CODE8 黒き風、七つの極彩色を吹っ飛ばす!(2)
昼間は入院患者や見舞客たちの憩いの場になっているであろう中庭は、面会時間を過ぎた今、街灯の明かりもあまり届かず全体的に薄暗い。
中庭を囲むように植えられている常緑樹の葉に紛れて、彼女の「黒」が俺たちを注視する。
こう暗いと、確かに俺の目がないと折賀には敵の居場所がわからない。
急に思いっきり手を引っぱられて、俺の体は地面の上に勢いよくダイブした。
わけもわからず身を起こそうとすると、今度は頭を地面に押さえつけられた。
「ブガッ、何すんだよ!」
「伏せ」の姿勢のまま上方を見ると、折賀は俺の頭を押さえながら、片膝を地につけた姿勢で木の陰に身を隠している。
折賀の視線をたどって敵の方向をうかがおうとすると、折賀のそばを何か小さな物がいくつもかすめて地面や木の幹に突き刺さった。
よく見ると、矢だ! ダーツに使われるような小さな矢。
一体何を使ってこんなに勢いよく飛ばしてるのか、矢はひっきりなしに俺たちを狙って飛んでくる。
「向こうが飛び道具で来るなら、こっちも撃つしかねーな……」
折賀の口から、ただの男子とは思えん不穏な言葉が出てきた。
「え、お前武器持ってんの?」
「持ってねえけど、『撃ったつもり』で能力の距離を伸ばすことはできる。まだ実験段階だけどな」
折賀は俺の頭から手を離すと、片立膝のまま両手を動かし、脚の方向を変え、少し身をかがめて――本当に、まるでライフルでも構えているような姿勢になった。
あ、これ、エアギターならぬエア銃だ。エアガンと呼ぶと別物になっちゃうけど。
「甲斐、早くどっか触れ」
「えぇ? どっかってどこだよ!」
「どこでもいいから早くしろ!」
地に伏したままの俺にとんでもねー無茶ぶりが来た!
触れったって、服の上からじゃダメなんだし、今俺の手が届くのは……やつの足だけだ。
「足触るぞ! 怒んなよ!」
仕方なく、やつの立ててない方の足のズボン裾をまくって、靴下の中に指を突っ込む。
――……。
まるでサバゲ―ごっこに興じるミリオタみたいに「見えない銃」をガチでカッコよく構えちゃってる折賀と、その足元に這いつくばって、男の靴下の中に指を突っ込んでる俺……。
考えるな、甲斐! 今「素」に戻ったら負けだ!
必死に自分に言い聞かせながら顔を上げると、折賀が構えているのは「見えない銃」じゃなかった。
白っぽい、かなり薄い色だけど、見える。形状が確かにライフルだ。
直接触ったときだけ、折賀の思念イメージが見えるからか。
折賀の『色』が一気に鋭さを増す。
暗闇の向こうに浮かぶ、闇よりも黒い靄に向かって、ダークブルーが狙いすましたように距離を伸ばしていく。まるで『色』そのものが、獲物を狙い定めるポインターであるかのように。
瞬間。折賀の体が振動した。
たぶん、やつは本当に「撃った」んだ。
自分の見えざる能力を銃弾に変えて。
闇の向こうにいる相手に向けてまっすぐに、狙いを外すことなく。
虚空を切り裂いた、一筋の白銀の光。あくまでも冷静なままの折賀。
それに向こうの黒い靄の動きで、今何が起こったのか、俺にもかろうじて理解できた。
「当たったと思う。位置は特定できた。お前はここにいろ」
折賀はさっと立ち上がると、今まで盾にしていた木の陰から風のように飛び出していった。
――え? 狙撃フェイズってもう終わり?
思ったより地味だなー。
一瞬きれいな白銀が光ったけど、その『色』は俺にしか見えんし。音も動きもほとんどなく、わずかな振動があっただけ。
異能バトルにつきものの、ド派手なエフェクトを忘れてるぞ。
まあ、その方がガチ戦闘には絶対有利なんだろうけど。効率重視の折賀らしいといえばらしい、か。
そういやあいつ、俺なしでひとりで飛び出してって大丈夫か?
