CODE40 折賀さんちの真っ黒な事情(1)(※絵)
俺たち「チーム・オリヅル」は、中東での「爆弾魔」捕獲任務を終えた。
本人の意思に関係なく、どこでも爆破できてしまう「爆破能力者」。
敵対組織「アルサシオン」の、意思なき番犬ども。
組織間の取り決めを違えて能力者を奪おうとした、現地警察特殊部隊の面々。
彼らをなだめたりブッ飛ばしたりしながら、どうにか任務を完遂できたのは、俺たちがもっとも警戒している「アルサシオン」幹部とその従者が姿を現さなかったからだ。
イタリアで、やつらが消える直前に折賀が放った能力銃が、やつらにダメージを与えたかどうかはわからない。
正直、コーディが現れないまま終わってホッとした。
チームとしては一刻も早く発見・捕獲したいところだけど、俺の彼女に対する考えは、残念ながらまだまとまっていない。
あの表情、あの『色』を見ながらでないと、たぶん俺は動けないんだと思う。
◇ ◇ ◇
2月3日
帰国後。俺たちはまた、いつものように川沿いの土手を走っている。
軽やかに自転車を駆る美弥ちゃんと、その横にぴったりとついて走る折賀。
俺もようやく、遅れを取ることなく後ろにくっついて走れるようになってきた。
美弥ちゃんの首もとで、三つ編みにした髪が振動に合わせてピョンピョンと揺れる。
マフラーの裾も同じように揺れて、淡いペールピンクの光の粒を撒いていく。
ひと漕ぎごとに上下するスカートから見え隠れする、タイツを履いててもほっそりと形のいい両脚……春が来れば、きっとそこには白くて滑らかな……
『甲斐、美弥の脚ばかり見るな』
「なんでわかんのッ!」
「え、なに?」
自転車が止まり、それぞれの表情で振り返る折賀兄妹。
美弥ちゃんはまだ、俺の後ろでふよふよと浮いている「四人目のメンバー」の存在を知らない。このままだと俺ひとりがただの不審者だ。
「い・いやー、考えごとしてて。思わずセルフツッコミしちゃった、あはは」
「甲斐さん、最近急に声を出すこと多くない?」
「そ・そーかなー? 年取ると独り言が多くなるのかなー?」
「行くぞ」
折賀の冷たい声が、俺のマヌケっぷりをさらに際立たせる。後ろでは、
『また順調に美弥への隠しごとが増えているな』
などと、ことの元凶が他人事のようにツッコミを飛ばしてくる。
『美弥に、脚を見ていたと素直に言ったらどうだ?』
そっちの隠しごとじゃねぇーー!
◇ ◇ ◇
中東へ飛ぶ際、「黒さん」改め「黒鶴さん」には折賀家で留守番しててもらった。
かなり危険度の高い任務になりそうだったのと、彼女の正体も能力もまだはっきりわかっていないから、というのが主な理由。
兄妹の思いが折り鶴に宿した、付喪神のようなものなのか。
兄妹のどちらかが「能力」で具現化した、精霊のようなものなのか。
それは本人(本霊?)にもわからない。
黒鶴さんは、生まれ出たときには自我も思念もなく、種別も性別もない、本当にただの「靄」だったそうだ。
黒い折り鶴に宿り、折賀とともにいるうちに、少しずつ言葉を覚え、思考を形成していった。
ちなみに言葉遣いは、「折賀の交流相手の中で特に知能が高そうな人間」を参考にしたらしい。ひょっとして、アティースさんかな。
「じゃあ、今着物を着た女の子の姿なのはなんで?」と訊くと、
『甲斐には私がそんな風に見えるのか』
「え、見えるけど。違うの?」
『私には年齢も性別もない。人の姿をしているわけでもない。甲斐が見たいと思っている姿が投影されているのだろう』
俺が見たい、姿……?
いや俺、着物女子に心当たりなんてないけど。
俺が見たいんなら、美弥ちゃんの姿じゃないとおかしいよな?
うーん……まあいっか。
全体的に黒いのは、黒い鶴だからだろうけど、赤い花の柄ってなんだ?
俺の思考を読むように、黒鶴さんの言葉が添えられた。
『甲斐の思念に、繰り返し赤い映像が流れているようだ。その表れだろう』
赤い、映像。繰り返し……フラッシュバック……
――折賀の血かよ!
