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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅲ 「クラス・カソワリー」殲滅指令
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CODE61 南半球海上にて・「首斬りヒクイドリ」を捕捉せよ!(5)(※絵)


挿絵(By みてみん)



 ハーバーブリッジのほぼ中央、オーストラリア国旗がはためくアーチ部分の頂上にて。


 俺と折賀おりがは、百八十メートルほど下方に広がる海面を見つめていた。


おぼれたのでなければ、まず橋の下に身を隠してから這い上がってくるだろうな」


 ゴーグルを外し、肉眼で眼下のハイウェイを凝視する折賀。

 ハイウェイ上には、事故渋滞で停車中の車に多くの人が乗っている。


 あんなやつを一般人に近づけたくない。

 やつのまばらな黒い粒子が少しでも見えないかと、双眼鏡型スコープで捜してみるが、まだ何も見つからない。


「あいつ、まだ俺を狙ってんのかな」


「パーシャが指示を変えなければな」


「あの子、なんで俺を狙わせたんだ? どう考えても先に倒すべきは折賀だよな?」


 それには答えず、折賀は下のハイウェイ横の歩道部分を指さした。


「お前はそこで捜索を続けてくれ。俺は歩道に降りてやつの再襲撃に備える」


「降りてって、下まで百メートル以上あるけど?」


 またド派手なダイブやる気か。何も知らずにハーバーブリッジ(こっち)にスマホ向けてる、ボート上の観光客が喜びそうだ。


 そのとき、アティースさんから通信が入った。


世衣せいたちが「(アー)」と思われる部隊と交戦中だ! 対象は五人、全員ライフル所持。位置は――』


「パーシャは!」


 間髪入れず折賀の声が飛ぶ。世衣さんたちはパーシャのいる地点に向かってたはず。急いでその方向にスコープを向ける。


 世衣さんたちは簡単にやられたりしない。

 が、無防備なパーシャが巻き込まれるのが怖い。あの子に何かあったらチームの努力が無駄になる!


 次に聞こえた通信は、アティースさんからじゃなかった。


『ボス、交戦終了。全員撃破しました。というか、全員()()()戦力喪失しました』


 世衣さんだ!


『状況報告』


『ひとりは突然屋根からジャンプしたスケボー少年にキャノンボール(スケートボード技)を食らいました。ひとりは別の少年がミスキックしたサッカーボールで銃を落としたので私が延髄えんずい斬りを食らわせてやりました。ひとりは……』


『もういい。パーシャと亀山かめやまは』


『亀山さんがパーシャを肩車してます。パーシャがハーバーブリッジ方面を見たがったので亀山さんが乗せたんですが、首がつって動けなくなったみたいです』


『……下ろしてやれ』


 俺と折賀は顔を見合わせた。


矢崎やさきさんの貧乏神、ハンパねえな。これでやっとパーシャを保護できるんじゃ――」


『――ボス』


 急に、世衣さんの口調が変わった。


『全員、武器を捨てて』


「!」


 もう一度、座標を確認してそこへスコープを向ける。

 橋の向こう、海の向こう。木々が茂り、住宅が並ぶその地区に。


 全員武器を捨てなきゃいけない事態なんて、俺が覚えている限り、ひとつしか考えられない。


 レンズの向こう、ほんのわずか。小さなモスグリーンの光を見つけた。



  ◇ ◇ ◇



「折賀!」


「ロークウッドか」


 ハーバーブリッジからクレモルネをにらむ。

 最後に見た、俺を見上げた小さな姿を思い出す。


「組織の指示でパーシャを回収に来たのかも。俺、行かないと……」


「俺はここで『首斬り人(ヘッドキラー)』の捜索を続ける。お前ひとりで行けるか」


 また別行動か。けっこう距離あるな。でも行かないと。


「タロンガ(動物園)ではどうやって着地したんだ」


「やっぱあんときノータッチだったのかよ! そりゃやつと戦ってたのは知ってっけど、あんだけの距離投げっぱなしってひどくない? 黒鶴くろづるさんがいなきゃ死んでたわ!」


「じゃ、次も大丈夫だな」


「え、ちょっ、まさかこんな高いとこから! いぎやああああぁぁっ!!」


 またも首根っこをつかまれた俺は、ハーバーブリッジを力強く蹴った折賀とともに、高く、高く飛びあがった!


 空の青と海の青が交差する。熱い太陽をいつもよりもずっと近くに浴びて、「やべえここ紫外線強いんだった!」と慌てる間もなく急降下! 


