CODE94 「ラングレー地下迷宮」を突破せよ!(2)
陽が落ちて、ラングレーは完全に闇に包まれた。
施設自体の照明は、各出入り口の小さな電灯を除いてほとんど点いていない。文字どおりの夜間潜入作戦だ。
アティースさんのお父さんが手配したという、本部の急襲部隊が到着。彼らへの指示は、アティースさんが事前に通達し、決行後はジェスさんが遠隔サポートする。
彼らと番犬化した部隊とを識別するため、今回だけの特別な信号が各隊員に向けて設定された。部隊も、俺たち「オリヅル」チームも、この信号に沿って動くことになる。
部隊の役目は、ひとりでも多くの番犬を外へ誘導すること。もちろんひとりも死なせずに、だ。
午後八時ちょうど。
アティースさんは、作戦メンバー全員に向けてゴーサインを出した。
◇ ◇ ◇
鼓膜をつんざくような、ライフルの連続音。いよいよ始まった!
わざと誰もいない空間へ発射される銃弾。どれだけの弾頭が飛び、どれだけの薬莢がまき散らされているのか。
撃ちながら移動する部隊。俺たちも、身を低くしながらその後に続く。
硝煙が目に浸みそうだけど、それ以上にヤバいのが鼓膜へのダメージ。イヤホンは耳栓代わりでもあるんだと、改めて実感。
部隊の隊長が手を伸ばして合図した方向に、俺たち「オリヅル」メンバーは素速く移動し、あらかじめ目をつけておいた施設の裏口へ到達した。散開し、裏口が見える場所に身を隠す。
番犬をおびき出すために、部隊はわざと音を立て、タクティカルライトを巧みに操って自分たちの姿を照らす。
予想どおり、裏口が開いて番犬部隊が飛び出してきた。
無言の男たちがそれぞれの位置につき、それぞれの銃を構えて撃ち始める。急襲部隊はさらに走り、番犬部隊の動きを誘導していく。
幸いなのは、番犬は『色』がない代わりに知能もさほどないということだ。「侵入者を排除せよ」くらいのざっくりした命令しか受けていないだろう。
しかも十分な夜間装備もないらしい。この暗闇で戦況を理解できる頭脳は、少なくとも今この施設にはいないはず。
番犬部隊が離れるのを待って、美弥ちゃんはケンタとガゼルを施設内に投入した。
「ふたりとも、がんばって!」
内蔵カメラを暗視モードに切り替えて、床上十五センチほどの高さを二匹の毛玉がぴょんぴょん進む。
二匹が首を動かすと、内部の様子がエルさんの持つタブレットに映し出された。
俺たちの背後と毛玉たちの眼前に、同時に番犬が出現!
背後のやつらは矢崎さんが数秒で沈めた。
毛玉たちは脅威のジャンプ力で相手の目にアタックして視界を奪い、そのすきにアティースさんが走り寄って鮮やかに回転膝蹴りを決めた。
「よし、行くぞ」
決められた順番どおりに、施設内への潜入を開始。照明のほとんどない、真っ暗な通路を移動する。
毛玉たちが先頭。次に両手で拳銃を構えたアティースさん、毛玉を操作する美弥ちゃん。
曲がり角でいったん止まり、毛玉たちの視界をエルさんがタブレットでチェック。俺とタク、矢崎さんは前方以外の警戒。
いつもならジェスさんが案内してくれるとこだけど、今回はジェスさんがハッキングできる監視カメラも端末も稼働していない。
代わりに美弥ちゃん率いる毛玉隊が大活躍。行く手にたびたび番犬が出現したが、そのたびに毛玉カメラが位置を割り出し、アティースさんやエルさんがさっと倒してしまった。
階段を降りて、地下一階に踏み入ったとき。
「ボス! 武文さんです」
エルさんの突然の声!
