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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅲ 「クラス・カソワリー」殲滅指令
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CODE72 始まりの場所、ラングレー(3)


 俺は急ピッチでタブレットの操作を始めた。


 目当ての画面を呼び出し、音量を上げ、そーっとテオバルドさんの近くへ持っていき、木の根元に立てかける。

 それからささっと距離をとって、木の陰に身を潜める。


 数分後。

 俺の目論見どおり、彼はひょろひょろと寄ってきてタブレットを拾い上げた。今までの流れが嘘みたいな、満面の笑顔で。


「やっぱあの人には世衣せいさんだよな!」


「結局ハニートラップ扱いしてんじゃねえか……」


 折賀おりがの呆れ顔はほっといて、俺は木陰から世衣さんのドイツ語での交渉を見守った。

 

 さっき話したとき、シャワーを浴びたばかりでまだ髪が濡れていた。

 たぶん、対テオバルドさん悩殺度は五割増しだ。世衣さんなら、イケる!


 タブレットに向かって、鼻の下を伸ばしたり泣きついたりと忙しいテオバルドさん。少し離れて隠れてる俺たち。

 さらにもっと離れて、CIA直属の特殊部隊がぐるっと一帯を取り囲んでいる。木々の向こうにざっと三十近くの『色』が待機中。


 世衣さんとテオバルドさんの通信音声を、アティースさんが通訳して伝えてくれた。

 テオバルドさんに謎のイヤホンを渡したのは、たぶん施設のスタッフだろうけど、誰なのかは不明。

 耳に装着するとすぐに声が聞こえ、彼の父親が能力者ホルダーに殺害されたことを伝えてきたそうだ。

 CIA本部へ行けば、何故殺されなければならなかったのか、真相がはっきりする、ということも。

 

 その先は、具体的な研究施設ファウンテンからの脱出方法の指示と、本部への道案内。

 テオバルドさんの混乱した頭はすぐには事態についていけなかったけど、気がつくと体が勝手に指示どおりに進んでいたそうだ。


『どうも「(アー)」の介入ではなさそうだな。テオバルド・ベルマンひとりを本部へ向かわせる理由がない』


 アティースさんも渋い声音で思案中。

 いくら「(アー)」でも、たったひとりの能力者ホルダーを本部へ差し向ける計画に意味はない。

 本部を爆破能力ブラストで襲撃させる気なら、「瞬間移動装置テレポーター」を使った奇襲攻撃でないと。


 わざわざ徒歩で、俺と折賀が到着するまでの長い時間をかけて、やっと道程の半分ほどだ。

 いくら身を隠しながら進んでるといっても、あまりにのんびり過ぎる。


 声色は大人の女性、だそうだけど。

(アー)」とは違う勢力が介入したんだろうか。


 だいたいの話が聞けたところで、世衣さんは例のイヤホンを外すように指示した――はずだった。


 そこで異変が起きた。

 テオバルドさんの呼吸が変化し、その手がタブレットを落とした。


 カクカクとした、明らかにおかしな動き。うめくような、奇怪な声。


美仁よしひと!』


 アティースさんの呼びかけよりも早く。

 テオバルドさんの体が、ふっと糸が切れたように大きくのけぞった。

 上体が弧を描き、地面に倒れ込んで後頭部を強打するかと思ったが、なかば宙に体を浮かせたゆったりとした動きで、そのまま静かに地面に横たわった。



  ◇ ◇ ◇



 木の陰で、折賀がふうっと息を吐く。失神作戦成功!


 一瞬でも遅れたら、俺たち全員吹っ飛ばされていたかもしれない。


『ボス、たった今ベルマンのイヤホンに流れた音声を拾いました』


 ジェスさんの声。さすがに今回はマジメモードだ。


 続いて音声が流される。

 俺たちの耳にも届いたそれは、確かに落ち着いた大人の女性の声。

 ドイツ語で、やっぱりただ本部への道筋を指示していたらしい。


『ジェス、その音声を至急解析に回してくれ。本部の解析部門ではなく、個人的に融通のきく人物へ――本部関係者の中に、その声の主がいないか洗ってみてほしい』


『本部関係者? って、CIA(エージェンシー)全員ですか!』


『ベルマンの存在を知り、研究施設ファウンテン内部に詳しく、本部に至るルートを熟知している。おまけに、音声に催眠作用まで仕込める。そんな人物は、まず内部を疑うべきだ』


