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コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!  作者: 黒須友香
外伝『もうひとつの最終決戦〜四十年前のスパイ〜』
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REISE3 猟犬、交渉の現場に挑む(1)


 ロディが乗ったバスが走り去るのを確認したあと、折賀おりがは公衆電話へ向かった。グレンバーグに電話をかけるためだ。


 電話に出たグレンバーグの妻は、折賀が告げた「ラングレー」の一言ですぐに夫を呼んだ。

 代わって電話に出たグレンバーグ本人を、家の外まで呼び出すのはたやすかった。


 ロディの父親、ウィンダム・ハーツホーンの名前さえ出せば。


 街に不案内な折賀は、グレンバーグに会合を果たす場所を指定してもらった。

 素性も目的もわからない相手と、まさに進行中の問題の渦中にある人物について話をするのに、相応しい場所とはどんな所か。


 行ってみると、そこそこ人が入っていくステーキハウス――の入り口が見える、半分明るくて半分暗い街角だった。


 夕食に訪れるのは主に家族連れか、友人同士か。

 こちらからは店と周辺がよく見えるが、他人からは、二人の顔は暗がりではっきりとは見えない位置にある。

 賑やかすぎず、静かすぎない。男二人が少し話し込んでいても、不審に思う人間はあまりいないだろう。

 要件の秘匿性と身の安全、両方を加味したうえでの選択。バランスとしては申し分ない。


 折賀にとっては、アメリカ政府情報機関の工作部門の長を務める人物の、お手並み拝見の場でもある。

 対するグレンバーグは、闇に溶け込むようにひっそりと立っている黒髪・黒服の若者を見て、どう思っただろうか。


「ミスター・グレンバーグ。電話したオリガです」


 両手を見せ、適切な距離をとったまま、できる限り穏やかな口調で話す。ただし笑顔や握手はない。

 こちらの感情を悟らせず、あくまで裏側のビジネスの交渉に来た印象を与えるために。


 そう――これは、彼が初めて単独で重要なポストにある者との交渉にのぞんだ瞬間だった。


 アティースは、いずれ国際情報官を目指すであろう折賀に交渉の現場を見せるため、彼を連れてCIA本部(ラングレー)へ飛んだことがある。

 図らずも、その交渉の初の相手が、並行世界のアティースの祖父となったわけだ。


「きみは……まだ学生のようにも見えるが、何者だ? 『彼』の件をどこから聞いた?」


「ロディから、と言えばわかりますか」


「あの子の友達なのか」


「いえ」


 折賀は、ここであえてゆっくりと息を吸った。


「ロディに依頼された者です。ミスター、俺は彼の父親を救出しに行くつもりです」



  ◇ ◇ ◇



「…………」


 さすがに二の句が継げなくなったらしい。


 絶句したグレンバーグに向けて、折賀は慎重に、かつ絶え間なく自分の持つ情報と目的を開示していく。


「父親・ウィンダムが外国で捕らわれたのは知っています。CIA(エージェンシー)が関与を認めていないこともわかっています。俺はCIA(エージェンシー)の末端に身を置いた者ですが、今は無関係です。報酬もいりません。非公式で救出に向かえるだけの情報と手段をもらえませんか」


 何を言ってるのだ、こいつは。正気の沙汰とは思えない。

 そんな感情が、グレンバーグのこわばった表情から見え隠れしている。


 つまり、グレンバーグにはそう思うだけの情報がある。おそらく、ウィンダムが監禁されている場所の目安も。


「多くの人員はいりません。ただ、現地での案内人と、移動や宿泊、食事などにかかる一通りの費用をお願いします。今無一文なので」


「きみ、国籍は? 身分証を見せてもらえるか」


「身分証はありません。ここへ来ること自体が、俺にとっては極秘任務です。作戦を実行してもらえるなら、必要なだけ身元を明かします」


 グレンバーグは顔をしかめた。

 怪しすぎる。これだけ大きな話を振っておきながら、偽造の身分証すら用意していないのか。

 だが、青年の態度のすべてに揺るぎない自信と熱意、使命感のようなものが感じられる。作戦の有無に関わらず、一度きちんと身元を確認しなくては――。 


「なるほど……だが、そんなに簡単な話じゃないんだぞ」


 それは折賀に対してだけでなく、自分に対しても言っているようだった。

 グレンバーグの中で、未確認情報のかけらが渦を巻いている。工作部門のトップとはいえ、そう簡単に情報と思考を整理できるわけがない。

 話しながら、少しずつ整理してもらうしかなさそうだ。


「それは、あなたのCIA(エージェンシー)での立場の話ですか。それとも具体的な救出プランの話ですか」


「……両方だ」


「さっきも言ったとおり、最低限の人員で、非公式で。あなたならできるはずです」


 CIAでは、たった今も、公式記録に残らない極秘作戦が世界中で展開されているはず。

 それらを掌握しているのが、ほかでもないこの男、グレンバーグなのだ。


「あと、俺の能力ですが。訓練施設ザ・ファームでひととおりの訓練を受けています。武器は必要ありません。丸腰でどこへでも行けます。不安があるなら、どこかにテストの場を設けてください」


