CODE63 家族になってもいいですか?(2)(※絵)
「――全部、樹二の指示なんだ。理由はわからない」
笠松さんの言葉が、ちょっぴりファミリー気分に浸ってた俺の気分を急降下させた。
目の前のきれいな新築一軒家が、一瞬で暗黒の叔父さんオーラに包まれた。ホラーの廃墟かよ。
一瞬でも「美弥ちゃんが嬉しそうでよかった!」とか思った幸せ気分が台無し!
「え、な、なんで? ってか、いいんですか? 家族の再出発がそんなんで!」
「そりゃ、よくはないが……」
「別にいいんでない?」
玄関口から美夏さんが顔を出した。
「ミキちゃんなら、その気になればこの家どころか片水崎丸ごと全部、意のままにできるでしょ。下手に抵抗したって無駄にエネルギー消費するだけ。とりあえず従うふりして、エネルギーの使い道はこれからしっかり考えよー」
「――という意見で、こうなったんだ」
肩を落とす笠松さん。彼にとっては尻敷かれ人生の出発点。
「アティースに手配頼んでクリーニングかけるからな」
折賀まで順応が早い。
ちなみにクリーニングってのは、盗聴器などの怪しい物が仕掛けられてないかチェックすること。掃除じゃないぞ。
今さら隠すまでもなく、折賀も叔父さんの怪しさはじゅうぶん承知している。
親組織に洗脳されてる可能性も、とっくに気づいてるのかも……
と思ったら、俺の方を見ながらこう言った。
「あの叔父なら、誰かに操られてる芝居をしながら逆に操ることくらい平気でやる。お前も信用するなよ」
やっぱり叔父さん、甥っ子にも実の姉にも、露ほども信用されてない。
本気でみんなを操る気なら、まず信用を得るための工作をしそうなもんだけど……訳わかんなくなってきた。
と、ごちゃごちゃした空気を一掃する一声がとどろいた。
「じゃあいろんなチェックはヨシくんにお願いするとして、今日は部屋割り! 決めちゃいましょー!」
部屋・割り。
なんか流れでここに来ちゃったけど、俺ほんとに折賀ファミリーに入ってんの?
早く早く、と急かされて全員で真新しい家へあがる。
まだ何も入ってない新築物件なんて、入るの初めてだ。
木のにおいや、畳のにおい。まだカーテンのない窓から差し込む、日の光までがいいにおい。
俺の知らない世界。
ひとつの家に、たくさん部屋があって。それぞれの部屋に、家族みんなが暮らす。
食事のときは、大勢でひとつのテーブルを囲んで……きっと、すごく賑やかなんだろうな。
「将来的には、この部屋に甲斐くんと美弥ちゃんに入ってもらって~」
ブホァッ!!??
「あ、ああああのっ! どゆこと!? 俺たちそんなんじゃっ!」
「え、違うの?」
美夏さん、首かしげてるけど目が笑ってる。
「ま、まだその……お付き合い未満でっ……」
「あ、今はヨシくんと同室なんだっけ? じゃあまずヨシくんと同じ部屋で、そのときが来たらとなりの美弥ちゃんの部屋に移るってことにしましょ~」
そんなハシゴ困るわッ!
折賀と笠松さんの加勢もあって、なんとか一階和室にひとりで入らせてもらえることになった。
って、当然のように俺の部屋決められてるけど……
「あの、なんで俺まで……?」
台所の棚の扉を開けてはしゃいでる美夏さんに、そっと聞いてみた。
「あはは、ごめんね強引で。迷惑だったらそう言ってね。でも、もし迷惑じゃなかったら、まだ時間あるし、考えてみてくれない?」
「迷惑では、ないです。でもなんで」
「なんでって、二人を見ればわかるよー。甲斐くんはもうすっかりうちの大事な家族なんだってこと」
家族――
俺が、ずっと手に入れられなかったもの。
二人が、俺のことを、本当に……?