身を起こして木陰から顔を出そうとすると、またも飛んできた矢が顔のすぐ横に刺さり、冷や汗をかいた。
あれ、この矢って……。
木の幹に刺さったそれを手に取ると、俺も折賀を追って木陰から飛び出した。
◇ ◇ ◇
風よりも速い空気の刃が、木々の葉を揺らして宙に巻きあげる。
葉っぱの音を頼りに折賀を追いかけると、頭上で何かの衝撃音が響いたあと、いきなり上空から二人が同時に落下して着地! 空中戦やってたのか!
折賀が睨むと、女ピエロの体がありえない速度で宙を飛んだ。
が、どこかに叩きつけられるより先に、彼女はかろうじて身を捻って足から着地。
そこへ折賀が飛び込み、今度こそ勝負を決める、ように見えた。そのとき。
「スト――――ップ! 美仁さん、ストップです――――!」
急ブレーキをかけた折賀の靴が、砂塵をあげながら耳障りな音を立てて歩道の上を滑り、やっと動きを止めた。
声のした方を見ると、現れたのは短めの金髪を揺らした小柄な少女。
髪の色と同じような黄色の空気を振りまきながら、なぜか黒のパンツスーツを着ている。外人さんだ。
その女の子に、折賀はいきなり容赦のない怒声を浴びせた。
「遅えぞ! 話が違うだろ! お前らの警護体制はどうなってんだ!」
ひえぇ、とおののきながらも懸命に説明を始める女の子。
「その人は、今日から私たちの仲間になる光和さんです! 一度だけ仕事でご一緒したことありますよね? ボスの指示で、彼女にはしばらく前から『万華☆教』という宗教団体に潜入してもらってました! 彼女に美仁さんたち三人を襲わせたのも、ボスの指示なんです!」
え、どゆこと? この人たち、折賀の仲間?
俺たちの目の前で、今までピエロだった女性が、顔からマスクをはがし始めた。シートマスクのような物にピエロメイクがすべて描かれていたらしく、はがしたあとに現れたのは、凛とした強い瞳を持った、きれいな肌の女性の顔。
「光和世衣です、よろしく。美仁くん、久しぶりだね」
「あんたか……。今の茶番は何だったんだ?」
「ボスに、そこのお兄さんの能力を測定するように言われたんだよ」
黒い瞳がまっすぐに俺を見る。
え、お兄さんて俺のこと?
「美仁くんもだいたいわかったと思うけど、彼は本物の『能力者』で、クラスは『シーガル』だね、たぶん」
「シーガル?」
思わず口に出すと、世衣と名乗った推定二十代中ごろのお姉さんは、俺に向かって丁寧に教えてくれた。
「私たちは、世界の能力者たちを能力種別ごとにクラス分類してんの。『カモメ』ってのは、能力の種類が『人体に即危険を及ぼすことはない』もので、かつ『自分の意志で制御できない』もの、ってこと」
「へえ、そんな分類が……。それで折賀、この人たちって?」
質問をふると、折賀はため息をついて答えた。
「あー、こいつらは、世界の能力者どもを捕獲」
「保護、です!」
「……して、拉致って監禁」
「同行・警護、です!」
「……する、謎のスパイ組織だ。俺はそこで工作員をやらされてる」
「情報組織、です! もーなんなんですか美仁さん! ボスが普段から不穏な単語ばかり使ってるからって、影響受けないでください!」
金髪の女の子が、折賀の発言にツッコミながらプンスカ腹を立てている。
その可愛らしい様子と物騒な会話とのギャップに、俺の頭がますます情報処理不能に陥りそう……。
とりあえず、折賀は人を絞めあげたり吹っ飛ばしたりする能力の持ち主で、この人たちは超能力関係の組織の人たちで。しかも折賀がそこで働いているらしい、ってことはわかった。
でも、なんで俺のことまで知ってんの?
美弥ちゃんに出会うまで、ステルス全開で絶対誰にもバレないようにしてきたのに。
「あのサーカス団のことは何かわかったのか」
「まあ、いろいろとね。これから全員連行して絞めあげるから、さらに面白い話が聞けるかもよ」
――やっぱ物騒だった!