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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
Ⅱ 「コード・ガンドッグ」、始動!
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CODE27 セールスマンのおっさんをストーンヘンジに登らせない方法(5)


 一月のイギリスの日没は早い。


 そろそろ夕方の四時を回ろうとしている今、空からは目に見えるスピードで夕焼けのオレンジ色が消えてゆき、濃いグレーに包まれた雲だけが残されている。

 やがて空は濃紺から黒へと変わるのだろう。


 ソールズベリーに近いアームズベリーという町で、チャックさんの母親、エラ・ガーランドさんは独り暮らしをしている。

 ロンドンに暮らすチャックさんは、今回の超常現象が始まったとき、いの一番に母親に連絡したそうだ。

 自分の体がおかしくなってしまった。おまけに大変な騒ぎになっている。事態がはっきりするまで、危険だからストーンヘンジに来てはいけないと。


 エラさんは、チャックさんを産んですぐ、目を悪くしてしまったらしい。

 彼女はそれを天罰だと思い込んでいる。


 なぜあのとき、アダムさんの本当の気持ちを知ろうとしなかったのか。


 なぜあのとき、アダムさんの父親に会いに行く勇気が出せなかったのか。


 自分の方こそ、アダムさんの父親と自分の父親に、結婚の許しを請うべきだったのに――。


 ここにも、後悔の『色』があふれている。

 でも、その後悔は、選択をやり直すことでいくらか和らげることができる。


 エラさんの家で、三十一年前の選択をやり直した二人は、息子を囲んでいつまでも静かに語り合っていた。


 

  ◇ ◇ ◇



「今回は、『能力者捕獲人』じゃなくて『怪異現象解決人』になっちゃいましたね」


 日本へ向かう飛行機内で、俺は世衣せいさんに話しかけた。


 ジェスさんが滑り込みで座席確保してくれたANA便、エコノミー席。

 アメリカでは、CIAが専用機を飛ばしまくったり、時にはたったひとり運ぶのにジャンボ丸々一機借りきったりすることもあるそうだが、日本に基点を置く「オリヅル」には、残念ながらそんな予算も権限もない。


「たまたま空席があればいいけど、なかったらどうするんですか?」と、以前ジェスさんに尋ねたら、「そこはまー、キャンセル事案をこっちで作っちゃえばいいし? まず乗客名簿をゲットしてだねー……」などと何やら臭そうな話が始まりかけたので、その先を聞くのは丁重にお断りした。

 座席ゲットの経緯は知らんが、ゲットしちゃったものはしょうがないのでとりあえず乗せてもらっとく。


「プロポーズの場所に指輪を投げ捨てる、か……。気持ちはわからなくもないけど、まさか指輪そのものが超常現象化するとはね。日本でいう付喪神的なやつなのかな」


 俺の右側で、赤ワイン飲みながらピーナッツをポリポリつまんでいる世衣さん。

 左側では折賀おりがが窓にもたれかかって爆睡してる。念動能力(PK)ってやつは、かなり体力を消耗するらしい。


「あのストーンヘンジに、昔から神がかり的なパワーが集まっていたのかもね。宗教儀式や天体観測に使われていたって説だし、何らかの不思議な力が秘められていたとしても不思議はないのかも」


「でも、なんで今のタイミングであんな現象が始まったんですかね?」


「チャックさん、恋人にプロポーズしようとしてたらしいよ。それで指輪のことをあれこれエラさんに相談し始めて……それがきっかけなのかも」


「へえ。親子でおめでたい話だったんですね」


 指輪は彼らが大切に保管し、俺たちは手ぶらで帰国する。

 こんな風に平和的に解決できるなら、俺の能力も、「能力者捕獲作戦コード・ガンドッグ」とやらも捨てたもんじゃない、と思う。


 ただひとつ、コーディの言葉が少し気になってはいたけれど。


(それに……見てて哀れなんだよ、あーいうのは……)


 なにを哀れと感じたんだろう。

 

 大きな後悔を抱えながら生きること?

 本来はともに暮らしていたはずの家族が、選択を間違えたためにバラバラになってしまったこと?


 俺は――いつか後悔するときが来るんだろうか。

 自分の親のことを、まったく知ろうとしなかったことを。


 わからない。ただ、今は一刻も早く、美弥みやちゃんに会いたい。


 

  ◇ ◇ ◇



1月21日


「オリヅル」指令室では、アティースさんとジェスさんが激論を戦わせていた。


「だからぁ、なんでもっと自由に衛星が使えないんだヨ! しゃーないからCIA本部(ラングレー)のを一基ずつ順番にパクって、さらにNSA(国家安全保障局)のも一瞬ずつパクって、それぞれの画像データを数秒ずつつなぎあわせて……って、いまどきこんなことしてんのオレと弱小国くらいだヨ? オレが今どんだけ本部の分析官たちににらまれてるか知ってる?」


「チームに予算も権限もないのは認める。だがな、ジェス。本部がお前を睨むのは、経費で日本の変な同人誌ばかり買い漁っているからだ。バレないとでも思っていたのか」


「マジかァー! まさかあいつらがアキバを監視していたとはァー! 仕方ないでショ! オレは可愛いメイドさんが握手してくれる本を読まないと一日生きていけないんですヨー!」