美弥ちゃん自身の能力が絡んでいる可能性があるので、黒鶴さんの存在はまだ秘密のままだ。
うう、美弥ちゃんにどんどん隠しごとが増えてくの、つらい。
◇ ◇ ◇
2月4日
登校日。
久しぶりに教室で顔を合わせたタクは、年末の死にかけた形相とは違い、どこかすがすがしい顔をしていた。まるで「一周回って受験の過酷さが突き抜けちゃった」感じ。大丈夫か。
学校から自分のアパートに帰ると、ドアの前に怪しい二人のおっさんが立っていた。
ひとりめ。長めの金髪にグラサンにピアス、ダークスーツに派手なストライプの黒シャツ。ホストがちょっと年食った感じ。推定四十代前半。『色』はかなり濃いめの茶緑。怪しい。
ふたりめ。短い黒髪にダークスーツ、こっちは一見普通だけど大柄でかなり体鍛えてる印象。見るからにボディガード。推定四十代後半。『色』はかなり濃い目の青紫。怪しい。
くるっと回れ右したとたん、声をかけられてしまった。
「ちょっと待って! きみ、甲斐くんだよね?」
「えっ、ひっ人違いです!」
大丈夫か俺! まさか知らんうちにヤクザに借金こさえちゃった!?
「そんなにビビんなくて大丈夫だよー! 僕はヤクザでも借金取りでもホストの元締めでも芸能人でもないから! フツーの会社員だから!」
振り向くと、金髪の方が怪しげな笑顔で一枚の紙片を取り出した。名刺らしい。
え、それ受け取んなきゃダメ?
さらに逃げようとすると、いつの間にか前方にデカい方のおっさんが立っている。囲まれた!
「えーと、僕は外交コンサルをやってる者なんだけど」
名刺を片手でひらひらさせながら、もう片方の手でグラサンを外し、そのおっさんは悠々とした足取りで近づいてきた。
「折賀樹二といいます。きみがよく知ってる兄妹の叔父です。こっちは秘書の笠松。よろしくねー、甲斐くん」
◇ ◇ ◇
どうしてこうなった……。
なんで俺の部屋に二人のおっさんがいるんだ。しかも、なんで
「ほんとになんにもない部屋なんだねー。まさか冷蔵庫も洗濯機もないとは思わなかったよー」
なんてディスられなきゃならんのだ。貧乏ひとり暮らしナメんな。
茶なんて絶対出してやるもんか、と思いつつ(もとより出す茶もないけど)、普段食卓代わりにしてる衣装ケースを囲んで畳に適当に座る三人。なんだこの構図。
「あのー、なんで折賀んちの方へ行かないんですか?」
「もちろんあとで行くよー。その前に、一度きみと話がしたかったんだよねー」
まさか、俺は何かの事情聴取でも受けてんのか。
確か、二人の叔父さんは外務省出身のエリートで……外交コンサルの会社でしこたま儲けて、「オリヅル」に資金や設備などあれこれ提供する代わりに、口も出しまくっているという噂。
いちばん肝心なのは、兄妹の、この叔父さんに対する態度だ。
いつか折賀にこの人のことを聞いたとき、
「俺も美弥も、これ以上叔父の世話にならないためにバイトしている」と言っていた。
美弥ちゃんは、「うん……えっと、たぶん悪い人じゃない、と思うんだけど……?」などと語尾を濁していた。
アティースさんに「博愛」が美点だと評されている、あの美弥ちゃんがだ。
つまり、兄妹のこの人に対する評価はかなり渋めだと言っていい。
俺はどんな態度をとりゃいいんだ。
「甲斐くん。きみさ、僕の姉の思念ってやつを見たんだよね?」
探るような目で、頬に落ちる金髪をかきあげながら訊いてくる。
その髪、邪魔なら切れよ……。
「ええ、まあ」
「その思念に、僕の姿って出てなかった?」
「いえ、まったく(キッパリ)」
「……そっかあ……」
なんなんだ。姉の大事な思念に自分が出演してなかったのがそんなにショックなのか。シスコンか。
「……笠松は?」
え? 秘書さん?
その人の目が一瞬ピクッと動いた。
が、それ以外は一貫して無表情を貫いている。
「いや、この笠松も昔っから姉を知ってるからね。一応聞いてみたんだけど、やっぱり思念に出てたのは美仁と美弥だけかー」
憮然として肩を落とした叔父さんは、急にパッとスイッチを切り替えたように顔を上げた。
「きみ、これから大学へ行くんでしょ? ちょうどいい、僕らと一緒に行こう!」
「え、あの、俺ジャージに着替えて走って行きたいんですけど」
「まあまあ、今日くらいは僕たちの車に乗ってってよ。それじゃ、外できみの支度が終わるの待ってるから!」
豪快に笑いながら外に出る叔父さんと、重い空気をまとった無表情なおっさん。
なんであの二人と車に乗らなきゃならんの。窓から逃げ出したろか。
と思ったけど、うちのアパートの窓が以前「オリヅル」のモニターに映っていた事実を思い出して、踏みとどまった。また変な姿をお笑いネタにされたら困る。
――このときはまだ、気づかなかったのだ。
見るからに怪しい叔父さんがわざわざ俺の部屋までやってきた、真の目的ってやつに――。




