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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅱ 「コード・ガンドッグ」、始動!
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CODE32 シチリアーナ・ラプソディア(1)


1月26日


 今日は俺の、十八歳の誕生日。


 今まで、誕生日に大きな意味を考えたことなんてなかった。

 俺は両親を知らない。どこで、どんな風に自分が生まれたのか、知りようがない。


 施設や小学校で、なんとなく祝ってもらったことはある。ほかのやつらとまとめてだけど。

 タクと知り合ってからは、あいつが遊びに連れ出してくれる日になった。俺は遊び方すらよく知らないけど、タクの下手な歌を聞いたり、下手なゲームの腕前を見るのはすごく楽しかった。


 今年は、違う。


 俺は海外にいる。

 日本から遠く離れたイタリア・シチリア島――よりもさらにアフリカ寄りにある、ランペドゥーザ島。絶景が見える島として有名。


 砂色の岩肌に囲まれた、白い砂のビーチには、冬場ということもあってほかに誰もいない。

 穏やかな風の中、きらきらと日の光を反射して揺らす、ブルーグリーンの小さな波。

 その中に、淡いのに鮮やかな、小さなピンク色が踊っている。


「見て見てー! 甲斐かいさん、すっごくきれい! あっちにお魚がいるよー!」


 軽やかに水音を立てながら、裸足のきみがはしゃぐ。

 その足取りがときどき危なっかしくて、俺は慌ててその細い腕をつかまえた。


美弥みやちゃん、気をつけないと転んじゃうよ」


「えへへー、大丈夫だよ。転んじゃっても、服の下に水着着てるから」


「みっ、水着! 一月なのに!」


 ふわっと揺れる淡い色のワンピースの下の、まだ見ぬ華奢きゃしゃなラインが思わず目に浮かぶ。そんな俺の心中を知ってか知らずか、彼女の大きな黒い瞳が俺の目をのぞき込み、小さな手が、今度は俺の腕をそっとつかまえた。


「甲斐さん、あのね……わたし、甲斐さんなら……」


 ピンク色が……それよりも、彼女の息が、ぬくもりが、俺を包み込む。

 一瞬でも逃したくなくて、俺は両手をその体に伸ばす。


「……甲斐さんなら、ずっとあっちの方まで泳いでいけちゃうんでしょうねー。まだお若いから」


 小鳥のようなここちよい声は、その瞬間、しなびたおっさんの低い声に変貌したのでした……。


 俺の両手は、イタリアの空気の中をむなしく泳いだあと、力なく垂れ下がった。


 十八の、俺の誕生日。

 なんで、目の前にいるのが愛しいきみじゃなくて、三十八のおっさんなんだよ!!



  ◇ ◇ ◇



 今回の同行メンバーはひどい。

 ひとりは二十八歳の矢崎やさき京一けいいちさん。

 もうひとりが三十八歳の、「できれば視界に入れたくないおっさんベストテン」にランク入りするであろう、このおっさん。


 今回は折賀おりがは別行動。

 平均年齢二十八のむさ男子トリオが、今、有名な観光地ランペドゥーザ島にいる。


 矢崎さんは、ぱっと見、チームでいちばんまともな人に見える。

 黒スーツをぱりっと着こなす、すらりとした立ち姿。一重ひとえの優しそうな目もとに、柔らかな声。十も年下の俺に、なぜかいつも敬語で話しかける。


けいちゃんと一緒かー。きっとイギリスよりも刺激的な旅になるね」


 出発前、「オリヅル」指令室で世衣せいさんがにまにま笑いながらそう言うので、「なにゆえ」と理由をツッコまずにはいられなかった。


「京ちゃんがいると、だいたい何か悪いことが起こるんだよ。人呼んで『ミスター貧乏神』。前、一緒に飛行機に乗ったとき、確か計器トラブルかなんかで乗ってた機体がロシア領空にツッコんでね。ロシアのスホイ戦闘機が出撃する事態に」


「実家に帰らせていただきます!!」


 存在しない実家に帰りたくなるレベルだ。

 戦闘機に撃墜されるとか! 死んじゃうじゃん!


「でもこうして生きてるんだし、墜落はまだしたことないから大丈夫だよー。機内で急病人が出るとか、何でもないのにいきなり酸素マスクが全部落ちてくるとか、機内食の数が足りないなんてトラブルはよく起きるけどね」


「撃墜よりはマシだけど、どれも地味にイヤですね……。その貧乏神スキルって、飛行機限定なんですか?」


「とんでもない。警察時代は、詐欺犯を監視してたらすぐ横でひったくりが起きて、そこへ高齢ドライバーの車が突っ込んで。事件が同時に重なるもんだから全部いっぺんに解決できたけど、損害が激しくって結局貧乏神扱いされたんだって」


 言いながらカラカラ笑ってるのを見ると、どれが本当でどれが冗談だか区別がつかない。

 矢崎さんが警察を追われたって話も、本当だかどうなんだか。



  ◇ ◇ ◇



 もうひとりの同行者、三十八のおっさんについては、ある日アティースさんに直接呼び出されてこう言われた。


「ここしばらく検証していたんだが……」


「なんですか?」


「きみの残留思念視能力サイコメトリーが、『きく』相手と『きかない』相手の法則についてだ」


 そうだった。この能力については、俺もまだよくわかっていなかった。


 俺と、折賀兄妹をつなげるきっかけになった能力。

 相手に触れたとき、もっとも心を占める思念が「見える」場合と「見えない」場合がある。

 折賀兄妹は「見える」けど、他の「オリヅル」メンバーは「見えない」方だ。


「まだ仮説段階だが、きみが『見える』相手は『能力者アビリティ・ホルダー』なんじゃないか? 感情の色が見えるのと同様、きみには能力者ホルダー特有の脳信号を検知し画像変換する能力があるのかもしれない」


