CODE98 「ラングレー地下迷宮」を突破せよ!(6)
「みなさんのおかげで、無事に紫鈴を助け出すことができました。ありがとうございます」
白衣のすそを引きずりながら、ハムがぺこりと頭を下げた。
アティースさんが前へ進み出て、順番にハムと紫に視線をあわせた。
「范紫鈴、きみにはまだ聞きたいことがある。質問が済んだら外で待ってる姉妹のところへ送り届けるが、協力してもらえるか」
「……なんじゃ」
紫は上目遣いで身構えている。
彼女は自分が何を手伝わされているかもわからないまま、「A」の優秀な研究員として数々のメンテ作業などをこなしていた。まだ、気持ちの整理ができていないはずだ。
「『アディライン・プログラム』とはなんだ」
ついさっき、テオバルドさんが現れたときに俺が初めて聞いた言葉。
当のテオバルドさんは今、エルさんにケガの応急処置をしてもらってにこにこしてる。
紫がハムを見ると、ハムは黙ってこっくりとうなずいた。紫は、やっと心を決めたように話し始めた。
「アディラインの催眠能力をデータ化して、本部のスパコンに格納したものじゃ。一度データを受信した相手なら、こっちの操作でいつでも指示を上書きして送信することができる」
「能力の、データ化……」
「彼女の催眠能力データは、彼女の『声』にすべて詰まっておる。つまり、声紋を解析してプログラミングすれば、彼女以外の誰でも、端末で催眠と同等の操作ができるというわけじゃ」
「きみは、それがどういうことかわかっているのか……?」
「この子を責めないでください」
渋面を作るアティースさんに、ハムがかばうように割って入った。
「僕もつい最近知ったんですけどね。この子にはもともと才能があったのに、酷な生い立ちのせいでずっと勉強もままならなかったんです。それが、ここへ来て『科学能力者』と出逢ったことで、やっと才能を開花させたんですよ。好奇心の方が勝ってしまっても責められないでしょう」
「『科学能力者』――『瞬間移動装置』の製作者のことか。『アディライン・プログラム』を確立させたのもそいつか」
「らしいですね」
瞬間移動装置の製作者。異次元だかどっかに転移して、肉片になっちまったって、フォルカーが言ってた。
「ひとまず質問を終える。外で待ってる姉妹のところへ行くといい。ただ、何かあったときのために通信には出られるようにしておいてくれ」
矢崎さんとエルさんが、紫とテオバルドさんを外まで送っていくことになった。
紫は、美弥ちゃんが抱いてるケンタを名残惜しそうになでたあと、
「いろいろありがとなー」と、俺の頭までわしゃわしゃしていった。
「あなたはどうする」というアティースさんの問いに、ハムは俺の背中を軽く叩いて答えた。
「僕は彼と一緒に行きますよ。彼の相棒を一緒に助けに行くって、約束しましたから」
◇ ◇ ◇
アティースさんは彼女の父親・グレンバーグ情報本部長に連絡をとっている。
誰かが外部からアディライン・プログラムを発信した。その発信元を割り出すためだ。
「私も一緒に行かせてくれ」と、笠松さんがふらふらしながら申し出た。大丈夫かよ。
美弥ちゃんも心配そうに父親を見上げている。
「お父さんは戻った方がいいよ。甲斐さん、さっきお父さんもプログラムの影響でおかしくなりかけたの。とっさに自分に能力をかけて……十秒くらいだけど、自分で自分を昏倒させちゃって。まだ本調子じゃないの」
「ああ、美弥の言うとおりだ。しかももう能力は使えない。年のせいか、お前たちより限界が来るのが早いんだ。それでも何かの役には立ってみせる」
「またプログラムが送られて来たらどうするの?」
「だから、彼らに来てもらうんだ」
笠松さんは、少し離れたところに立ってるフェデさんとミアさんを指し示した。気づいたミアさんが、俺の方に近づいてきた。
「『声』で人を操るという点は、私たちもアディラインと同じ。この能力を解明できるならしてほしいし、できれば能力自体を消す方法を生み出してほしいと思ってる」
「能力を、消す……? そんなことができるのかな」
「さあね。少なくとも今は、アディラインの能力に対抗できるのは私たちぐらいだし。二人で思いっきり歌うためには、組織をぶっ潰さないとダメなんだって、やっとわかった。だから協力させてもらう」
「待たせたな。そろそろ行こう」
アティースさんの声が響いた。
俺たちは、再び最下層を目指す。
◇ ◇ ◇
紫は、無事に姉妹と再会を果たしたらしい。
通信機ごしに「ですわ」と「アルヨ」がキンキン響いてきた。再会できて何より。
紫の指示で、俺たちは地下三階へ続く階段を降りていった。
また迷宮トラップが発動して階段が消えそうになったが、その瞬間を美弥ちゃんがとらえ、階段が動かないように固定した。美弥ちゃんの能力、ほんとにすごい。万能だ。
でも、なんで?
