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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅲ 「クラス・カソワリー」殲滅指令
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CODE66 千の丘の先へ、草の色と空が溶け合う場所まで(1)


 この国は、「千の丘の国」と呼ばれているそうだ。


 視界いっぱいに緑の丘陵きゅうりょう地帯が広がる、この国の高台に立って。

 俺は、空の雲と丘の果てが混ざり合ってあいまいに溶けていく、ギリギリの境界線をぼーっと眺めていた。


 丘の表面をめるように埋め尽くす紅茶畑の淡いグリーンと、ところどころの低木が見せる濃いグリーン。

 なだらかなアップダウンを繰り返し、空へと続く場所まで、見渡す限りのグリーンの競演。


 あの果てまで、いったい何キロ? いや、何十キロ?


 この、目に優しそうな緑の丘の国に、俺たちが「ハレド」という名前で知っている男が生まれた。


 彼が生まれたその頃、丘は。


 みずみずしい緑の中に、血の色が大量に溶けていく時代を迎えようとしていた。



  ◇ ◇ ◇



3月13日


 翌日のホワイトデーは、美弥みやちゃんの希望で「おうちで手巻き寿司パーティー」を開催することになった。


 なぜか俺たちだけでなく、エルさん+レイくんと、森見もりみ先生+娘さんも呼んだんだって。


茜里あかりちゃん、レイくんにちゃんとチョコ渡したんだって。だったら一緒にホワイトデーしないとね!」


 俺たちと一緒に「美弥ちゃんのチョコケーキ」をかっ食らっていた、あのレイくんが。

 知らん間にチョコをもらってた、だと? 五歳児の分際でリア充かっ!


 どんな寿司ネタを用意するか美弥ちゃんと相談してたら、スマホで電話中の折賀おりがが、スマホを耳に当てたままこっちを見た。


甲斐かい、母さんから。そろそろ家具なんかをそろえに行くけど、お前は畳部屋だから布団でいいかって」


「えっ、そりゃもちろん! ってか何でもいいよ」


 新居こっちの話題にはまだ慣れない。ほんとに俺、あの家に住むことになってんのか。

 引っ越してしばらく経ってからでないと、実感湧かなそう。


 黒鶴くろづるさんが和室にいたいなら、布団二組敷いといた方がいいかな。俺の布団に入ってこないように。


 って、絵面的に夫婦じゃん!


 ケンタ(甲斐かいけんのぬいぐるみ)用の布団ってことにするか。いやますます変人か。



 ……などと、ホワイトデーや新居に関して、色々ワクワク考えていたんだけど。


 残念ながら、パーティーには出られなくなってしまった。


 ――それに。新居にも、俺は――



  ◇ ◇ ◇



 いつもの指令室に、メンバーほぼ全員が揃っている。

 例によって、ジェスさんが情報を映し出す大型モニター画面の前で、アティースさんがブリーフィングを行う。


 ドイツ・ブレーメン州でとんでもない事件が発生した。


 ブレーメン州。最近聞いたことがあると思ったら、「爆弾魔ボマー」ことテオバルド・ベルマンさんが住んでたところだ。


 テオバルドさんが爆破能力ブラスターを発現したときも大事件になったけど、今回はさらに凄惨な事件だった。


 六十五歳の男性が殺害された。首を横一文字に斬られて。

 名前はゲアト・ベルマン――テオバルドさんの、父親。


 彼だけではない。たまたまそばにいた隣近所の住人、計五人までが同じように――


「不正確ではあるが、例の波形に近い信号をとらえた。対象がゲアト・ベルマンだったとすれば、『首斬り人(ヘッドキラー)』は対象からわずか五メートルの地点にテレポートし、彼を含む六人を瞬時に殺害し、再び同地点からテレポートにより姿を消している」


「なんのために……?」


 フォルカー殺害のために研究施設ファウンテンに侵入したときは、わざわざ対象から離れた場所にテレポートした。おそらく、テレポートの瞬間を隠すために。


 そしてフォルカーと警備員を殺害。

 そこでは行動の根拠が推測できたけど、今回はいったい、なんのために。


「ゲアト・ベルマン氏には、テオバルド氏保護の際に本部がコンタクトをとっているはず――ですよね、ボス」


 腕を組みながらエルさんが考える。


「その際、知られたくないことを知られてしまった、とか?」


「それじゃ本部が口を封じたみたいですね」


「また内通者モールの仕業かな」


「甲斐」


 メンバーが口々に意見を言い合う中、ふいにアティースさんが俺の名を呼んだ。


「何か言いたげだな。きみの意見を聞かせてくれ」


「あ、えーと……」


 脳裏にあまり思い出したくない顔が浮かんだ。金髪ロン毛の怪しすぎる笑顔。


「ベルマン氏殺害の理由はわかりませんけど……対象はベルマン氏ひとりだけで、他の人たちは『首斬り人(ヘッドキラー)』の能力アビリティの暴走に巻き込まれたのかもしれません」