「…………」


 黒服の若者を前に、グレンバーグは束の間の逡巡を味わった。


 この青年。暗がりで、ときおり離れた街灯の光を拾って金色に輝く瞳は、しなやかな獣を思わせる。

 外見年齢にそぐわない落ち着きは、これまでに相応の経験をくぐり抜けてきたように見える。

 嘘をついているようには見えない――が、そう見えながら嘘をつくのがこの世界なのだ。


 テストは順当かもしれない。どちらにしても、この場で話を進めるのは性急すぎるだろう。

 グレンバーグは、数秒の間にそう結論づけた。


「わかった。今日はこれ以上長居できない。明日、改めてきみの能力や適性をテストさせてもらう。訓練施設ザ・ファームの一室を借りておく。詳しい話もまた、そこで聞かせてもらおう」


「わかりました。ただ、その前にひとつ問題が」


「なんだ」


「先に言いましたが、無一文なんです。野宿するしかないなら、あなたの家のそばで寝てもいいですか」


「…………」


 グレンバーグは黙って財布を取り出した。



  ◇ ◇ ◇



 おそらくグレンバーグは、過去にCIAに関わった者・訓練施設ザ・ファームの門をくぐった者の中から折賀の痕跡を捜そうとするはずだ。むろん、そんな記録はどこにもない。


 近くのモーテルに宿泊した折賀は、簡単な食事を済ませ、新しい服を買いに行った。

 今まで着ていたジャージは、異次元への往復に加えて片水崎かたみさき病院での激闘までくぐり抜けた、驚くべき戦跡を誇るジャージなのだ。さすがにこれ以上はもちそうにない。


 幸い、この時代は各スポーツブランドが発信するスポーツウェアがファッションとして浸透し始めた頃。動きやすいナイロンの上下ウェアは、街中で着ていてもさほど違和感がない。

 できるだけ、自分の動きをさまたげない、シンプルなデザインのものを選ぶ。どうしても黒を選んでしまうのは、もはやアティースの呪いだろうか。


 真新しいウェアに着替え、小さなナップザックに予備の着替えを詰めて、訓練施設ザ・ファームまでの道のりを走った。

 入場ゲートにはグレンバーグが話を通しておいたので、問題なく敷地内に入れた。


 ざっと辺りを見回す。

 折賀は、「オリヅル」加入前の訓練時代、この敷地内に宿泊していたのだ。


 あのときは常に車で出入りしていたのと、もともとあまりに広大な敷地でほとんど緑しか見えないような場所なので、自分が知っている施設との共通点がよくわからない。

 指定された施設まで、また走る。この辺りには、あまり来たことがないかもしれない。

 施設のロビーで、グレンバーグが待っていた。



 ◇ ◇ ◇



 テストは順調に進んだ。


 工作員に必要な、最低限の知識を問うペーパーテスト。

 決められたフィールドを順番に巡りながらこなす、基礎的なスポーツテスト。


 武器や道具類、各通信機器の使用については今回はパスさせてもらった。折賀の時代とはあまりに違うからだ。

 作戦が決まれば、必要に応じて改めて訓練を受けさせてもらうことになる。


 折賀がグレンバーグを唸らせたのは、やはりスポーツテストと格闘実技だ。

 念動能力サイコキネシスをそうと悟られないように織り交ぜて、人間だということに疑いを持たれない程度に走り、跳び、投げた。どれもが基準値を大きく超え、その場に居合わせた指導教官たちの度肝を抜いた。


「きみはスポーツ推薦か何かを受けていたのか? それだけの力があればオリンピックも夢ではないだろうに、なぜCIA(ここ)に関わったんだ?」


 グレンバーグ自ら差し出したタオルとスポーツドリンクを受け取って、折賀はフィールドの一角にあるベンチに腰を下ろした。


 この本部長に、どこまで話すべきか。


 工作員といえども、すべてを嘘で塗り固めるというのは間違っている。

 本当に必要な嘘だけをつき、あとは真実を伝えるべきなのだ。それが、相手の信用を得ることに繋がる。


「ミスター・グレンバーグ。俺が、どこから来て、なぜハーツホーンに関わることになったのか話します。どうか、聞いたうえで作戦を検討してください」


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