息を止めて集中してる美弥ちゃんの肩を支えてるのが、なんで俺じゃなくてタクなの?
「だって俺、美弥ちゃんのトップサポーターになったんだもーん。仕方ないじゃん」
「都合いい暗示能力だな。お前は上へ戻って亀山おっさんの肩でも抱いてろよ。てかその役、俺じゃダメなの? ねえ?」
「んーと、ごめんね甲斐さん。甲斐さんだと、照れちゃってちょっと集中できないかも」
ガクッ。でも、頬を上気させて一生懸命活躍してる美弥ちゃん、カッコ可愛くて困る。
◇ ◇ ◇
地下三階。真っ暗な中、まずはケンタとガゼルに偵察させる。
二匹が廊下を進むと、センサーが作動したらしく。一気にパパパッと廊下の照明がつき、さらに、何やらガシャンガシャン! とけたたましい機械音が響いた。
音があっという間に加速する。今度は人型に近い二足歩行のロボットらしき物たちが、長い二本のアームを振りかざしながら何機も突進してきた!
折賀なら、また自分自身に能力をかけて機械の中を飛んで暴れ回っただろう。
でも、今回は。美弥ちゃんの敵ではなかった。
俺たちに向かってアームを振り上げた瞬間。
その形状のまま、ロボットたちはきりきり舞いしながら数十メートル先へ吹っ飛んでいった。
◇ ◇ ◇
地下四階。どうやら食堂があるらしく、ケンタとガゼルがにおいにつられてすっ飛んでってしまった。お前ら、ぬいぐるみだってこと忘れてる?
仕方なく二匹を追ってくと。今度は高さ二メートルほどの、食事を運ぶ自走式カートのようなものが十台以上、いっせいにこっちへ向かってガーッと滑走し始めた。食事の到着を知らせる、心躍る音楽を鳴らしながら。
ここではこんなものまで侵入者対策にかり出されてんのかー!
仕方なく全部吹っ飛ばした美弥ちゃんは、「いつもお食事を運んでくれてるのに、ごめんなさいっ……」と、すまなそうにつぶやいた。
食事の配膳から戦闘まで。マルチタスクにこき使われてんのかと思うと、他人事とは思えない俺だった。
◇ ◇ ◇
そして――いよいよ地下五階。
階段にさしかかろうというとき、突然、空気が大きく振動した!
「うわッ!?」
まるで脳に何かのエネルギーをぶつけられたみたいだ!
施設自体と自分の脳、両方が大きく揺さぶられて捻じ曲げられたみたいな感覚!
「うぅ、きっつ……何だったんだよ、今の……」
ようやく揺れが収まったとき。周りを見渡すと、ハム以外の全員が階段のそばで頭を抱えてうずくまっていた。
「美弥ちゃん、大丈夫?」
「うん、ごめん……今のは、わたしじゃダメだったみたい……」
「謝ることないよ。幸い誰もケガしてないし」
地下三階以降、人間の敵がひとりも現れないのは、さっきの衝撃波と無関係ではないんだろうな。
気を取り直して。
ケンタたちに偵察させ、そのあとに銃を構えたアティースさんとみんなが続く。
この階は、最初から照明がフルについているようだった。真っ白な壁の色に反射して、眩しすぎるくらいだ。
またも現れた珍妙なフォルムのロボットたちが、長すぎる脚で廊下をガシャガシャ跳んでくる。長いアームを横なぎに振りかざし、壁面ごと俺たち全員を削りとろうとするが、美弥ちゃんに簡単に撃退されていく。
細く鋭い音をあげて、ドローン隊までギュンッと飛んできた。全部で五機。空気を裂く音をかき消すように、レーザー光線まで撃ってきやがった!