「根拠は」


折賀おりが樹二みきじさんに言われたんです。『首斬り人(ヘッドキラー)』は近いうちに能力アビリティのコントロールを失い、『クラス・カソワリー(ヒクイドリ)』に変貌する。だから気をつけるように、と」


 このことは、アティースさんと折賀には既に伝えてあった。

 ほかならぬ叔父さん本人に、「注意するように、美仁よしひととアティによく言っといて。じゃあね~」と言われたから。


 なぜ叔父さんがそんな情報を知り得たのか?


 その疑問は後回しにされることになった。

 まさにブリーフィングの最中、またも同種の事件が発生したからだ。

 ジェスさんの叫びとともに、集まっていたメンバーが瞬時に散開し、部屋の空気が慌ただしく動き出した。


「今度は北京! 判明してるだけで十五人は首斬られてます!」


「至急現地支局と警察に通達! ジェスは引き続きテレポート地点の割り出し、本部に映像解析と被害者リストの依頼!」


 手短に指示を出しながら、アティースさん自身も電話片手にてきぱきと動く。

 が、折賀の前でその動きがいったん止まった。


「美仁。自分の不手際を後悔している暇はないぞ」


「…………」


 不手際。

 シドニーでハレド(やつ)を仕留めそこなったことを、折賀は自分の責任だと感じている。

 救いに行ったはずのパーシャにはっきりと拒絶され、動揺が生じたからだと。


 そのハレドが、能力の暴走だとしても、もう何人も殺害している。

 なんとかしないと、また増え続ける。


「ツー・ハウンズ!」


 ひときわ高い声が響き、うつむいていた折賀と俺は、はっと顔を上げた。


「二人に指令だ。今度はアフリカ大陸へ飛んでもらう」


 アフリカ!


亀山かめやまのシドニーでの念写映像ソートグラフから、さらに鮮明なハレドの人相が判明した。さらに、もうひとつ。やつの両腕は、肩から先が生身ではない。つまり、義手を装着している」


「ほぇっ!?」


 思わず変な声が出た。当のおっさんは部屋の隅っこで、「ハニー・メヌエット」の「ま~るい幸せ・ぱくっと一口チーズケーキ」をぱくっと口に放り込んでいる。


 義手がどうこうよりも、そうとう距離があったシドニーの現場でそこまで見通せたことに驚いた。

 おっさん、ついに男もはっきり念写できるようになったのか!


「以上の特徴から、本部の分析官がようやくハレドの出身国を割り出した。二人でそっちへ向かってくれ」


「え、本人が現れた場所じゃなく、本人がいないのに出身国へ、ですか?」


 てっきり、また狙撃で倒しに行くんだと思ってた。

 シドニー以来、折賀との訓練は欠かしてない。折賀だって、リベンジを望んでいるはずなのに。


「今から北京へ行ったって、本人はとっくにお帰りだ。追いつけない相手を追うのは分析屋の仕事。二人には、やつのルーツを探ってきてもらう。そこにやつを倒すヒントがあるかもしれん」


「――つまり」


 ずっと押し黙っていた折賀が、やっと口を開いた。


「やつの弱点をあぶり出せ、ということだな」


「そういうことだ」


 弱点……。


 やつの家族とか、知人とか。そういうことか!


「行くぞ、甲斐」


 折賀が指令室を出る。急いであとを追いかける。


 弱点を押さえるだなんて、確かにセオリーには違いないけど。

 本人不在の間にやつの大事な存在を割り出して、武器を向けるような事態になったら。嫌な気分になるのは間違いない。


 俺だけじゃなく、こいつだって。

 それでも、誰かがやらなくちゃいけないんだ。


「折賀。やつを仕留められなかったのは、お前だけじゃなくて二人の責任だから。ひとりで背負い込むんじゃねえぞ」


 走る背中に、思わず呼びかける。

 少しだけふりかえった折賀は、


「寿司パーティーは欠席だな」と、一言だけぽつりと呟いた。


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