」


「あいつに話が通じると思うな」


 言いかけた言葉を乱暴にふさがれた。


 男の、怒りと後悔が混じったような色を、俺はにらむように見すえた。

 その怒りは、俺にも、あの人にも向けられてはいない。


 自分自身に怒りを感じてる、のか。


「あいつの中じゃ、あんたはまだ二歳のちっこいチビのまんまなんだ。説明するから来てくれ」


「…………」


 俺は黙って男のあとをついていく。

 そのまま、木の香りがするログハウス調の広い家の中に通された。


 確かに、話を聞かなきゃ何もわからない。


 父親のことも、母親のことも。


 なぜ、俺を施設へ置いていったのかも。



  ◇ ◇ ◇



 ドアをくぐってすぐの部屋は、ちょっとしたギャラリーみたいな空間だった。


 壁にも、置かれたデスクの上にも。数えきれないくらいたくさんの、花や絵や写真。


 生花があちこちにセンスよく飾りつけられ、さらに絵や写真の中にも花がある。馬の人形もある。あとはほとんどが、馬と、知らない人たちが並んでる集合写真みたいだ。


「そっちの写真が、俺の両親。つまりあんたの、祖父母だ」


 祖父母。俺には無縁の言葉だと思ってた。優しそうな白髪の老夫婦。


「二人とも、もういない」


 やっぱり無縁、か。ばあちゃんといったら、俺には施設の「ばあちゃん先生」だけだ。


 奥のダイニングへ通された。広めのテーブルに、椅子が六脚以上並んでいる。

 二人暮らしの家とは思えない。昔はここにたくさんの人が暮らしていたんだろう。


 勧められるままに、椅子に腰をかけた。

 男は「少し待ってろ」と言いながら隣室へ消えていく。


 待っている間、心臓を押さえ、深く、ゆっくりと呼吸した。少しでも自分を落ち着かせるために。


 みっともないところなんて見せたくない。

 二人の親の「子ども」としてではなく、ひとりの男として来たんだ。

 ただ、話を聞くだけ。聞きたいことを聞いたら、そのままさっさと帰るつもりだ。


 父の名は、アラスター・グリーンフィールド。


 母の名は、澄花。日本の母の両親も、もういない。


「グレンバーグという人から、連絡が来た」


 コーヒーの香りをつれて、男――アラスターが現れる。

 目の前に、ゴトッといかついマグカップが置かれた。


 喉が渇いた。

 目の前のコーヒーを飲みたいと思うと同時に、飲みたくないとも思う。


「言いたいことがあるなら、先に聞いておく」


 目の前に、男が座る。


 喉がひりついて、うまく英語を喋れる気がしない。

 日本語だとしても重すぎる状況。

 この場にふさわしい言葉なんて、俺の脳を全部ひっくりかえしても出てくるとは思えない。


 くそー。みっともないとこ見せないんじゃなかったのかよ。この再会を望んだのは俺なのに。


「俺が先に話してもいいか」


 しばらく待って、俺から言葉が出ないとみると、アラスターが話を始めた。


「みっともない話をするからな。あんたが思ったとおりに、自由に反応してもらってかまわない。


 もう二十年くらい前になるのか。俺は町であいつ――スミカと出会い、あいつにくっついて日本へ行ったんだ。この家を捨ててな。後先考えない、あいつのことすらちゃんと考えないバカ男だったんだよ。

 たいした仕事もみつからず、日本の暮らしにもなじめず、生まれてきた子ども――つまりあんたにも、どう接していいのかわからなかった。


 そのうえ、あんたは二歳のときにいきなり妙なことを言うようになった。

 誰が何色だとか、誰が、誰に何を思ってるだとか……


 俺は、俺の汚い部分を全部暴かれそうになって、どうしていいかわからなくなって。ついに、やっちゃいけねえことをやっちまった。

 まだ二歳の子どもに、電気ポットを思いっきり投げつけちまったんだ」


「――――!」


 あのシーンだ。何度も繰り返した、あの悪夢。

 頭が痛い。脳天が重い。口の中が渇く。吐きそうだ。


「ポットが当たったのは、あんたじゃなくて、あんたをかばったあいつの頭だった。


 あいつは、初めはなんの異常もないと思ったんだが――あんたのことを、正確に認識できなくなった。

 あんたのことは、預けられる知り合いもいないからいったん近くの施設に預けたんだが。あいつは、誰もいない空間に向かって、ケンちゃんお帰り、って、毎日必ず言うんだ。さっきみたいにな。


 俺は、もう限界だと思った。あんたを戻したら、俺はもっと取り返しのつかないことをしちまうかもしれない。

 あいつをアメリカ(こっち)の専門の病院へ連れていくという理由で、あんたを施設へ置いたまま、二人でこっちへ来た。いつか、あいつがまともになって、あんたを引き取れるようになったら迎えに行こうと。そしたら今度は親父が入院。この牧場が潰れるかもしれねえから手伝ってくれと言われた。

 見てのとおり、とっくに潰れてるんだけどな。それでも、今度こそ少しは親孝行をしなければと足掻あがいて……あいつと親と、牧場の面倒を見るだけで……俺は、もう限界だったんだよ……」


「…………」


 話しながら見えた『色』で、この男に「暴かれたくない過去」があることはわかった。

 俺は二歳のとき、何も考えずにそのカギをこじ開けようとしちまったんだ。だから逆上した。


 誰かに、危害を加えたのか。それとも見殺しにしたのか。


 今となっては、どっちでもいい。

 俺の能力とその記憶が引き金となって、俺と母親を引き裂いたんだ。


ののしってくれてかまわない。父だと思えとも言わない。ただ、あいつのことだけは、母親だと認めてやってくれないか」


「あの人は……俺の母親は、今の俺を見ても、二歳の頃の俺だと……?」


「たぶんな。少し、話をしてやってくれないか。ひょっとしたら、何かが変わるかもしれん」


 アラスターは、立ち上がると、テーブルを回り込んで俺の前に。

 そのまま、いきなり膝をついて頭を下げた。


「日本式で謝罪する。本当に、すまなかった……!」


「ちょっ、ちょっとやめてくれよ!」


 思わず肩をつかんで顔を上げさせた。

 髪の茶色い部分は俺と似てるけど、瞳は俺とはまったく違う濃いブルー。その目が、涙にうるんでいる。


「あ、あいつは、今でも毎日おんなじことばかり言うんだ……ケンちゃんお帰りって、毎日毎日! 全部、全部俺が悪いんだよ……

 でも俺は、今日ひとつだけホッとしたよ……あんたが、あのケンスケが、こんなに立派な男に育ったんだもんな! やっぱり、あの施設に任せて正解だったんだ! 俺なんかが育てなくて、よかった……んだ……!」


 そのまま床に突っ伏して号泣。


 俺は、冷めた目でみっともない男の姿を見下ろしていて。そんな自分が、つくづく嫌だと思った。


 何をどうつくろったって、俺がこの男の息子だという事実は消えない。


 何も言わず、そのまま外へ出た。

 どこからか、リズミカルな音が聞こえてくる。


 さっきの柵に近づくと、あの人が馬に乗っていた。

 長い黒髪の尾を揺らしながら、軽快なひづめの音を響かせて、人と馬はともに俺のそばまで寄ってきた。


「健ちゃん、この子に乗ってみる? おとなしい子だから、健ちゃんでも大丈夫よ」


 馬上から、俺の母親はふっと柔らかな笑みを見せた。


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