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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
外伝『もうひとつの最終決戦〜四十年前のスパイ〜』
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REISE8 猟犬、東ベルリンへ潜入!


 西ベルリン内のセーフハウスで。

 ウィンダム拘束の経緯を語ってくれたのは、西ベルリン支局のアディソンという男性局員だった。


 アメリカ政府が関与を認めず、CIA本部(ラングレー)のバックアップも仰げない現状で。

 ウィンダムとともに駐在していた者たちが、決死の覚悟で情報をかき集めたという。

 

 情報の多くは東ベルリンに潜入しないと得られないものだ。

 それだけの情報を得るのに、いったいどれほどの対価を払ったのか。


「ほかに情報は? 出来る限り見せていただきたいんですが」


 マックレーが問うと、アディソンは無言でついてくるように合図した。

 隣室の床のカーペットをめくると扉が現れる。

 扉を開けると、薄暗い階段が地下へと続いていた。


 アディソンの後にマックレー、折賀おりがが続いて階段を降りる。

 誰も言葉を発さない。発してはいけない空気を感じる。

 地下の部屋で古びた電灯を点けると、「終わったら声をかけてくれ」と言い残してアディソンは階段を上がっていった。


 壁の一面に、数多(あまた)の地図や写真、メモが所狭しと貼り付けられている。太いペンでの書き込みも多い。まるで昔ながらの捜査本部だ。

 それが、東ベルリンの地形情報に基づいた、ウィンダムに関する資料だと一目でわかった。


「よく、ここまで……」


 マックレーが感心したように呟く。

 この一面の戦果が、どれだけ局員たちの汗と苦心を吸い込んで作り上げられたものか。

 折賀は無言のまま、心に深く刻みつけなければと思った。


「始めよう」


 二手に分かれ、端から順に精読・分析する。

 マックレーのカメラも使わず、ペンの一本すら手に取らずに。

 資料はすべて、今この場で頭の中に叩き込む。

 東ベルリンへは、メモはもちろん、小型のチップやマイクロフィルムなど、身元を疑われるような物は一切持たずに行く。あらかじめそう決めていた。


 地図上に数カ所、赤い丸で囲まれている地点がある。おそらく、ウィンダムが捕らえられている場所の候補だ。

 場所の最有力候補、シュタージの拘置所は、折賀の時代には記念館として観光名所のひとつとなっている。残念ながら、折賀はそれがどこにあるか記憶していない。


 この時代、拘置所の場所は極秘事項だった。

 拘置所へ連行される囚人は、専用の護送車で市内を何度も周回し、場所を特定できないようにされていた。


 二人は写真やメモを繋ぎ合わせ、地図と照らし合わせて、検問所から各候補地へのルートを頭の中で構築していく。

 やがて、メモや新聞記事の内容から、ひとりのキーパーソンの存在に行き着いた。


 ライムント・バルテン。

 東ドイツを支配する政党、ドイツ社会主義統一党(SED)の党員にして、ベルリン地区委員会第一書記を務める人物。

 こうしてピックアップされている以上、この男がウィンダムの命運に関係していることは間違いない。

 ウィンダムたちが西側へ脱走させようとしていたのは、この男ではないだろうか。


 さらに新聞記事を辿(たど)る。彼が捕まったという記事はない。

 最近の党大会の記事にも名前が記載され、そこにも赤丸がつけられている。


 この男に、話を聞く必要がありそうだ。



  ◇ ◇ ◇



 アディソンたちは、まさに血と汗の滲んだ貴重な情報を集めてくれていた。


 CIA本部(ラングレー)へ送ることができなかった詳細の数々。潜入員が派遣されなければ、このまま紙屑となり果てていたに違いないスクラップ。

 ありがたく、役に立てさせてもらう。

 折賀は脳味噌をふり絞る思いで、ありとあらゆる情報を頭に叩き込んだ。


 アディソンに礼を言い、その夜は西ベルリンのホテルに一泊した。


 マックレーと同室。狭いベッドが二つ並んでいるだけの簡素な部屋。贅沢は言えない。


 翌日には東ベルリンへ入国する。

 折賀は留学生として、マックレーはカメラマンとして、別々に。


「いきなりバラバラだもんねー。寂しくない?」


 ベッドに寝そべったマックレーに、いきなり言われた。


「いえ」


 不安ではあるが、別に寂しくはない。


「オリちゃんの時代だったらすごい通信機なんかもあるんでしょ? 小型のマイクもイヤホンも、やつらに目をつけられたら一発でバレちゃうし。女の人だったらブラのワイヤーに仕込んだり……って、それももう古いか」