 小さな白いボートが眼前にグングン迫る! 激突寸前にまたグンッ! と無理やり上昇の風に乗る。もうバンジーやだー!


 その反動で、折賀は無情にも勢いよく振りかぶって俺を投げやがった!

 勢いよく目が回る! レールのないジェットコースターの最終地点は、どこー!?


 海を越え、屋根を越えて、またも木々にからまりながら落ちていく!


「くっ黒鶴さーーんッ!!」


 腹にガツン! と太い枝の直撃を食らい、内臓吐きそうになったけど、なんとかその枝につかまってぶら下がった。

 地上までの高さを確認しようと下を見ると――上方に、慣れない視線を感じる。


 そおっと見上げると、まんまるな大きな目が俺をじいっと見つめている。もっと上の枝から、しっぽで器用にぶら下がったグレーの体毛。


 コアラ? いや、しっぽと体が長いから猫? イタチ?


『オーストラリアに棲息せいそくする有袋類ゆうたいるい、ポッサム。フクロギツネともいう』


 視界の端っこに、ふよふよと黒鶴さんが近づいてきた。


「黒鶴さん、なんで知ってんの?」


『飛行機の中で、動物の紹介映像を見た』


「じゃあ、紹介ついでに助けてくれると嬉しいんだけど……」


 黒鶴さんが何かするより先に、ポッサムさんに飛びかかられて両手が離れたッ!


 助けてポッサムさーーんッ!!(混乱)


 落下してゴロゴロっと転がった。

 顔を上げると、白くてきれいな家が見える。落下した先は誰かんちのお庭だったらしい。


 今度はでっかい犬がザザッと登場。フンフンと匂いをかがれた。

 そうっと右手を差し出すとパシッと「お手」してくれたので、その辺に転がってたボールを投げてやると、大喜びで追っかけてった。ノリのいい犬で助かった。


 立ち上がって、ジャージについた葉っぱを払って姿勢を整える。


 黒鶴さんの案内で、大急ぎでパーシャたちのいる場所へ!



  ◇ ◇ ◇



 到着した先で、俺が見た光景は。


「な……めるなァッ!」


 黒く細長い脚が、地を滑る!


 世衣さんの渾身の足払いを、小柄な体がひょいとかわす。モスグリーンの髪とモスグリーンのコートがふわっと揺れる。夏の国に来ても相変わらずコートを着てる、それは確かにコーディの後ろ姿。


「コーディ!」


 俺の声に振り返る、懐かしい顔――


 ――違う。いつもの明るいあいつじゃない。寂しそうだったあいつでもない。


甲斐かいくん後ろ!」


 とっさに左にかわし、街路樹に肩をぶつけて痛みにうめく。


 さらにもう一度! 黒スーツの男が大きく踏み込んで突き出したナイフを、軌跡ギリギリのラインでかわす!


 かわした勢いで逆方向に跳び、矢崎さんに飛びかかってそのまま二人で地に倒れ込んだ。


「う……ぐ、すみま、せん……」


 矢崎さんは倒れたまま、頭を抱えて呻く。世衣さんも同じ。二人とも、明らかに半端な「催眠ヒプノシス」に操られている。

 黒ぶち眼鏡の奥から、冷徹な瞳を俺たち全員に向けるひとりの少女に。


「コーディ、なんで……」


 俺の声にも、表情を動かさない。モスグリーンの色を揺らめかせることもない。ただのコーディリア・ロークウッドとして、「(アー)」の工作員として淡々と能力アビリティをふるう少女。


 何があった? まさか、組織に「洗脳」――


「ほんとはもっとここにいたかったけど、お迎えが来たら行かなきゃいけないの」


 ふいに、後ろから鈴の音のような声。清楚なワンピースを着た金髪の女の子が立っていた。


「これくらいじゃ、ハレドは負けないから。また次を楽しみにしててね、カイ」


「ま、待って!」


 思わずすがるような声が出た。


「パーシャも、コーディも行っちゃダメだ! 確かにいい施設じゃないかもしれないけど、今よりはマシになるように、一緒に考えたいんだ! 折賀だって!」


「言っとくけど、二人には何もできないから。オリガはそのうちハレドに首を斬られるし、カイは斬られたオリガの前で大泣きするんだから。償いたいと言うんなら、もっと強くなってから言って」


「そんなこと……!」


『甲斐。もういい』


 折賀の声だ。


『今、支局の人間が狙撃ポイントへ向かっている。このまま引き止めれば、アティースはロークウッドの射殺命令を出さなきゃならなくなる。お前は、それは望まないだろう』


 狙撃、射殺……!