「それに言ったでしょ、ライサおばさんの予言を成就させるには三人の子供が必要なの! 私は絶対に甲斐くんのことだと思ってるから」
「もうその辺にしないか。甲斐くんが断りたくても断れないだろう」
「えー、迷惑じゃないって言ったけどー」
夫婦がわいわい話し合ってる間、折賀を見ると、窓の外の景色を熱心にスマホで撮影してるところだった。
こいつのことだ、敵に突然襲撃されるケースなんかを割り出してるんだろう。
こんなときでもブレない、冷静な姿勢。
そばに寄って、一応おうかがいを立ててみる。
「お前はいいわけ? 俺なんかが家族の中に入り込んでも」
「駄目なら最初からアパートに入れたりしない」
簡潔明瞭な回答。
再会してすぐ風呂と夕食に呼ばれたときとは、全然事情が違うと思うんだけど。 まあ、そう言うんならいっか。
あとは美弥ちゃんの気持ちだけど。
聞くまでもない、ような気がする。
美夏さんはいったん病院へ戻り、退院後しばらくは笠松さんの家に行くそうだ。
この一軒家に家族みんなが揃う日は、まだしばらく先のこと。
叔父さんが何を考えてるのかわからない以上、素直に喜ぶべきではないのかもしれない。
でも、少しは喜んでもいいのかな。
俺が、家族のひとりとして迎え入れてもらえたことを。
それとも俺は、家族と認めてくれなかった「本当の両親」に対するけじめを、先延ばしにしているだけなんだろうか――
◇ ◇ ◇
『私も甲斐と和室に入るぞ。この畳の色とにおいはいいな。楽しみだ』
そうでした……。
美弥ちゃんがどうこう以前に、俺、必然的に黒鶴さんと同室、二人っきりになるんでした。
いくら霊でも、なんかマズい! やっぱ折賀と同室を続けるしかないか?
でも、ほかに部屋があるのにわざわざ男二人で同室って、どうよ?
◇ ◇ ◇
3月8日
美弥ちゃんの誕生日ーー!!
朝から落ち着かない。俺たち三人、今日はバイトもトレーニングも休みにしてもらった。
でも、まだ美弥ちゃんに伝えてないんだ。
となりの駅前の、ちょっといい感じのイタリアンレストランを予約してあるってこと。
オパールペンダントの包みを何度も確認する。
うへへへっ、美弥ちゃん喜んでくれるかなあ。
何時に出ようか考えてたら、日課の「拳立て伏せ」を済ませた折賀に呼ばれた。
「俺はやっぱり大学に行く。向こうで適当に食べとくから、俺の分キャンセルしといてくれ」
「なんで!」
「なんでって、その方がお前はいいだろ」
考えもしなかった。
当然のように三人分予約してたけど、折賀がいないとなると、完璧に「デートのお誘い」になる。
「って、ええっ、なんで! 今までさんざん二人っきりを邪魔しといて――」
「今のお前なら、何かあってもチームが駆けつけるまでの時間稼ぎくらいにはなる。そう判断した」
少しは認められたのか。美弥ちゃんと、デートする資格を。
そりゃ、デート、してみたい。
自慢じゃないけど、女の子とまともにデートなんてしたことない。
相手が美弥ちゃんなら、こんなに幸せなことはない。
でも――
「やっぱ、行こうよ。一緒に」
意気地なしとでもなんとでも言え。
心の準備がまるでできてなかったのは本当。
でも、こいつだって大事な美弥ちゃんの誕生日くらい祝いたいだろ。去年祝えなかったんだから、余計に。
デートは別の日に、ちゃんと準備してから。
焦らずに、いつかきっと、じっくりと。
◇ ◇ ◇
レストランの前に、いつも通り三人で病院へ行くことになってる。
美夏さんも、美弥ちゃんにおめでとうを言いたいだろうし。
支度して、三人でアパートの外へ出ると、突然目の前で白のレンタカーがキキィッ! と音を立てて停車した。
「はぴば〜すで〜美弥〜! 可愛いきみにバラの花束を〜!」
「緊急事態発生ーッ!」
俺が美弥ちゃんを避難させ、折賀が立ちはだかり、拳銃を持ったエルさんと、少し遅れて森見先生も飛び出した。
「危険人物とみなし排除します!」
「ボス、射殺の許可を!」
「ちょっと待ってー! 可愛い姪っ子に誕生日プレゼント持ってきただけだからー!」
両手を上げてブンブン振り回した「騒ぎの張本人」は、「じゃあ美弥、まったねー!」と投げキッスまでしながらレンタカーで走り去っていった。
その直後、アパート前に宅配トラックが停車し、特大段ボール五箱分のバラの花束が届けられたのだった……。
全部、病院や老人ホームに寄付しました。




