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CODE110 どこにいても、必ずきみの色を見つけだす(3)


 わずかにスピードをゆるめた俺の足は、それでも一瞬も止まったりはしなかった。

 目の前で美弥みやちゃんが悲鳴あげてんのに、行かねーわけねーだろーッ!


 走りながら背中のボディバッグをはずすと、中からタブレットがひょこっと出てきたので


「美弥ちゃん伏せてーッ!」


 思いっきり投げつけた! 美弥ちゃんの腕をつかんでたやつの顔面にクリーンヒット!


 ほかのやつが銃を向けてくる。今度はバッグから双眼鏡が出てきたので、そいつの手に投げつける。

 銃を落として身をかがめたところにノンストップで走り込み、ジャンプしてあごに膝を叩き込む。

 着地と同時に地面の双眼鏡を拾い、別のやつのこめかみにぶつけながら肝臓レバーにミドルキック!


 その間に、折賀おりががローキックと回し蹴りのコンボでひとり沈めていた。まだ訓練受ける前なのに、つえー!


 折賀と目があった。驚いてる。そりゃそうだ。


 一瞬の視線で何かを感じたのか。

 俺は美弥ちゃんの腕を引っぱって「美弥ちゃんこっち!」と走り出す。折賀は別の方向へ駆け出した。


「お兄!」「あいつなら大丈夫!」


 能力使わなくったって全国クラスの駿足だ。この夜道で、やつらに捕まったり撃たれたりするわけがない。


 あいつがおとりになってくれてる間に、俺と美弥ちゃんは学校そばのアパートの敷地に逃げ込んだ。


「あの、あなたは?」


 アパートの外階段入り口に身をひそませたところで、美弥ちゃんが小声で聞いてきた。初めて会ったのに、強く警戒はされてない。よかった。


甲斐かいっていいます。折賀と同じクラスで」


「あ、あの、なんで」


 今の美弥ちゃんの頭は「??」だらけのはず。ふるえてる肩を引き寄せようとして、思いとどまった。あぶねー、初対面じゃん。


「ひゃっ!?」


 突然、美弥ちゃんが跳ね上がって俺から離れた。え、どっか触っちゃった?


「えっ、ひゃー、可愛い!」


 美弥ちゃんの胸元に、二匹の毛玉が飛び込んできたのだ。そういえばずっと、バッグの中に入れっぱなしだった。中から色々取り出して渡してくれたのは、こいつらだったんだな。


 よかった、毛玉効果で美弥ちゃん落ち着いたみたい。きみが作ったぬいぐるみだよ、と言いそうになった。


「詳しいことはあとで。ちょっとの間、静かにしててくれる?」


 美弥ちゃんは毛玉を撫でながら、こくりとうなずく。俺は目を凝らして(甲斐レーダーの照射距離を伸ばして)折賀の『色』を捜した。


 あいつは俺の期待どおりにやつらの注意を引き、スマホで通報しながらまいてしまったらしい。


 パトカーが到着。警察官に事情を説明している折賀のもとへ美弥ちゃんを連れてって、そっと背中を押した。家族の無事な姿を見て、二人の表情に笑みが浮かぶ。


 警察に突っ込まれたら面倒なので、俺は黙ってその場を離れた。


「甲斐」と折賀がつぶやくのが聞こえたけど、聞こえないふりをした。





 二人に能力アビリティは発現しなかった。アティースさんのチームが来ることもない。


 よかったな、折賀。高校、やめなくてすむぞ。

 二日後の文化祭だって、ちゃんと……



 ……なんでだよ……二人にとっていちばんいい結果に向かえたのに、なんで、こんなに胸が苦しいんだ――





  ◇ ◇ ◇





 どのくらい、歩いたんだろう。

 気がつくと、知らない家の前に立っていた。


 家の前には、緑の芝生の庭があって。左側には広いガレージもある。大きな窓の向こうに、あったかな色の明かりが見える。


 その明かりに照らされた、背の高い緑色は――クリスマスツリーだ。

 誘われるように、ふらっと窓に近づいた。


 後ろから一台の車が近づいてきた。シャッターが開いて、ガレージに車が入っていく。

 シャッターが閉まった直後、家の中からにぎやかな声が聞こえてきた。


『パパー!』


『ただいまコーディ!』


 このシーンも、知ってる。音で聴いたことがある。


『見てー、サンタさんへのお手紙書いたの! これ読んだら、サンタさんわたしのバースデイパーティーに来てくれるかなー?』


 そっか……。今度はコーディの家に来ちゃったんだ。

 でも、俺がここに来た意味って?


