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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅱ 「コード・ガンドッグ」、始動!
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CODE29 女子高潜入ファイル・突然の保護者面談!(2)


「まだ少し時間がありますね。コーヒーでもれましょうか」


 森見もりみ先生はそう言って立ち上がった。


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げると、先生も俺たちに向かって軽く会釈し、ドアに手をかけた。

 ――が、ドアはまだ開かない。


 俺たちに背を向けたまま、抑揚よくようとぼしい声がさらに低くなり、淡々とした静かな言葉が紡がれる。


「お兄さん。あなた、いつまで『アメリカ』に従うつもりですか」


「…………」


 折賀おりがは再度姿勢を正す。


チーム(オリヅル)」でもなく、「組織(CIA)」でもなく、「国家アメリカ」。その一言に重大な意味が込められていることが、俺にもわかる。


「あなたが平穏な生活を犠牲にしてあの国に身を捧げてきたことは知っています。だからこそ、アメリカ市民でない限り、今のアルバイトのような状況では労苦に見合った対価を得られないことも、あなたは知っているはずです。それとも、いずれ国籍を移る予定でも?」


「母に断りもなくそんなことはしません」


 一片の迷いもない、折賀の返答。


「先生は、今の『オリヅル』のあり方に不満があるようですね」


「当たり前です! 日本人である美弥みやさんが、日本国内でアメリカの情報組織に()()されているんですよ。普通では考えられませんし――日本人として、力及ばないことを悔しく感じています」


「オリヅル」は、形の上では一応日米混合の組織ということになっているが、実質的にはアメリカ中央情報局(CIA)の末端組織だ。


 日本側メンバーとされている世衣せいさんには、実は何かの事情ではっきりとした国籍がなく、矢崎やさきさんは、これも何かの事情で日本警察を追われた身――つまり、日本側の戦力・組織力は悲しいくらいに脆弱ぜいじゃくで、日本人である「美弥ちゃんを守る」というチーム第一の任務に関しても、アメリカ側に指示を仰がなければならないのが実状。


「先生はおそらく、国力・組織力を頼みにして俺がアメリカに傾倒していると思っているようですが」


 折賀の態度には、相変わらずなんのブレもない。


「俺は、どこのどんな組織も本心で頼みにしようと思ったことは一度もありません」


「……日本側も含めて、ということですね」


 森見先生も、折賀の方を振り返りながら確認の言葉を返す。

 彼女に否定することなく、折賀の言葉が続く。


「どの世界にも一枚岩の組織は存在せず、トップが変われば方針も大きく変わる。だから組織はその名にすがりつくものではなく、自分の都合に合わせて利用するものだと思っています」


 つまり、折賀にとって「オリヅル」は、美弥ちゃんを「(アー)」の手から守るために利用しているツールのひとつに過ぎないものなのだ。


 決して、アティースさんやほかのメンバーの存在を突き放しているわけではない。

 ただ、彼らもCIAという巨大組織の歯車である以上、いつガラッと方向転換を命じられて俺たちを見捨てることになるかわからない、ということ。

 折賀が、夜間や登下校時などに極力俺と二人だけで美弥ちゃんを守ろうとするのも、そういう考えが常にあるからだ。


 今まではっきり言われたことはなかったけど。

 こいつのそばにいるようになって、もうすぐ一ヶ月。その考え(の一部)は、少しずつ俺にも想像ができるようになっていた。


「そういう個人主義的なところは、あなたの叔父さまにそっくりですね」


「叔父をご存知でしたか」


「もちろんです。私を警察から引き抜いてここの教職に据えたのは、他ならぬあなたの叔父さま――折賀おりが樹二みきじさん、なのですから」


 その言葉の内容について、先生自身がどのように感じているのかは、残念ながら読み取ることができなかった。

 この人の『色』には、口調と同様、あまりはっきりとした特徴がない。



 ――折賀兄妹の叔父、折賀樹二。二人のお母さんの実弟。


 その名は、この一ヶ月弱の間に時々耳に入ってきた。

 いまだ父親の影が見えない(理由は特に聞いたことがない)折賀家で、代わりに時々話題に登場するのがこの人。


 なんでも外務省にお勤めのエリート官僚だったのに、突然退職して外交コンサルタント会社を立ち上げ、官僚時代の人脈にものを言わせて「オリヅル」にも日本警察にも少なからぬ影響力を持っているという……。