壁面や天井が抉られるのもお構いなしだ。周囲を破壊しながら高速で迫る機体にも、美弥ちゃんはひるまなかった。タクに支えられながら、手をかざし、能力を集中。
五機の機体は方向を転換し、同士討ちを始めた。アッと言う間に全機撃墜。
美弥ちゃんの鮮やかな手並みに、チーム内から自然と拍手が沸いた。
◇ ◇ ◇
先へ進むと、廊下の先に、やたら大きな自動扉が現れた。
小声でみんなに報告する。
「向こうに、樹二さんがいます」
「美仁は」
目を凝らす。確か、さっきまでは叔父さんのそばに。
ダークブルー。見えない。どこだよ。
頼む、見つけろよ! どこだよ!
「いない、のか」
アティースさんの声に、全員の動揺が伝わる。
「ま、まだわかりません。意識失っただけかも」
誰よりも自分に言い聞かせる。そうであってくれ、頼む。
ここまで来て、無事なお前に会えないなんてごめんだからな!
「行くぞ。開かなかったら美弥、頼む。イルハム、すまないが」
「ハイ。僕が特攻役をやりましょう。どう考えても僕が適任です」
アティースさんが、扉横のキーパネルを操作する。
てっきりロックがかかってると思ったが、意外にも扉はシュン! と開いた。突入だ!
「イルハム!」
合図とともに、ハムがホバーで突入!
攻撃に備えて真っ先に飛び込んだハムは、しかしなんの攻撃も受けなかった。
代わりに現れたのは、数メートル先に再び同じ扉。
もう一度、同じ行動を繰り返す。二枚目の扉も難なく開いた。
ホバーで飛び込んだハムは、そのまま最奥までは行かずにぐるっと旋回!
続いて両手で銃を構えたアティースさんが飛び込む。彼女の鋭い叫びが空気を支配した。
「樹二! 動くな! 美仁はどこにいる!」
俺は扉の外から首を伸ばして様子をうかがった。
部屋はそこまで広くなく、学校の視聴覚室くらい。
奥に、全長二メートル半くらいの、横長の透明なケースみたいなのが二つ置かれている。
その前に、樹二叔父さんが座っていた。椅子はなく、床に直接腰をつけて。
なぜか、血まみれで……。おい、そいつは誰の血だよ!
「やあ、みんなー。よく来たねー」
アティースさんに銃を向けられ、ハムにホバーを向けられている叔父さんは、こんな状況でも乾いた笑みを絶やさない。でも、今までと比べてずいぶんと『色』に元気がない。
「残念ながら、美仁はここにはいないよ。さっきまではいたけどね」
「どこへやった!」
「この中ー」
親指で、背後にある変な機械を指す。透明だからわかるが、中には誰も入ってない。
――まさか!
「これが、きみたちがずーっと探していた『瞬間移動装置』だよー」
「あんた、そいつで折賀をどっかへ送ったのかよ!」
俺が部屋に飛び込むと、叔父さんは「やあ甲斐くん」と、右手をひらひらさせた。
「ほんとは、さっきまで長官もいたんだよ。美仁のあとで、やつもこれ使っていなくなっちゃったけどね」
「どこへ行った!」
「行き先の座標はちゃんとログが残ってるよ。でもねー、残念ながら、もう誰にも美仁を追いかけることはできないんだ」
……嫌な予感がする。心臓が大きく跳ねる。
嫌だ。頼むから、変なこと言うなよ。
「ロディは美仁を、アディラインのところへ送ったんだよ。残ってたログを頼りにね。美仁なら、アディラインを助けられるかもしれないってことでさ。行き先は、まだ誰にもわからない場所。いわゆる、異次元って呼ばれてるとこだけど」
…………
異次元……?
(今は、装置はあるけど、製作者の方はもういない)
(知的好奇心ってやつか? どっかの異次元だか時空の狭間だか、見たくなっちまったらしくてな。自分で装置使って飛んでって、肉片になって戻ってきちまった)
フォルカーが言ってた、あれか……!?
「貴様ーッ!!」
アティースさんが、突然飛びかかって胸倉をつかみあげた。
「美仁を戻す方法を教えろ! さもないと――」
「樹二さん」
俺も叔父さんに近づいた。くたびれたような横目が俺を見る。
拳を、かつてないほど強く、強く握りしめる。このまま砕けてしまっても構わない。体内に取り込んだ息が、俺自身を焼いてしまうほどに熱い。
「あいつが無事に戻ってこなかったら。
あんたも、長官もアディラインも――地獄に落ちてでも、俺が絶対に全員殺してやる!!」




