CODE52 最速の刺客・「首斬りヒクイドリ」出現!(1)
「オリヅル」では、対象能力者を能力種別・危険度ごとにクラス分類している。
俺のように「人体に即危険を及ぼすことはない・自分の意志で制御できない」能力者は『クラス・シーガル(カモメ)』。
折賀のように「人体に即危険を及ぼすことがある・自分の意志で制御できる」能力者は『クラス・アウル(フクロウ)』。コーディやフォルカーもこのクラスに分類される。
「このクラスが大勢いれば強力な部隊が作れるのでは」と考えたくなるけど、実はCIAでは戦闘系能力者はさほど重要視されていない。数が少ない上、危険な能力者は一歩間違えば諸刃の剣となりやすい。組織の作戦行動にはきっちりと訓練され統率のとれる、非能力者集団の方が扱いやすいというわけだ。
「人体に即危険を及ぼすことはない・自分の意志で制御できる」能力者は『クラス・カナリー(カナリア)』。
注目度というか、有益度はこのクラスが一番高いらしい。最新機器を持ってしても手に入れにくい情報をつかむことができると期待されている。予知能力者のリーリャに探知能力者のパーシャ、ついでに言えば念写能力者の亀山おっさんもこのクラス。
最後に――最も危険度が高いと言われるクラスが『クラス・カソワリー(ヒクイドリ)』。
「人体に即危険を及ぼすことがある・自分の意志で制御できない」能力者。
世界で最も危険な鳥類の名を冠するこのクラスに分類されるのは――
研究施設に収容中の爆破能力者を除けば、現在、折賀美弥ちゃん、ただひとり。
◇ ◇ ◇
2月18日
エルさんが研究施設への潜入を試み始めてから、もうすぐ一週間が経とうとしている。
エルさんの言う「施設内の伝手」がどれほどの人物なのか知らないけど、「オリヅル」指令部に早くも極秘映像が届けられた。
施設に収容されたフォルカーが、廃工場の捜索を続けるチームを指揮する、あの嫌みなおっさん――科学技術開発部副部長、ロドニー・シーウェルに頭を下げて頼んだそうだ。
工場の一角、廃車や他のスクラップが山と積まれた地点の丁重な発掘を。
そこに、約二年前に行方不明となった工場従業員、三名の遺体があるという。
俺たちが見ているのは、その発掘作業の記録映像だ。
廃工場の敷地内を、油圧ショベルやホイールローダなどの重機類と、多数の作業員・捜査員たちが行き交っている。
重機によって積み上げられたスクラップ類が取り払われ、捜査員と警察犬がその下に埋もれていた三人分の白骨を発見。鑑識に回され、三人の身元がフォルカーの証言と一致したという。
二年前、たまたま四人がこの場所にいた。敷地を広げる打合せなどをしていたらしい。そのとき、運悪くフォルカーの能力が発現。
そばにあった廃車、部品、その他大小さまざまなスクラップ類。
それらが勝手に荒れ狂い、暴れ回り――フォルカーの目の前で、三人が下敷きになった。
途方に暮れていたところに現れたのが、「アルサシオン」の工作メンバーだった。
彼らはフォルカーを言葉巧みに連れ去った。
フォルカーは、犯罪組織に身を置きながら、自身の能力を訓練することになった。
折賀は今、俺の横で何も言わずに映像を見続けている。
折賀もフォルカーも、能力を発現した瞬間は、制御不能な『クラス・カソワリー』だった。自分の目の前で、自身の能力で数人の命を奪ってしまった。
それがどんな気持ちなのか。人を簡単に殺せる力を持つのが、どういうことなのか。俺に、本当の意味で理解できるとは思えない。
でも、理解しようとすることは、やめたくない。
「番犬」たちの末路を目にして立ち尽くしていたときの折賀の顔を、俺はまだ覚えている。
折賀にも、フォルカーにも、能力を殺人に使ってほしくない。
美弥ちゃんに、そんな思いを絶対にさせたくない。
◇ ◇ ◇
ロドニー・シーウェルに奪われたパーシャの情報がまったく開示されず、折賀はそうとう苛立っていた。
アメリカの方に管轄が移った能力者データを日本に置いておくことはできないらしく、これまでのコーディやフォルカーに関するデータをかなり奪われてしまった。