 今コーディを守っているのは街路樹の葉っぱだけで、それさえなければ湾の向こうからだって狙うことは可能だ。俺たちがもっと離れれば、位置情報を頼りに狙撃実行されてしまうかもしれない。


 シーウェルの余計な介入で、今では本部も超常現象専門チーム「オリヅル」の重要性を認識するようになった。

 当然、コーディは危険人物として筆頭リストアップされているはず。


『パーシャの言うとおりだ。今は、俺たちには何もできない』


 このまま、二人を行かせるしかないってことだ。


「わかったよ……。ただ、二人とも。瞬間移動装置テレポーターを使うのはやめなきゃダメだ。人体への影響がひどい。フォルカーだって、視力をダメにされたんだ」


 フォルカーの名を出したとき、コーディは何を感じたんだろう。


 残念ながら、俺には読み取ることができなかった。



  ◇ ◇ ◇



 コーディとパーシャはそのまま姿を消した。

 衛星や監視映像による追跡は間に合わず、「瞬間移動装置テレポーター」を使ったかどうかはわからなかったそうだ。


「ハレド」こと首斬り人(ヘッドキラー)を発見することもできず、俺たちは仕方なくそのまま帰国――にはならなかった。


 能力アビリティを使い過ぎた折賀が動けなくなった。当然か。


 本人は「美弥みやが待ってるから帰る」って言い張ってたけど。

 アティースさんのせめてもの恩情で、海沿いの観光スポット「ダーリング・ハーバー」にある、いい感じのシティホテルに泊まらせてもらえることになった。


 これだけ海外出張に行きまくってて、現地泊が初めてって!


「すっげー夜景がきれいだなあ……あー美弥ちゃんと来たかった……」


 窓に映る自分の顔、情けないくらいうっとりしてる。

 港沿いにビルが立ち並ぶこの地区は、色彩まで計算しつくされたかのような、きらびやかでありながら上品な照明の渦が視界いっぱいをいろどっている。

 きらめく夜景の色を浴びた美弥ちゃんは、間違いなく世界でいちばん美しいに決まってる。


「ほんとーに、きれいですね~。うっとりします~」


 このセリフが、三十八歳のおっさんでなければどんなにか……。


 二人部屋なので俺は折賀と同室だけど、やつは早くも爆睡中なので、まだ寝つけない俺はなんとなく隣りの部屋にいる。

 つまり、おっさんと矢崎さんの部屋。この三人、イタリアのときと同じメンツだな。


「亀山さん。あの場所から『首斬り人(ヘッドキラー)』は見えましたか」


 まだ仕事の話をしてる。矢崎さんは真面目だ。


 でも、いくらなんでもハーバーブリッジからけっこう距離あったし、おっさんに見えたなんてことは――


「えーと、まあ、少し見えたと思います……」


 マジか。


「帰ったら早速解析しましょう。それと、パーシャについても詳しく」


「えーと、あの子が話してくれたんですけど」


 首に湿布を貼ったおっさんが、ベッドに座って遠慮がちに言葉を続ける。


「あの子は、昔からあの家に住んでたそうで。そばに組織の人間をつけないことを条件に、あの家でひとりっきりで能力者ホルダー探知をやってたそうです」


「やっぱりすごい子ですね。あの子のことも、もっと調べなくては」


 パーシャにとって、「(アー)」は施設から救い出してくれた正義の使者ってところか。

 また、別の場所で探知を続けるつもりなのか。施設よりはましなように見えても、実際には行動をより厳重に監視され、より残酷なやり方で利用される「(アー)」という名の牢獄で。


 コーディ。明らかに、何かの洗脳をされてた。

 能力アビリティを使うことも、俺たちに敵対することもあんなに嫌がってたのに。


 パーシャだって、いずれああなるかもしれない。感情を奪われた人形のようになってしまうかも。

 折賀、そんときお前はどうするんだ?


 それに、俺は。これからコーディに、どう向かえばいいんだろう。


 考えたって、答えなんか出てこない。

 今はフカフカのベッドで体を休めて、明日は港でおいしいシーフードを食べよう。

 悩むのは、それからだ。


 だから、お前も今夜はしっかり休んどけよ。


 夢を見るなら、せめて大切な人の優しい夢を。


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