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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅲ 「クラス・カソワリー」殲滅指令
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CODE58 南半球海上にて・「首斬りヒクイドリ」を捕捉せよ!(2)


3月2日


 うへっ。うへへへへへ。


 思い出すだけで幸せな、あの時間。


 ゆうべ美弥みやちゃんが、俺の目にホットタオルをあてて、目の周りをマッサージしてくれた。


 考えてみてくれ。目の前にいる大好きな女の子が、俺の方に身を乗り出して、細い指で顔に触れてくれるんだ。

 息がかかるほどの距離で、体温までも感じられるほど近くで、俺の目を気遣いながら、一生懸命心を込めてほぐしてくれる。こんなに幸せな時間が、ほかにあると思う?


 きっと俺は、目どころか全身がふにゃふにゃになってたと思う。

 夢心地であったかな指先の感触を堪能たんのうしていると、突然後ろからガシッと顔の両側をつかまれた。


「マッサージなら俺がしてやる。美弥に負担かけんな」


「断る! って後ろからやんな! ひぎゃああ眼球つぶれるーッ!!」


 と、余計な邪魔が入ったけど、美弥ちゃんのおかげで今回のミッションを頑張れるほどのパワーを充電できた。


 で、今。


 俺はゼロの男になる。



  ◇ ◇ ◇



「え、マジ? 俺、今赤道通過してんの? 緯度ゼロの男? すげー! そういやなんだか暑くなってきた気がする!」


甲斐かいくん、なんか知らんけどはりきってるねー」


 窓から外を眺める俺に、となりの席にいる世衣せいさんから声がかけられる。


 窓から見える景色は、ほぼ雲ばかり。前席背面に取り付けられた小型モニターが、今この飛行機が赤い線を通過中であることを教えてくれる。


 俺、初めて南半球に来てる!


 しかも何が嬉しいって、シドニーは日本との時差がたった一時間しかないのだ。

 いつもいつも、時差のせいでミッションが超過密ハードスケジュールになってたからな。一時間なら、ほぼ体感と同じ時間感覚で行動することができる。


 代わりにガラッと変わるのが季節。あっちは今夏だ。

 いつも羽織ってるコート、さすがに脱ぐことになるかも。


「世衣さん、あっちで動物とか見れるかな? 俺コアラ抱っこしたい!」


「シドニーはコアラ抱っこ禁止だよー」


「がくっ。じゃあ見るだけでも! あとカンガルーにウォンバット!」


「なんかやけにテンション高いねー。面白いけど」


 俺のくだらないハイテンションな会話にも、世衣さんはにこにこと付き合ってくれる。

 まあ、「甲斐くんとおしゃべりしたいから一緒に座ろ!」って、向こうから誘われたんだけど。


 俺と世衣さんの後ろの席には、窓際で爆睡かましてる折賀おりがと、モニターでひたすらテトリスやってる亀おっさんと、常に厳しい顔で気を張って怖い空気出してる矢崎やさきさん。うん、世衣さんと二人で座ってる俺、天国。 


「折賀に言われたんです。常に緊張してたら体が持たんから、重要な任務の前こそリラックスしろ、って。特に俺は、まだひよっこだから長時間気を張れるわけがない。いざというとき、ほんの数秒の全力を出すために、それまでは力を抜いとけって」


「へえ、確かにそうかも」


 緊張してるんだね、とは言われなかった。

 たぶんとっくにバレてる。俺が今までのどのミッションよりもプレッシャーを感じていることなんて、チーム全員(おっさん除く)とっくに気づいてるだろう。


「よく言うでしょ。本番のつもりで練習しろ、練習のつもりで本番にのぞめって」


「そっか、その勲章は本番のつもりで猛特訓に励んだからなんだね」


 あはは、と思わず苦笑。


 俺が今まで全身にこさえてきた勲章(アザや傷)は、折賀に殴られ蹴られ吹っ飛ばされてきた、激しいトレーニングの日々の記録だ。

 なんだかんだ言っても、折賀に吹っ飛ばされ続けることで俺の身体能力が飛躍的に向上したのは確か。たまにトレーニング関係ないアザも入ってるけどな。


 今まで前方の大型モニターで映画を観ていた黒鶴くろづるさんが、ふよふよと俺の方にやってきた。


『甲斐、見終わった。今度はそっちを見たい』


「そっち」ってのは、俺の席の前方にある小型モニターのことらしい。飛行機が地図上を南下していく絵が映し出されている。


 でも、これを見るにはどっかの席に座らないと……

 ってまさか、俺の膝に座ろうとしてる?