 そこでいきなり起き上がった。


「男だったらバレなくない? 今すぐ買ってこよう!」


 何を買うのか。


「これ以上不審者度アップさせないでください。既に不審者なんで」


「やっぱいざという時のために変装キット持っとこうよー。ロングヘアに膨らむウィッグとー、バッグにもなるスカート。それぞれ無線機仕込んどくから」


 つまり、女装をしろと言っている。


「ベタすぎる……」


「なんで? オリちゃんだったら、お肌ピチピチだし絶対イケるでしょ! というわけでブラ買ってくる!」


「東へ入る前に強制送還ですね」


 わかっている。スパイの先輩が、また肩に力が入ってきた折賀のためにリラックスさせようとしてくれていることは。


「ところでさ、オリちゃんが薦める日本の見どころって何? 帰ってこれたら一度行ってみたいんだよね」


 帰ってこれたら――。その一言で、つかの間の郷愁をかき立てられた。

 この男、変化球で思わぬ角度からふところに飛び込んでくる。


「俺は、あまり旅行とかしてなくて……食べ物は、寿司と納豆が好きです。あと、家の近所。土手沿いを走ると、春は桜が舞って、夕暮れ時には」


「やっぱセーラー服だよね!」


 一瞬で空気が死んだ。


「俺、日本の学生さんの制服好きでさー。あ、女の子の方ね。アメリカは私服ばっかでつまんないもんー。三つ編みまでしてたらサイコーだね。ブレザーもいいけど、やっぱセーラ」


「セーラー服で三つ編みの妹なんていません。もう寝ます」


 これ以上力が抜けると、詰め込んだ記憶もすべて抜けてしまいそうだ。

 折賀は背を向けて自分のベッドの布団に潜り込んだ。


「こっち来たら、視線で鼻の骨潰しますから」



  ◇ ◇ ◇



 東側には「国境検問所」、西側には「チェックポイント・チャーリー」と呼ばれている地点。

 ここは主に外国人や外交官が通るための検問所で、他にもチェックポイント・アルファやブラヴォーなどが存在する。


 いかめしい制服を着た国境警備兵の視線には、誰もが緊張するだろう。

 CIA製の作り込まれたパスポートやビザは、遺憾なく効力を発揮した。

 二人は距離を取り、無関係を装いながら、別々に検問所を通過。


 目抜き通りのウンター・デン・リンデンを通り過ぎて、ベルリンの象徴ともいえるブランデンブルク門を横目にひたすら歩く。

 東ドイツ国民は常に行動を制限されているが、外国人観光客は比較的自由に動くことができる。

 地図はしっかり頭の中に入っているが、不慣れな観光客を装うために、ときどき簡易な観光マップを取り出して眺めることも忘れない。


 落ち合う場所は決めてある。

 わざわざ観光の中心地から離れて、少し寂れた場所にあるモーテルを目指す。


 周囲に展開する東ベルリンは、西ベルリンとは明らかに色彩を異にしていた。

 灰色。モノクローム。そんな言葉が浮かぶ。

 東ドイツで採掘される褐炭かったんは、西ドイツで採れる石炭よりも質が悪い。街中に噴き上げる黒煙のせいで、街並み全体がすすけて黒ずんでしまうという。

 

 西側の伸びやかな空気とは違う。硬質な風景が流れていく。

 ここは、何かあればすぐにシュタージに拘束される国。


 KGBの目もあるかもしれない。

 マックレーによると、モスクワでは無線受信機でKGBの無線を傍受し、今監視がついているかどうかを確認するそうだ。

 無線機の類を持たない今は、誰が見ても怪しくない、ごく普通の留学生兼観光客の顔を続けるしかない。


 東ドイツの国産車、トラバントがガタガタと不快な音を立てて通り過ぎる。

 クオリティは西側に比ぶべくもないが、ここでは車といえばトラビ(トラバントの愛称)がスタンダードだ。

 生産能力が低く融通の利かない国営工場で生産される国産車は、注文してから十二年は待たされるという、西側では考えられない悪評で知られている。

 あまりに質が低いため、折賀の時代には生産されていない。走行も制限されている。


 ここは東ドイツ。

 折賀は気を引き締めた。


 この地で、この国で。

 今、一大救出劇が幕を開ける。


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