 握手の本て。ジェスさん、真性のオタクなのかピュアなのか、どっちなの。


「でも、今回の飛行機代を情報本部の予算からチョロまかしたのはボスの指示だしィー?」


「それは仕方ない。必要経費だ。承認を待っていたら何日待たされるかわかったものじゃない」


「ヨッシーの靴とかヨッシーが壊したイヤホンマイクも全部あっちの経費にしちゃうんでしョ?」


「ヨッシーはやめろ」


「オー、おかえりヨッシー!」


 出張組と留守番組が顔を合わせ、ねぎらいの言葉とともに簡単な報告会が開かれた。


 チャックさん一家と魔法の指輪が「経過観察扱い」になったことに問題はない。

 問題は、やはりMI5との交渉が難航しそうなことと、コーディたちの出現を事前に感知できなかったことに絞られた。


甲斐かいに責任があるわけじゃない。我々も、周辺の交通機関から街頭の監視カメラ、衛星画像に至るまで、手を尽くして警戒を続けていたんだが。なぜいきなりあの場へ現れたのか、不明のままだ。例のBMWも、直前までまったく別の人間が乗っていた」


「あいつらの能力アビリティの詳細がわからないことには、後手に回り続けるしかなさそうですね」


 世衣さんの言葉に、アティースさんが重々しくうなずく。


「本部の許可がいるが、あのふたりの捜索を全世界に広げる必要がある。それに――CIA(エージェンシー)内部にもな。パーシャの探知能力ディテクションでこちらの能力者ホルダー情報が筒抜けになっているだけでなく、ロークウッドはチームの細かい内情まで知りすぎている」


 CIA内部に「アルサシオン」の潜入員モールがいても、不思議はないってことだ。


 身の引き締まる思いで話を聞いていた俺に向かって、アティースさんは急ににっこりと微笑んだ。


「さて、わかっているとは思うが。美仁よしひと、甲斐、さっさととなりの部屋へ行った」


「えぇー……あの、アティースさん? ついさっき、俺に責任はないって」


「連・帯・責・任」


 コンビ解消してぇーー!!


 

  ◇ ◇ ◇



 わかってる。今日はくだらないケンカはしない。


 まる一晩おしおきされた前回と違って、今日は美弥ちゃんを迎えに行くまで一時間ばかりつながれて正座すればいいだけ。無駄な体力は消耗したくない。

 ただ、気が収まらないんで「ふざけんなこの脳筋ミジンコハゲ」くらいは言ったけどな。


 前回と違って、折賀は反論もせずに重いダークブルーの色を漂わせて押し黙っている。


「え、まさかお前ほんとにハゲたの?」


「お前、あのロークウッドに何もされなかったのか」


「えぇー? 拉致らちられたあと、何かいかがわしいことされたんじゃないかってー?」


「マジメに答えろ。操られたりはしなかったか、ってことだ」


 あーそっちか。


 会話の主導権は常に操られていたようなもんだけど、たぶんこいつが聞きたいのはそんなことじゃない。


「別に、そんな感じはしなかったけど」


「そうか」


 ほんの少しほっとしたような、それでいて懸念は少しも晴れていないような声。

 俺はひとつの可能性に思い当たった。


「お前、実はあんとき操られてたの?」


「わからない」


「わからないって、なんで……」


「ロークウッドと対峙したとき、心の一部を何か得体のしれないもので強くつかまれた気がした。暗示をかけられたわけじゃない。でも、あいつがその気になれば、つかんだ力が一気に俺の心を好き放題にかき回してしまうような気がした」


「…………」


 マジか。それだけは、絶対に避けなきゃいけないのに。


「俺の能力と違って、あの力は人間の心を支配する。『番犬ガード』を量産するあの恐ろしさが、よくわかった」


 折賀の番犬ガード化――それはいちばん避けたいシナリオだ。

 コーディの気分次第でいつ始まってもおかしくない、最悪のシナリオ。


「心の一部をつかまれる、か……。ひょっとして、一部はあいつに乗っ取られても、別の部分では普通に自我が残ってたりするのかな」


 折賀に答えがわかるはずもない疑問を、ぽそっと投げかける。

 仮にそうだとしたら、あいつの能力も、あいつ自身も、あまりに残酷すぎる。


「あいつ神出鬼没だから、先に言っとくけど。もしお前が、『周囲の人間皆殺し!』みたいな暗示をかけられちまったら……まず、俺を狙えよ」


 折賀の首につながれた鎖が、音を立てて揺れた。


 ――それは、「最悪のシナリオ」にブチ当たったとき、たぶんいちばん被害を最小限に食い止められる方法。


「俺まだよえーし、身寄りもないし。自分にできるいちばんの貢献が、時間稼ぎだってことくらいわかってる。大丈夫、俺が時間稼ぐ間に、きっとほかのメンバーがヘゴォッ!?」


 いきなり顔面をグーで殴られた!


「いってえ……! なんでそーやってすぐ手が出んだよ野蛮ハゲゴリラ!」


「そのふやけた口を閉じねーと本当に殺すぞ!」


 なんで怒られなきゃなんねーんだよ!


 たいして効きもしないキックを繰り出すとその足をつかんで放り投げられ、起き上がって殴りかかろうとするとこぶしをつかんで放り投げられ、さらに起き上がって飛びかかろうとすると、軽くよけられてジャージの襟首をガシッとつかまれた。


「いいか! こんなバカでも美弥は――」


 急に、言葉が切れた。


「え、なに?」


「なんでもない」


「えぇ!? 美弥ちゃんがなんだよ! 教えろよ!」


 とっくみあっているうちに美弥ちゃんを迎えに行く時間になって、俺たちは慌てて首輪を外して走り出した。


 別室で「オリヅル」メンバーが笑い転げていたのは、言うまでもない。


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