 ふと横を見ると、いつの間にか知らない人が立ってた。

 茶色の髪の……俺と同年代か、もうちょっと年下にも見える男子。


 彼もまた、まぶしそうに窓の向こうを見てる。

 窓越しに見えるのは、小さな女の子と、男性の広い背中。


「えーと……こんにちは……?」


 おそるおそる、声をかけた。

 名前をくと、たった一言、「ロディ」と。


 そっか……。それで、じっと窓の向こうを見てるんだ。


「見てるだけで、いいの?」


「……うん。僕は、あそこへは行けないから……」


 消え入りそうな声で、うつむいた彼。


 不思議な光景だった。

 大人になったハーツホーンを、まだ少年のハーツホーンが見てる。


 ハーツホーンが手に入れた時空能力が、こんな絵を生み出した。

 この場面には、どんな意味があるんだろう。


 そのとき、背後からもうひとり近づいてきた。


「甲斐」


 よく知ってる声。黒ジャージに半長靴はんちょうか。ゆるぎなく力強い、ダークブルー。


 俺が知ってる折賀が、そこにいた。



  ◇ ◇ ◇



「折賀……」


「また来ちまったのか。待ってろ、って言ったつもりだったんだが」


「……ふざけんなよ。お前が『色』を観測しろって言ったんじゃん。観測したら、お前の『色』が見えたから来ちゃったんだよ! 悪いか!」


 なんの遠慮もなく、ぽんぽんと文句が出てくる。

 これが、「今」の俺とこいつの関係。


 でも。

 もとの世界に戻ったら、たぶん、この関係はなかったことに――


「……どうした」


「俺さ……ここへ来るまでに、色んな場所へ飛ばされたんだ。全部、俺が知ってる過去の世界だった。


 まだ小さいハレドが、ルワンダで腕を斬られそうになってた。俺、無我夢中で助けちまったんだ。

 だから、ハレドは腕を斬られない。能力アビリティの発動もない。


 知らない病院で、医師が赤ん坊を落としそうになった。俺は思わず駆け出して、その子が落ちる前に受けとめた。

 たぶん、あれはハムだ。あのとき、発現しかけていた能力アビリティも消えたと思う。


 そのあと、片水崎かたみさきの小学校前に行った。高校の制服を着てるお前と美弥ちゃんに会った。

 二人が『(アー)』のやつらに拉致されそうになってたから、飛び込んでって美弥ちゃんを助けた。

 お前も美弥ちゃんも、拉致されずに済んだ。だから、能力アビリティを発現、しなかったんだ……」


「甲斐」


「俺、みんなの過去を変えちまったんだ! お前には、あの夜に俺と会った記憶なんてないだろ? 俺が介入したから、お前も美弥ちゃんも、あのまま無事に高校生活を送ったことになったんだよ。『オリヅル』とも無関係だ。だから、片水崎に帰ったら、きっともう、お前とは――」


「甲斐。落ち着け」


 折賀は俺に向かって手を伸ばした。たぶん、肩に触れようとした。

 でもすぐに、その手を引っ込めた。


「甲斐。過去へは行けない。過去は、変えられないんだ」


 ――え?


「過去のすべてがあるから、今がある。すべての事象、経験、感情、決断――それらの積み重ねがあるから、今の俺たちがある。そのどれが欠けても、俺たちはここにはいない。つまり、お前があちこちへ飛ばされることもない」


「…………」


 じゃあ、あれはなんだったんだ……?

 

「俺のやったことって、全部なんの意味もなかったのか?」


 全身から力が抜けた。思わず座り込んだ俺の前で、折賀もかがんで、もう一度俺の方に手を伸ばそうとした。でも、手を下ろした。


「俺、これでハレドが死なずに済むんじゃないかって……ハムも、普通の人生送れるんじゃないかって、思ったんだよ。結局なんも変わんないんだな」


「残念だが、そうだ」


「これで、お前も美弥ちゃんも、普通の高校生として生きていけると思った。高校やめなくてもいいし、きつい訓練だってしなくていい。そのためなら俺、二人との関係が変わってもいいと思った。


 ――そんなこと、なかった。

 結果は変わんないのに、二人はやっぱり能力アビリティ発現して、つらい人生を送ることになんのに。俺、正直、ほっとした……


 カッコつけただけだったよ。俺、やっぱり今を変えたくない。

『オリヅル』に来て、色々ひどい目にも遭ったけど、なかったことになんてしたくない。よかったことも悪かったことも、全部、今の俺の中に生きてるんだ……」


「甲斐」


 こんなときだから、だろうか。こいつの呼びかけが、いつもよりずっと優しい声に聞こえる。


「俺たちの過去は変わらないが、どこかの世界には、お前の手で救われたやつがいるかもしれない」


「どこかの、世界……」


「イーッカさんが言ってたな。並行世界ってやつだ」


 並行世界。イーッカさんは確か、装置を使って色んな世界へ行き来する方法を研究していた。ある程度確立もしていた。

 そのイーッカさんが欲しがるくらいだから、やっぱ時空能力ってすごいんだな。


 そういえば。あのときハレドを斬ろうとしてた男は、ハレドの親戚のニコルさんじゃなかった。やっぱ、俺の知ってる過去と少し違う。


 どこかに、きっとハレドが生きている世界がある。

 そう思うと、少し心が軽くなった。


「甲斐。家族に向かってカッコつける必要なんかない。自分が思ったとおりのことを言ってくれればいい。お前は今まで家族にわがままを言った記憶もないんだろ。少しは家族に甘えるってことを覚えたっていいんだ」


 家族。

 折賀の優しく深い言葉に、今ごろになって実感が押し寄せる。


 俺が助けようと飛び込んだのは、元クラスメイトでも、チームの仲間でも、相棒でもない。


 家族、なんだ。


「だから、お前は帰るんだ。もとの世界へ。

 俺たちは、きっとまた会える」


 え。


「なに、言って……会えたんだよな、俺たち……?」


 心の奥が、ざわつき始める。


「お前も、帰るんだろ?」


 折賀に向かって、手を伸ばす。折賀は首を横に振って、俺の手を下ろさせた。


 そういえば。

 俺は「彼」をもう一度見た。少年の姿をしたハーツホーン。父親になったハーツホーン。


 今ごろになって気づいた。俺がいる側と、折賀がいる側。少年ロディがいる側と、父親のハーツホーンがいる側。


 俺たちの間に、世界の裂け目がある。

 二つの世界は空気が違う。空の色が違う。

 二つの世界の間には、ざっと見て三十年ほどの隔たりがある。


 折賀が、何度もこっちへ手を伸ばそうとしてやめた理由がわかった。


 やっと、会えたのに。

 やっぱり、俺はお前に会えないのか……?


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