 いきなりどアップで近づいてきた黒鶴さんに、小声で抵抗を試みる。彼女の存在は、チームにはまだ内緒なんだから。

 でも黒鶴さん、気にせず俺の上に乗っかろうとする。なぜか体の重みや体温、かぐわしい花の香りまで感じてしまう。


「ちょ、ちょっと……やっ、ダメェッ、そこはっ! ひゃんっ! いやぁんやめてぇー!!」


 ……世衣さんにグーで殴られた。


 そのとき、急にガクン! と強い縦揺れが起きた。

 続いてガタガタガタと激しい音が小刻みに続く。かつてないほどの絶え間ない強い振動に、乗客たちが慌てふためく。


「ああぁすみません! きっとまた僕のせいですね!」


 後ろから悲痛な声が聞こえたかと思うと、今度は「あひょっ!?」という悲鳴をあげて誰かが席から吹っ飛んで、天井に頭をぶつけた。その振動とともに、機体の揺れがピタッとおさまった。


 背後から、重苦しいダークブルーの空気が「安眠妨害……」というつぶやきとともに漏れ出ている。


「亀おっさんを吹っ飛ばせば矢崎さんの貧乏神発動を止められる」という、トンデモ仮説が生まれた瞬間だった。



  ◇ ◇ ◇



 問題の座標は、シドニー市内のクレモルネという地区にあるらしい。


 そこはシドニーの顔ともいえるオペラハウスの近くから、フェリーに乗って行ける場所。動物園の近くだと聞いて、またテンションが上がる。


「普通の一軒家なんだよね? そこまでオペラハウスやハーバーブリッジを眺めながらフェリーに乗って行けるなんて、なんかすっごい贅沢――」


 明るい声をあげても、刻一刻とチームの緊張が高まっているのは疑いようがなかった。


 夏の明るい海に、不釣り合いな重い空気。

 フェリー発着場を吹き抜ける強い風に、俺と折賀のジャージのすそがはためいている。


 フェリーの乗客は、観光客よりはごく普通の町の住民が多いようだ。普通の町へ行くんだから当然か。

 夏の海風を頬に浴びながら、俺と折賀が乗り込んだフェリーはゆっくりと旋回を始めた。


 その一軒家に、何が待っているかはわからない。

 衛星画像では特に怪しい点は見られなかった。

 空き家になっているらしく、家主や住人に関する情報はない。シドニー支局員による事前偵察も同じ。


 でも、そこは確かにフォルカーがわざわざプロテクトをかけてまで保存しておいたデータだ。

 念のため二手に分かれ、俺たちコンビがフェリーに乗っている間に、他の三人は支局員の車でハーバーブリッジを渡る。到着は俺たちの方がやや早い予想。


 夏の海と空を眺めながら、やがてクレモルネの発着場に到着し、地元民たちとともにフェリーを降りる。そこから坂道を歩いて、約一〇分。


 コートは支局員の車に預けてきた。ジャージの上着は羽織ったままだけど、不思議とそこまで不快じゃない。

 道沿いには街路樹が葉を多く茂らせ、直射日光を浴びることがほとんどない。乾いた風が吹き抜ける。湿度が低いから、汗もあまりかかない。


「パーシャ、いるのかな」


 手首の端末で、位置を確認しながら歩く。

 目的地方向に不審な『色』がないか、目を凝らす。


「俺はいるとは思わない。能力アビリティの重要性を考えれば、ボスを含めた幹部連の手の届く範囲に置いておきたいはずだ。『(アー)』の本拠地は不明だが、この場所ってことはないだろう」


「だよな。普通の一軒家なわけないよな。悪趣味なビルでもどーんと構えて、優良企業みたいな顔して町を牛耳ってるんだぜ、きっと」


「例の『瞬間移動装置テレポーター』を作動させれば、磁場が大きく乱れて周囲に悪影響を及ぼす。人に知られることのない、町から離れた山や森の中、と考える方が自然だ」


「なんだ、ビルじゃないのか」


 目的の家が見えてきた。人の『色』は見えない。

 ふいに、折賀が素早く体の向きを変えた。


「――パーシャ」


「え」


 俺たちが上ってきた坂道の向こうから、徐々に人影が近づいてくる。

 ひとりの人物の頭が見えてきた。見覚えがある、その顔は――


「あ、あの、すみません……」


 ええーー?


「おっさん、なんでここに――」


 なぜかそこに現れた、亀山かめやまのおっさん。

 その右手は、二人目の人物の左手をつないでいる。


 二人目は、さらさらの眩しい金髪を揺らした、幼い少女。


 俺が今まで何度も折賀の思念で見てきた、リーリャ・アルフェロヴァの姿。

 彼女は亡くなったから、目の前にいるのは彼女の妹。


 俺たちが今まで取り戻そうとしてきた、パーシャ・アルフェロヴァだ。


「こんにちは。オリガ、おひさしぶりです」


 清涼な空気のような、鈴の音のような高い声を奏でて。

 少女はスカートのすそをちょこんとつまんで、軽くお辞儀をした。


 息をのみ、動けなくなった折賀の目の前で。


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