表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/138

CODE21 黒い鶴の乱舞・少年の危険すぎる告白!(1)(※絵)

挿絵(By みてみん)



 しばらく俺の前を走っていた折賀おりがは、あと数十メートルで大学、というところで立ち止まった。


「どした? 行かんの?」


岩永いわながのこと、だけどな」


 空気が、重い。また深刻な顔になってる。


「アティースには、お前に話すかどうかは俺に任せると言われた。お前は絶対顔に出るから、病院では言わなかったんだが……」


 ……嫌な予感しかしない。なんだよ。


「お前も知っておいた方がいい。岩永の能力は、あいつ本人にとってかなり危険な能力だ。一度でも、自分の限界を超えた暗示を自分にかけてしまえば、身を亡ぼすことになる。いわば使い捨ての能力だ」


「…………」


 なんだ、それ……。俺たちの能力より、かなりひどい。

 そういえば、コーディがテロ組織の自爆要員にするとか言ってた。まさに使い捨てだ。


「でも、やつらの信号とかを受信しなければ、勝手に発現することはないんだろ? 今後は『オリヅル』がタクのPCやスマホを監視してくれるはずだし……」


「監視」という言葉にいいイメージはないけど、タクに関してはそれが望みの綱だ。


「それとも、美弥みやちゃんみたいに本人が自覚するのがマズいのか? だったら俺、絶対しゃべらねえから……」


「今、あいつがまともに戻ってるのは何故だと思う?」


 刺すような視線が俺に向けられている。


「暗示にかかっている間の記憶がないからだ。どういうわけか、信号を受信したときの状況も、そのあと自分がどこで何をしたかも、俺に投げられたことさえ覚えてない。もしもあいつが、受信した信号そのものを思い出すようなことがあったら……」


「まさか、また殺人鬼モードに……?」


 それじゃ、また、あいつの心にあった「相田あいだ殺し」を実行に移そうとするってのか?


「そうならないように、あいつには今後、記憶抑制剤に近いものが投与される」


「なんだよ、それ……」


 自分の耳が信じられない。信じたくない。


「俺にはそれ、受験あきらめろって言ってるように聞こえんだけど。お前、それ知ってて、よくあいつに受験頑張れとか言えたな?」


「…………」


「あいつは、そりゃ、かなりの無謀チャレンジだけど。相田と同じ大学行きたいって、あいつなりにすげー頑張ってたんだよ。俺もずっと、応援しててさ……。

 信じらんねー、こんなことで……たまたま変な能力があったからって、進路あきらめることになるなんて……」


 俺の言葉は、そこで止まった。

 大学受験どころか、高校に通うことさえできなくなったやつが、今目の前にいる。


 チクショウ! 全部、あいつらのせいだ!



