CODE103 時空能力覚醒! 片水崎、最終攻防戦!(1)
「ちょっとこれを見てくださいー!」
イーッカさんにモニターを見せてもらった。
彼がこの世界に渡ってからひらめいてしまったという、別世界の映像を映し出すことができるモニターだそうだ。
「これも瞬間移動装置のログがもとになってますー。つまり、装置で移動したことがある場所なら映し出せるんですー。どういうシステムなのか全然わかりませんけどねーっ」
そこに映し出されていたのが、俺たちのホームタウン・片水崎の――
「病院だ!」
折賀の『色』が瞬時に燃え上がる。
何度も通った、片水崎総合病院の外観が見える。でも映像が、まるでむりやり撮影された特撮のようにあまりにも不自然だ。
ひとつは空。見たこともないような、夜の色とも違う漆黒の闇がうごめいている。
もうひとつは、そこにいる人々。病院関係者でも患者でも見舞客でもない。白とブルーの大型装甲車がバリケード状にずらっと並び、その前を移動しているのは、黒ずくめの戦闘装備に身を包んだ面々。短機関銃を構えた、その姿は――
「こいつら……特殊部隊か! 病院で何があった!」
血相を変えた折賀の目が、なぞるようにモニター上を追う。
訓練された迅速な動き。本来は一般人を守るために出動するはずの日本警察が、一般人には目もくれず、病院内へ次々に突入していく。
入り口で止めようとした病院スタッフは、乱暴に押し戻されて床に倒れ込んだ。
その先の奥の様子は見えないけど、俺の目には上へ上へと駆け上がっていく隊員たちの『色』が映し出された。
「折賀、こいつらって」
「ハーツホーンが操ってるんだ。イーッカさん、この映像の日時は?」
教えてもらった日時は、俺がラングレーの地下へ突入してから五時間ほど後だった。
つまり、アティースさんたちはまだアメリカで、片水崎の病院にいるのは――
「俺たちをこの場所へ転送してくれ!」
美夏さんだ!
あと、護衛をしてくれてるはずの、世衣さんと森見先生。樹二さんの息がかかった病院スタッフたち。
「こ、こっちへ来てくださいー」
おどおどしながらイーッカさんが案内を始める。俺と折賀があとへ続く。
さっき俺が寝てた、装置がずらっと並んだラボのような空間。自動扉をくぐると、どうやらさっきは天井だと思っていた場所から入ったみたいだった。
◇ ◇ ◇
「ここから転送することができますー。この装置は、僕がこの世界へ来てから開発した物でして、人体への悪影響もなく、任意の場所へ瞬間移動が可能ですー」
イーッカさんは、一呼吸おいて、強い決意を秘めた視線を俺たちに向けた。
「お二人にお願いがあります。あなたたちがここまで来るのに使った装置は、もう二度と使わないでください。ていうか、破棄してください」
破棄。完全に破壊。施設への突入前、アティースさんが言ってた。
「俺たちの上司は破壊したいと言ってました。俺たちの世界に、今あるべき物じゃないって」
「そのとおりですー。こっちは見てのとおり科学がずっと進歩してまして、装置の研究も自由にやらせてもらってますー。でも、あっちでは悪用されるし、体は損壊するし。いいことないでしょー?」
損壊……。何度も使ったコーディは大丈夫だろうか。
「破壊したら、そっちからこっちへ来ることはなくなりますねー。こっちからは行けますけど、まあ、やめときますー。つまり、僕はずっとここにいるつもりですー」
イーッカさん……。
確かに、もとの世界よりも、こっちにいる方が彼は幸せそうだ。
世界に見合わない力を持ってしまったために、世界にいられなくなった人。
「こっちは医学も進歩してますー。装置を使って体悪くした人のために、あとで有効な治療法のデータを送りますねー。アディラインさんもこっちへ残りますから、まあ、それでほんとにお別れですね」
そうか……。彼女はもう、ほんとにコーディには会えないんだな。
しんみりした空気の中、上目遣いのイーッカさんがねだるような声を上げた。
「もひとつお願いがあるんですけどー。ミスター・ダークマターも、ここへ置いてってもらえませんかー? 彼自身はきっとわかってないでしょうけど、重力と反重力を操る奇跡の体なんですよー。でももとの世界では生きづらいでしょー? こっちにいる方が、たくさんの研究、たくさんの人の役に立てると思うんですけど、どうでしょー?」
ハムを忘れてたーー。
まだ装置の中で寝てる。起こして今の話を伝え――るまでもない、か。
「彼には、帰りを待ってる人たちがいますから」
三姉妹の心配そうな顔が浮かぶ。
ハムはちゃんと、誰かの助けになっている。彼の居場所はあそこなんだ。
ハムに近づき、透明な装置の、彼の顔の近くをコンコンとノックした。
ハムはゆっくりと目を覚ますと、俺と折賀を見て、またイケメンな微笑みを浮かべた。
「ああよかった。きみたち、ちゃんと会えたんですね」
◇ ◇ ◇
イーッカさんが装置を作動させている横で、折賀がこっちを見た。
「病院にいる能力者は母さんだけだ。ハーツホーンは母さんを捕らえて、能力者をさらに増やすつもりかもしれない」
「まだAを存続させる気か?」
「やつと部隊は俺がぶちのめす。お前はやつの居場所を特定してくれ。あと空の様子がおかしかったが、お前何かわかるか?」
「おそらく、場の重力を操作し、病院全体を封鎖してしまったのでしょう」
アディラインの声。彼女はたおやかな立ち姿のまま、ゆっくりとラボの壁面を歩み寄ってきた。
「ラングレーには、装置が二台あったのを見ましたか。稼働していたのは片方だけ。ハーツホーンは二台目を分解し、部品を外部へ持ち出して他の科学者に分析させたのです。装置には重力と反重力を制御するためのパーツがあり、取り出せば任意の場所の重力を自在に操作できてしまうと考えたのでしょう。早く行かないと、場の時空が著しく歪んでしまいますね」
「大変だ! 早くしないと!」
叫ぶ俺の横で、折賀は耐えるように目を伏せる。何も言わず、ただ体内に力を蓄積するかのように。来るべきときに、大切な人たちを守れるように。
「守るべき人が、『アディライン・プログラム』に侵されてしまうかもしれません。そのときは、どう対処しますか」
「…………」
折賀は無言のままアディラインを見る。
たぶん、そのときはまた相手の血流を操作して失神させるつもりだろう。
でも多数がいっぺんに動いたら、血流操作などの繊細なコントロールはできなくなる。いくら折賀でも、そんな操作と並行して本職の特殊部隊を相手どるのはきつい。
そんな思考が、無言のうちに錯綜したのかもしれない。
アディラインは、深い色を称えた瞳で折賀を見上げた。
「『アディライン・プログラム』を打ち消すプログラムをお渡しします。この世界へ来てから、イーッカと二人で開発しました。いつか、役に立つときが来るかもしれないと。ただ、完成したばかりで試験などはまだ……。それでもかまいませんか」
俺たちは黙ってうなずいた。
『アディライン・プログラム』と、装置のパーツによる重力制御。それに多数の人質。
今のハーツホーンは危険すぎる。でもやるしかない。
設定が完了し、運転を開始するときが来た。折賀は俺とハムを順番に見て、それからあとの二人に視線を向けた。
帰る者と、残る者。
能力ゆえに、二人は世界を追われた。
俺たちは、これからも能力を抱えながら生きていく。
たとえ世界に受け入れられなくても。
美弥ちゃんたちがいる、片水崎がある世界が、間違いなく俺たちの居場所なんだ。