 いずれ会うことがあれば挨拶しなきゃいけないけど、俺なんかがまともに話せる相手とはとても思えない。


 先生は「個人主義」と言うが、まあ、かなり特別な方の個人さまだ。

 たぶん、国家公務員という枠に収まらないような人。



  ◇ ◇ ◇



 そのとき、校内にハンドベルの澄んだメロディが響き渡った。授業終了の合図だ。


 先生が生徒二人を呼びに行こうとするより先に、ドアの外にひとりの女子生徒が駆け込んできた。


「センセー! 大変です! 美弥っちがー!」


 その名に俺たち全員が反応する。


「美弥っちが、バスケ部に拉致らちられてトイレに監禁されちゃったー!」


「どっちだ!」


 折賀は先生を押しのけて部屋から飛び出した。


「うひゃっ!? だっ誰っ!?」


「美弥ってのは折賀美弥のことか!」


「へっ、そっそうですけど!」


「今どこにいる!」


「えっ、にっ、二階ですーっ!!」


 有無を言わさぬ秒速の尋問で情報を聞き出した折賀は、そのまま加速して一気に階段を駆け上がってしまった。


 あいつこのまま女子トイレにツッコむ気だ! やべー!


「待て折賀! 早まるなー! 相手は女子だぞ! 暴走すんじゃねえぇー!」



  ◇ ◇ ◇



 授業中に生徒に会わずに校内潜入を果たした俺たちは、休み時間の今、セーラー服を着た大勢の痛い視線にさらされることになってしまった。


 問題のトイレの前。

 さすがにノンストップで中までツッコむことはしなかったみたいだけど、その辺の女子をつかまえては美弥ちゃんの所在を聞き回っている。完全不審者だ。


 被害が出ないなら、このままやつの不審者ぶりを遠巻きに眺めててもよかったんだけど。

 俺自身が周囲の痛すぎる視線をチクチクと刺され始めたので、仕方なく折賀のもとへ駆け寄った。これで冷ややかな注目は折賀の方に集まるはず。


「美弥ちゃんは?」


「先生が言ってた友達二人が連れ出したらしい」


「じゃあ今は無事なのか。で、バスケ部ってのは美弥ちゃんになんの用だったんだ?」


「この子たちは、美弥さんに歌を歌ってほしかったんだそうです」


 歌?

 

 すぐ後ろに森見先生が来てた。

 その言葉と同時に、女の子たちの何人かが小さくうなずいている。


 そのうちのひとりが、わずかに震えながらも俺たちに説明してくれた。


「わたしたち、折賀さんの歌のファンなんです! だから三月の『卒業生を送る会』で、ぜひステージで歌ってもらえないかと何度もお願いしてるんですけど、今日も断られてしまって……」


「あれ? 美弥ちゃんって、確か合唱部だったよな」


 折賀の顔を見て確認する。

 合唱部ってことは、人前で歌うことには慣れている、はずだけど。


「あ、ひとりで歌うのが嫌ってこと?」


「そう思って、部として出てもらえないかと交渉してるんですけど……やっぱりダメだって……」


「美弥ちゃんの歌声は激レアなんですよー!」


 しょげた子のあとを継ぐように、別の元気そうな子が顔を出した。


「合唱部の練習風景は徹底的に門外不出! コンクール本番は完全招待チケット制! 声楽の授業では出番が来ると保健室へ直行! 唯一聴けるチャンスである文化祭のミュージカルは、朝から長蛇の列ができて席が取れずに泣く子も続出! そのせいで文化祭ステージの模様を収録したブルーレイがかつてないほどの売り上げを見せているとか……!」


 コホン! と先生のわざとらしい咳が聞こえて、その子は押し黙った。

 俺の高校の熱血新聞部員・相田あいだ彷彿ほうふつとさせる子だな。


 その子の話には俺も覚えがある。

 なぜか美弥ちゃんは、歌を聞かれることを極端に嫌がる。

 俺がどんなに聞きたいとお願いしてもダメだったし、もちろんカラオケに遊びに行くことも論外。ブルーレイだって見せてくれなかった。


 折賀の話では、夜、自室でこっそり歌ったり踊ったりしてるらしいけど。

 そんなん知らんわ、折賀のせいで美弥ちゃんの部屋には絶対に近づけねーんだから。


「生徒たちの意見を取りまとめますと」


 森見先生が、眼鏡をクイッと上げながら俺たちの前に出てきた。


「この子たち、そしてもうすぐ卒業する生徒たちのためにも。おふたりで、美弥さんを説得していただけないでしょうか」


 ――新たなミッション来ちゃった!!


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