 つまり、本部の誰かが、テオバルドさんに本部を襲撃させるような真似を――


「目的は、本部襲撃じゃないかもしれない」


 部隊がテオバルドさんを装甲車に移送するために動く中、折賀が鋭い声を挟んできた。


『どう考えた?』


「たとえば、本部ではなく、()()に俺たちとベルマン、三人の能力者ホルダーを集結させる。つまり、俺たちは餌だ」


「なっ――」


 餌ってなに! と、聞き返すよりも先に。


 端末に、イヤホンにノイズが走った。

 耳障りな音とともに、それまで聞こえていた音声が遮断された。端末にもなんのデータも表示されなくなった。


「折賀!」


 強力な電磁波の亀裂。

 そこから連想される事態に向けて俺が叫び、折賀が動く。


 すぐそばに誰かがテレポートした!


 そいつは迷うことなく俺たちの方へ動き、折賀が動き――


 俺はそのまま、数十メートルほど吹っ飛ばされた!



  ◇ ◇ ◇



 木に激突する寸前、どうにか体勢を整えて木々の間にギリギリ着地。


 すぐそばで空気が裂ける。枝葉が雨のように降る中を、二つの黒い影が飛ぶ。

 

 想定以上に突然始まった!


 通信が使えない。

 俺は木々を伝いながら、部隊の主力がいるはずの方向へ声を限りに叫ぶ。


「みんな離れろーッ! 死にたくなければ距離を取れッ!」


 これ以上犠牲が出るなんてごめんだ!


 木の陰に身を伏せながら、目で二つの黒い影を追う。

 ここは国立公園内の森林。邪魔が多すぎてハレドは本来のスピードを出せない。

 見たところ、二人のスピードはほぼ互角!


 二人の靴が何度も木の幹を強く蹴り、高速で方向転換を繰り返す。その度に広範囲に枝葉をまき散らす。土埃がジグザグに舞い上がる。鼓膜をつんざくような鋭い音声が木々を縫って走る。


 スピードが同じなら、首にガードがあるだけ折賀の方に分がある

 ――はずなのに、もう何度も折賀の能力(PK)攻撃を受けているはずなのに、ハレドの動きが止まらない!


 番犬ガードみたいに痛覚が吹っ飛んじまったのか!?


 森の鼓動を揺るがすほどの大激突。すぐに引いて疾走、跳躍を繰り返す。

 幹を蹴って舞い上がった二つの影が、空中で目に見えぬ能力アビリティの鞭を交差させる!


 いかに早く能力発動圏内に到達し、いかに早く相手に致命傷を与えるか。

 ギリギリの、刹那がものを言う領域。


 首への攻撃を受けながら、折賀もハレドの急所を叩いているはず。

 なのに、なぜ。


「折賀! いったん距離を取れ! もう一度、二人で狙撃――」


 俺の言葉は、そこで止まった。


 茂みの向こう、モスグリーンの小さな影が揺れている。

 俺は茂みの向こうに駆け込んだ。

 そこにいた小さな体の、包帯を巻いた手が、しっかりと握られている。


 コーディ! 手、治ったのか!


 コーディは俺を無視して、そのまま走り抜けようとする。


「おい! まさか二人に近づくんじゃねえよな!?」


 コーディの発動可能距離は短い。たったの十メートルだ。

 そんなに近づいたら、まず間違いなく巻き込まれる!


 今度こそ、今度こそ。


「行かせねえッ!」


 走る。手を伸ばす。肩をつかむ。

 逃げようとする彼女に、勢い余って飛びかかる。


 二人で地面に倒れ、斜面を数メートル転がり落ちた。

 動きが止まったとき、俺はすぐに身を起こして、まだ横たわっている彼女を押さえ――


 慣れない痛みに、力が抜けた。

 横腹が、焼けるみたいだ。


 今、何が……?

 力が、入らない。


 地面に倒れ込む瞬間にちらっと見えたのは、まだ表情を崩さないコーディが、赤く染まったナイフの刃先をこちらに向けている姿だった――。


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