  ◇ ◇ ◇



 折賀が風呂に行ってる間。

 昨日と同じように、俺は折り紙が入った箱を取り出して食卓に置いた。


「今日も鶴折るんでしょ? 手伝うよ」


 水色の紙を取り出して折ろうとすると、突然、美弥ちゃんの手が俺の手に重ねられた。


「……美弥ちゃん?」


 食卓の明かりを映す大きな黒い瞳と、小さなあたたかい手。俺はとまどいながら、その両方を交互に見つめ返す。


「ええと……どうしたの?」


甲斐かいさん。今日は千羽鶴じゃなくて、一羽だけ心を込めて折りましょう」


「一羽だけ?」


「はい。甲斐さんのお友達に渡す、お守りみたいなものです」


 美弥ちゃんには、親友が体調を崩して検査入院した、とだけ話してある。


 美弥ちゃんの前では、いつも通りの笑顔を見せている、つもりだった。

 実際、美弥ちゃんの顔を見て、美弥ちゃんの用意してくれた鍋をごちそうになって、俺はやっと少し元気を取り戻した。

 それでもいつもより元気がないことに、彼女は気づいてくれたらしい。


「鶴がお守りか。いいね、それ」


 タクのために折るなら、やっぱオレンジだ。

 明るいオレンジの鶴を、俺はゆっくり、丁寧に折った。


「美弥ちゃん。黒い鶴のお守りは……やっぱり、折賀のために折ったの?」


 美弥ちゃんに初めて触れたとき。それから今。彼女から俺に伝わってきた「思念映像」は、たった一羽の黒い折り鶴だった。


 美弥ちゃんは、茶褐色の長い髪を揺らして、小さくうなずいた。


「中学のとき、お兄にたくさん守ってもらって……そのとき渡したんです。今でも持ってるかどうか、わからないけど」


 ――そんなの、絶対持ってるに決まってんじゃん。


 急に、折賀がうらやましくなった。

 美弥ちゃんを守るのが当然の立場にいて、守れるだけの力もあって。

 両方とも、今の俺にはない。

 美弥ちゃんからお守りをもらえる資格も、まだないってことだ。


 それどころか、俺はずっとうそをつき続けている。

 美弥ちゃんにも、タクにも、いちばん大事なことを話せないままだ。


 俺の気持ちをこの子に伝えることもできない。

 友達としてそばにいて、この子を守り続けるうえで、その「告白」は弊害へいがいでしかない。


 言っては、いけないんだ。


「コーヒー、れましょうか」


 黙りこくった俺を気づかうように、美弥ちゃんが静かな声でそう言って立ち上がった。


 俺まで包み込んでくれるような淡いピンクの空気と、ほのかにシャンプーの香りを残す長い髪が、彼女の動きに合わせてふんわりと揺れる。


「……美弥ちゃん」


 その姿が台所に消える前に、もう一度顔を見たくて、思わず呼び止める。


「美弥ちゃん……アティースさんのことが、好きなんだよね?」


「えっ……」


 空気が、大きく動く。彼女の頬が、真っ赤に染まっていく。


 何言ってんだ、俺。いまさらなんの確認だよ。


「あ、あはは……やだもー甲斐さん、そんなんじゃなくてっ……!」


 忙しく首や両手を振り回したあとで、「ごめんなさい! 友達に連絡入れなきゃいけないの忘れてた!」と、彼女は慌ててリビングを飛び出してしまった。


 その後ろ姿を目で追ったとき、黒いもやが折賀の部屋に鎮座ちんざしてるのが見えた。


 俺は黒さんに背を向け、がっくりと肩を落とす。

 はあぁ、と大きくため息が漏れる。


「全然気づいてもらえないのって、つらいよな……」


 それは折賀にまったく気づかれる気配のない黒さんか、それとも俺自身に向けた言葉か。


 黒さんだったら、聞いてくれるかも。

 俺は独り言ともとれるような小さなつぶやきを、ぽつり、ぽつりと投げ始める。


「ほんとは、そばにいられるだけでよかったんだけどな……。やっぱり、いつかは俺の話を聞いてほしいよ。そう思うだろ?」


 返事がないのは、わかってる。


「……あの子のこと、こんなに好きなのに……」


 食卓に突っ伏して、目を閉じる。


 その、瞬間。

 突然ピシッ! と、空気を引き裂くような細い音がした。


 なんだ?

 顔を上げると、目の前の食器棚の窓に、一筋の大きなひびが入っている。


 あれ、こんなひびあったっけ?


 立ち上がると、背後の空気が大きくうねったような気がした。

 振り返ると、そこにいたのは黒さん、ではなく。


 鶴が、浮いている。

 折賀の部屋の壁にかけられた大量の黒い鶴が、いっせいに動き出してる。


「えええっ??」


 糸でつながれてる千羽鶴がその糸すら断ち切って、勝手に室内を飛び始めた。

 見慣れたはずのリビングが、黒くうごめくものたちにあっという間に埋め尽くされた。部屋のあちこちで、何かが鋭く裂かれるような音がする。


 鶴の何割かがリビングにまで飛んできた。

 一羽一羽が、まるで命を得て感情を持ったかのように乱舞する。一気にスピードを上げ、鋭い羽先で空を切る。


 紙製のとがった翼が鼻先を何度もかすめ、何度かチリッと鋭い痛みを感じた。

 手や頬を切られたかもしれない。下手すりゃ目をやられる!


 両腕で顔をガードしながら、視界の端に、半開きになったリビングのドアを見た。 

 ドアの向こう、床に倒れているのは――


「美弥ちゃん!」


「美弥ッ!」


 俺が美弥ちゃんを助け起こすと同時に、洗面所で髪を乾かしていた折賀が駆けよってきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