【閑話2】 ゲームバトルでケーキ屋強盗襲撃事件!(2)
学校の登校日前日には、俺はいったん自分のアパートに帰る。郵便物チェックとか、換気や掃除もしなきゃいけないし。
翌日学校から帰ると、自分ちに制服を置いてジャージに着替え、大学まで走っていつものバイト生活に戻る。
その夜、三人でいつものように夕食をとっていると、おもむろに美弥ちゃんが切り出した。
「ゆうべ、お兄にスカートをめくられました」
ブフォッ!?!?
「人聞きが悪い。事実は正確に伝えろ。もう一度」
「『トイレへ行かせてください』ってお願いしたら、見張り役のパットに『手伝ってやるよ』とか言われて、めくられそうになったの。わけわかんなくて慌てて店内に戻っちゃったから、店員の美弥さん、全然トイレ行けてない……このままじゃ膀胱炎になっちゃうよー!」
あ、俺がいない間にもゲームやってたんだ。あまり進まなかったみたいだけど。
俺はすんなりトイレへ行かせたくせに、美弥ちゃんが行こうとするとパットがなにかと難癖つけてくるので、美弥ちゃんはケーキ屋店内フロアの隅っこからずっと動けずにいる。
「二人ともそろそろ気づいていると思うが、ネッド以外はたいしてプロ意識が高くない連中だ。女にちょっかい出そうとするやつがいても不思議じゃない。そこに付け入るスキがある。いい加減何とかしろ」
知るかよ! そういう裏設定、映画やドラマだったら面白いかもしれんけど、日本語字幕つけろよ! わかりづらいわ!
確かに、いい加減何とかしなきゃならない。このままじゃ美弥ちゃんが危ない。
パットの野郎、マジ許せん!
――そうだ。時間経過。
見取り図の横に電池を抜いた時計が用意され、ときどき折賀が針を動かしている。
襲撃に会った時間は午後七時半、もうすぐ閉店というタイミングだったらしい。
時間が経てばやつらだってトイレに行くし、交代で休憩や仮眠だってとるはず。
折賀だったらその辺の細かいリアリティを軽視したりしない。
実際、やつは時計の針とともに五つのコマを少しずつ動かし始めている(リプレイ時にはきれいに元に戻す)。
何か方策があるはずだ。そのためには、とにかく情報収集だ。
◇ ◇ ◇
折賀は器用にもリプレイごとに同じ会話・行動を繰り返す。セーブポイントに戻ってやり直すのと同じ。
ネッドと他の連中はときおり短い会話を交わす。
その中に、やつらの関係性や目的を探るヒントがある。
食後、いつものように見取り図が広げられた。
劇中時刻は午後九時半。
俺はあらかじめ調べておいた英会話を駆使して裏工作に取りかかる。
「『すみません』」
「『なんだ。またトイレか?』」
この力強い口調は、たぶんリーダーのネッドだ。
パットは美弥ちゃんへのセクハラをネッドに咎められて、二階へ行かされた。
店のシャッターは襲撃直後に下ろされ、今はトビーが出入口近くにいる。従業員口は、相変わらずエドが居座っている。
ハリーは奥で、たぶんケーキを食べているか、座って休憩しているのだろう。
「『まだ夕食を食べてないんで、お腹がすきました。ピザ、食べたくないですか?』」
「『あぁ!?』」
下手すりゃ撃たれるかもと思ったけど、その後、数秒の沈黙があった。
俺の読みはあながち外れてはいなかったらしい。
やつらのやりとりと、イライラした様子から、このケーキ屋襲撃は事前の計画になかった突発的なもので、全員腹をすかせているらしいことが読みとれた。
ケーキだけはふんだんにあるけど、大の男五人がそれで満足できるはずもない。
立てこもったアメリカ人強盗が食いたいものといったら、まあ、ピザで間違いないだろう。
「『近くにピザ屋はあるのか』」
この一言で、やつら全員がこの近辺に不案内だということがわかる。
「ええと、『駅の向こうに一軒あります』」
「『ハリー、エドに聞いてくれ。あとどのくらいかかる』」
なんだ? 何を待ってるんだ、こいつら。
「『あと三十分くらい』」という回答を得たネッドは、俺に向かって再度訊いてきた。
「『三十分後にピザを頼めるか』」
「えー、ええと、『営業時間を調べないと……』」
すると、やつらに取り上げられていた俺のスマホが差し出され、両手のバンドが外された、らしい。
「『今すぐ調べろ』」
こいつら、日本語には慣れていないんだな。
実際にピザ店のホームページを調べてみる。
「『夜の十二時までやってます』」
「『お前の番号でネット注文しろ。適当なやつを五枚くらい。できるんだろ、ネット注文』」
「『できます』」
「『三十分後。そのときだけ外に出してやるから、お前が受け取って金を払え。余計なことをしたらこっちのお嬢さんが――わかってるな』」
残念ながら、電話はかけられそうにない。
目の前にネッドがいるので、余計な操作もできない。
しかもピザ代、俺持ちかよ。
なんにせよ、俺の「ピザ」の一言で進展があった。少しばかり情報も入った。
ここで美弥ちゃんと作戦会議。
「美弥ちゃん、ケーキ屋近辺で、夜十時にまだ開いてる店ってわかる?」
劇中時刻、夜十時。
そこで勝負が動く!