幸いなのは、ジェスさんのいつもながらの「規則違反」でデータのほとんどがまだオリヅル内にこっそり保存されていることと、亀山のおっさんを能力者として本部に報告していなかったこと。
バレたらおっさんも下手すりゃ収容者の仲間入りだ。
アティースさんの機転で、おっさんは本当にただのカメラマンバイトということになっているらしい。
アティースさんによるおっさん酷使はまだ続いている。
イタリアにアメリカ。おっさんがこれまで出向いた現場の映像が、徹底的に念写され続けている。
そして、非常に不本意なんだが――女性の胸元ばかりがクローズアップされたエロ画像を、俺が精査しなきゃいけなくなった。
「なんで俺がっ!」
「やつらの『テレポーター』とやらが作動する瞬間を見極めるためだ。うまくいけば、やつらが移動する瞬間を即座に捕捉できるかもしれない。頼んだぞ、『甲斐レーダー』」
要するに、亀山映像を徹底的に洗って、そこに映る人たち(ほぼ女性)の『色』の波長をチェック。
そばでコーディやミアさんが「テレポーター」を使って現れたら、必ず何らかの電磁波の影響を受け、『色』に大きな変化が現れる。そのとき彼女たちが持ってたスマホなどの電子機器も大きな影響を受けているはず。
甲斐レーダーとスマホ電磁波の二段構えで、その波形を突き止めろ――とかいうわけ。
俺には理論がさっぱりだが、とにかくエロ画像を見続けなきゃいけないのは確か。
世衣さんは俺とおっさんを「エロ動画コンビ」とか呼び始めた。「猟犬コンビ」の方がはるかにマシ!
でも、アティースさんの言うとおりに波形とやらを捕捉できるようになれば、その分コーディを早く発見できるかもしれない。
フォルカーの話が本当なら、コーディはきっとこれからもボス命令であちこちに飛ばされるだろう。世界中の能力者を捕獲して売買するために。
折賀には言えないけど、俺はコーディのために「甲斐レーダー」を使い続けた。
あのモスグリーンに、もう一度会うために。
そうやって俺たちが捜していた波形は――ある日、思いもよらぬ形で現れた。
◇ ◇ ◇
2月25日
『ボス! 施設に何者かが侵入! すでに三人ほどやられています!』
指令室にエルさんからの通信が響き渡ったのは、俺と折賀が出勤した直後だった。
メンバーに緊張が走る。
アティースさんは関係者全員に緊急事態を伝える警告ボタンを押す。研究施設にアクセスを試みるジェスさん以外が、いっせいに大型モニター前に集まった。
「ほかに情報は!」
『警備員が八階の共有スペースに向かっています! 私は三階の女子トイレにいます。無線を傍受して、混乱に乗じて侵入しました。該当侵入者の人数・正体・目的すべて不明です』
「例の波形を感知した! テレポーターだ!」
ジェスさんの声に、アティースさんの厳しい声が飛ぶ。
「どこだ! 侵入時の映像は!」
「五分前、六階北側通路! 映像はこれ!」
別の大型モニターに、施設の監視カメラ映像と思われる映像が映し出された。
時刻は確かに、約五分前。通路の真ん中に、いきなり人間がひとり現れた。
背の高い、茶色のコートの男。短髪、編み込まれた黒髪。一瞬振り返った横顔は、黒人のように見える。
「ジェス、八階の映像か無線を拾えるか?」
その瞬間、スピーカーから大きな雑音、続いて複数の男たちの叫び声。
言葉ははっきり聴き取れないが、ただ一言、『速い!』とだけ聞こえた。
ジェスさんが拾った監視映像には、男たちが次々に倒れていくさまが映し出されている。
倒しているのは、さっきの黒人男―――なのか? 姿が見当たらない。
アティースさんを含め、複数の人間たちの声が飛ぶ。状況を問いただす。
答えるのは悲鳴。狼狽した声。震えながら指示を仰ぐ声。
そして、喉を押さえながら倒れていく男たちの姿――
「オリヅル」が状況を把握する頃には、すべてが終わっていた。
エルさんから最初の通信が入ってから、約三十分後。
侵入者と思われる黒人は忽然と消え、現場に残されたのは、十二人の男たちの倒れ伏した姿。
全員が首を横一文字にかき切られ、血の海に沈み、死亡。
十一人は警備員。
十二人目は、フォルカーだった――。