「………」


 大変なことになった……。


「その仮説が正しいとしたら、また新たな『能力者ホルダー』が二人現れたことになります」


「ひとりは折賀兄妹の母親、だな。二人がああなんだから不思議はない。それが入院の原因になった可能性もある」


 昨年末、クリスマスイブ。

 俺は美弥ちゃんに病院へ連れていかれ、そこで彼女のお母さんの思念を見た。


 その前に、もうひとり見てる。


「もうひとりは『ハニー・メヌエット』店長、亀山かめやま紀行のりゆきだな」


 アティースさんはデスク上のPCを操作し、壁面の大型モニターにその男の姿を映し出した。


「きみがいなければわからなかった。一年以上監視し続けた美弥のバイト先に、まさか能力者ホルダーがいたとはな」


 マジか。あんな変態ストーカー、できれば腰でも打ってとっとと仕事辞めてほしいくらいなのに。


 と思ったら、やつは本当に仕事を辞めた。

 でもそれは、アティースさんによってチームにスカウトされたからだった。


 あの夜、店内の監視カメラでのぞき見た「美弥ちゃんの下着姿」が、「いつの間にかスマホに保存されていた」とやつは言った。


 その証言から、「念写能力ソートグラフィ」の持ち主なんじゃないかと見当をつけたアティースさんが、大学研究室に連れて行っていくつかの実験を行ったところ、その見当が本物であることが証明された。

 ――それも、既定の実験スコアを凌ぐ「本物の能力者ホルダー」だったらしい。なんか、悔しい……。


 以前から「チーム専属のカメラマンが欲しい」と言っていたアティースさんはご満悦だ。


「この能力アビリティがあれば、現地で撮影機器が壊れても――いや、撮影機器など持って行かなくても、能力者ホルダーの貴重なデータが撮り放題だ。本人にはかなりキツい現場になるがな」


 さらに意外だったのが、このおっさんは足だけは速いという事実と、数日間の特訓にもかろうじてついてこれたという事実。

 だから今、こうして俺と一緒にイタリアの現場にまで来てる。くそぅ。



  ◇ ◇ ◇



「甲斐さんなら、ずっとあっちの方まで泳いでいけちゃうんでしょうねー。まだお若いから」


 鮮やかなブルーの海を眺めながら、おっさんが話しかけてくる。


 俺のささやかな妄想まで打ち砕きやがって。俺、お前と仲良くする気なんて一切ないからな。


「もう一度言っとくけど。美弥ちゃんの兄貴に、俺たちが美弥ちゃんの下着姿を見たってこと、絶対に気づかれるなよ。あいつすっげー怖いから。バレたら俺たちの脳に穴開けて記憶消去するとか言いかねない」


「きっ、肝に銘じますです……!」


 のん気なんだかビビりなんだか。よくわかんねえな、このおっさん。


 矢崎さんに呼ばれ、俺たちはボートの停泊所から全長七メートルほどのフィッシングボートに乗り込んだ。

 矢崎さんの運転で、ボートが舳先へさきを巡らせ、ゆっくりと走行を開始する。


 矢崎さん、海外でこんなのまで運転できるんだ。貧乏神効果で沈没しなきゃいいけど。


 エメラルドグリーンに光り輝く海面を、ボートが滑るように走っていく。

 この水域では、音を立てて荒々しく走るなど、野暮な真似はできない。

 一艘いっそうの同じようなボートが浮かんでいる場所へ近づくと、そこに、この島が絶景スポットと呼ばれている所以ゆえんが現れた。


「空中に浮かぶ船」。それがこの絶景の呼び名。

 海に浮かんでいるはずの船が、まるで下方に何もない空中に浮かんでいるように見える現象。


 海底まで見渡せる透き通った海水と、余計な不純物など見当たらない滑らかな海底。

 惜しみなく降り注ぐ陽光に、動きの小さい穏やかな海面。

 そして、対象の船との適切な距離と角度――これらの条件がうまくハマったときに、この絶景現象が現れる。


「すげー、ほんとに空中に浮かんでるみたいだ……」


 思わず言葉が漏れる。

 海底に映る影の上、青色の空に浮かんでるように見える一艘のボート。

 そのボートには二人しか乗っていないから、俺の目にも人間の『色』はさほど邪魔にならなかった。


 こんな風に、人間の『色』よりも、自然の色に陶酔とうすいできるような環境にいられたらいいのに。


 写真、撮ってもいいかな。あっちのボートの人に断らなきゃダメかな。

 撮ったら美弥ちゃんに送って、見せてあげたい。


 そんな俺の願いもむなしく、矢崎さんはボートを相手の方に近づけていった。

 あー、絶好のシャッターチャンス逃しちゃった……。


 待てよ、俺の横にはずっとカメラを回しっぱなしのおっさんがいる。あとでデータもらおう。

 そう思ったとき、矢崎さんがイタリア語で相手のボートに話しかけた。


「スィニョーレ・クレーティ」


 ボートに乗っているのは、男女二人。

 男の方が、女性をかばうようにこちらに体を向けた。


 この人が、今回の捕獲対象ターゲット、フェデリコ・クレーティさん。


 コードネーム、『テノール』。コーディと同じ、危険な『催眠能力者ヒプノシスト』だ。


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