◇ ◇ ◇
夜十時、少し前。
俺は店の目の前に立たされた。
少し離れたところからハリーが見張っている。
新たなコマが用意され、ピザ屋の兄ちゃん(たぶん)がバイクに乗って近づいてくる。
そのとき、店内でずっと静かに息をひそめていた美弥ちゃんが行動に出た!
「『いたー! お腹が痛ーい! トイレに行かせてくださーい!』」
俺も折賀も思わず噴き出すほどの、可愛くもベタな演技。
気を取り直して、ネッド自ら美弥ちゃんのあとについていく。
俺、ピザ屋に金を払う。美弥ちゃんはトイレの前へ行く。
ピザ屋のバイクが遠ざかっていった、そのとき。
「ガチャッ。鍵をかけました!」
その瞬間、俺は走り出した――駅に向かって!
俺の読みはこうだ。
銃を持っているのはネッドだけ。
こいつが、他のいい加減な奴らに銃を持たせるなんて危なっかしいことをするはずがない。
実際、他の奴らに撃たれたこともない。
だからハリーは振り切れる!
トイレの前はものすごく狭い。
ネッドは跳弾を恐れて、ドアをガンガン撃ち抜くなんてことはしないはず。
やつはまずノブを回し、それからドアを蹴り始める。少しだったら時間を稼げる。
駅はすぐ近く。
改札横の駅員室に駆け込めば、勝てる――! と、思った矢先。
突然現れた新たなコマが、俺のコマに激突!
俺は勢いよく吹っ飛ばされ、食卓から無惨にも落下していった……。
あ、死んだわ、これ。
折賀はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべながら、新たなコマに「ドライバー」と書き込んだ。
「強盗団には専属の運転役がいる。基本だろうが」
俺は車にはねられたらしい。
やつらが待ってたのは、こいつだったのか……。
◇ ◇ ◇
再度美弥ちゃんと作戦会議。
俺がピザ屋に金を払うところからやり直すことになった。
美弥ちゃんはまたトイレに行くが、今度は鍵をかけない。
ただネッドをトイレ前に動かすためだけの作戦。
俺は金を払おうとするが、困ったようにピザ屋の兄ちゃんに訴える。
「すみません、代金が足りないみたいです……!」
「『おい!』」
すかさずハリーが叫ぶ。俺が助けを求めたと思っているんだろう。
「『お金が足りないと思ったんです! でも大丈夫、ありました! 今払います!』」
俺は英語でハリーに答えながら、思いっきりにこやかに金を払った。
ピザを受け取り、店内に戻ろうとしたとき、「ドライバー」が到着。
こいつら、俺の金で買ったピザを持ってこれから逃げる気だ。
まさか俺たちまで乗せてくなんて言わないよな?
そのとき。
勝ち誇った顔の美弥ちゃんが、高らかに宣言した。
「警察でーす! 君たちは包囲されていまーす!」
折賀の動きが止まる。
到着がちょっと早すぎる気もするけど、そのくらいは大目に見てくんないかな。
店の前にいたハリーとドライバー、何事かと顔を出したエドは動けなくなった。
まだ店内にいるネッド、トビー、パットの三人が美弥ちゃんを人質に立てこもり続ける展開も危惧されたが――結局、ほどなくしてネッドが先頭切って投降した。
地理的条件やタイミングなど、さまざまな情報を分析したうえで判断したのだろう。
「終わった……終わったんだよな?」
「もうこんな物騒な目に遭いたくないよー……」
一気に脱力して食卓に突っ伏した俺たちに、折賀の冷静な声が飛ぶ。
「説明してくれ。誰がどうやって通報した?」
俺はニッと笑って、新たなコマを店の前に配置した。
書き込んだ文字は、「店長」。
「お前がドライバーなんて出してきたからな。俺たちも秘密兵器を投入させてもらった」
「うちの店長、退勤後もよく忘れ物取りに店に戻ってくるんだよ。そこで怖い外国人が怒鳴ってるところなんて見ちゃったら、ビビりだから即通報するって」
片水崎では昨年末、外国人犯罪集団がらみの事件が起きたばかりだ。
あのときは、残念ながら主犯と思われる二人組を見逃すしかなかった。
この手の通報を受けたら、即座に数台のパトカーが緊急出動しても不思議じゃない。
まさか店長に助けてもらうとは思わなかったけどな。
折賀は一応納得し、『ケーキ屋強盗襲撃事件』はめでたく幕を下ろしたのだった。
◇ ◇ ◇
「やつらがどうして片水崎にやってきたのか知りたいか? ことの初めはネッドの生い立ちにさかのぼるんだが……」
「いや、もういいよ……」
ほっとくと延々と設定語りが続きそうだったので、さっさと食卓を片付け、布団を敷いて寝ることにした。
黒さんが、片づけた見取り図のあたりをふらふらしてる。参加したかったのかな。
布団の中でまどろみながら、ふと考える。
折賀のやつ、今までに何回「英語ができなきゃ死ぬ」ような目に遭ってきたんだろう……。
その日以来、美弥ちゃんも俺も、以前よりマジメに英語の勉強に励むようになった。
「折賀のゲームに比べたら、普通に勉強する方が楽」というのが二人の共通認識。
ゲームのおかげで、俺は日常英会話よりも受験英語よりも、アメリカンスラングの方に詳しくなってしまったような気がする。
それが役に立ったと気づいたのは、もう少しあとになってからの話だ。