◇ ◇ ◇
アティースさんが動きを止め、無言で全員に警戒するよう合図する。
毛玉カメラがとらえたその姿は、今、角を曲がり、ゆっくりと歩いてくる。
俺たちから二十メートルほど離れた場所で、歩を止め、右手右脚をすうっと前に出して構えに入った。柔道で言う、攻撃前の「自然体」の姿勢。
折賀を連れ去ったときと同じスーツ姿。サングラスにヘルメット。
マスクは外してるけど、あの奇怪な姿に何の意味があるんだろう……。
アティースさんがライトを向けても動じない。サングラスしてるからか。
「イヤホンが見当たらない」
アティースさんが、笠松さんを睨みながら言う。耳にイヤホンが見当たらないということは、少なくともコーディのようにイヤホンマイクによる遠隔催眠はかけられていないということ。
あるいは、ほかの道具――ヘルメットか。
「ヘルメットが怪しい。とりあえず外しましょう」
俺の提案にアティースさんは軽くうなずき、一歩前へ出た。笠松さんに話をする気だ。
「ミスター・折賀武文。部下の父君に向けるべき挨拶は、このような状況なので省略させていただく。あなたのご子息、折賀美仁の所在を案内願えるか」
「…………」
返事はない。やっぱり、今の笠松さんに話は通じない。
「お父さん……」
美弥ちゃんの声が震える。
笠松さんは、絶対に無事に折賀家へ帰すんだ。美弥ちゃんと美夏さん、それに折賀の大事な家族なんだから。
彼は構えを解かず、通路をふさぐように立ちはだかる。
全身からあふれ出す、ただならぬ圧。何者をもこの先へは通さないという強固な構え。普段の温厚な彼より、一回りも二回りも大きく見える。
「生身のターミネーターやん……」と、タク。
「やむを得ない、行くぞ」とアティースさん。
「私が仕掛ける。美弥と矢崎は能力発動に備えて距離をとれ。他は隙を見てヘルメットを!」
そう言うなり、彼女はいきなり前方へ走り出した!
◇ ◇ ◇
身をひねって笠松さんのつかみ手を逃れ、脇腹に膝を叩き込む。が、びくともしない。頑丈すぎ!
さらに身を回転させて回し蹴り! と思いきや、その足をつかまれ、振り下ろされた。アティースさんの細い体が通路に落ちて数回転する。
「ボス!」
「俺が行きます!」
駆け寄ろうとしたエルさんを止めて、代わりに俺が駆け出した。エルさんは現場での貴重な分析役、無茶させるわけにはいかない。
一瞬でもいい。膝をつかせれば、あとはみんなが!
無理を承知で真正面から、ボディに右ストレート!
やっぱりまったく効かず、下半身をすくい上げられ、そのまま床に叩きつけられてしまった。
「アグッ!」
「甲斐さん!」
ケンタとガゼルが飛んだ! が、軽くはたかれて壁に叩きつけられる。
その瞬間、床上を何かが滑り込んだ!
「タクミスライディングーッ!」
技名とかいらんわっ!
タクがかましたスライディングも軽くかわされ、タクもまた足をつかまれ――るより先に、アティースさんの膝が顔面に入った!
笠松さんがわずかによろけた。俺はその体へ思いっきり体当たりを仕掛けた。くそっ、やっぱり倒れない!
すぐに上から服をつかまれ、床に叩きつけられ、首に腕を回され、締め落とされそうに――
腕の力が緩んだ。目を開けると、美弥ちゃんが父親の腕にしがみついてる。
「お父さんやめて! 甲斐さんがっ……!」
ダメだ美弥ちゃん! 隠れてないと、今の笠松さんは!
腕の隙間から身をかがめて逃れ、地面を転がって距離をとる。すぐに体を起こし、美弥ちゃんを父親の腕から離れさせた。
彼の、呼吸のテンポが変わる。
全身に、今まで以上に力が込められ、周囲の空気まで振動が始まる。
ダークブルーが、大きく弾け出す。
これは、笠松さんの『昏睡能力』!!
「――来る! 離れて!」
締め上げられたばかりの喉から、なんとか声を出す。
俺と美弥ちゃんが離れると同時に、ヒュン! と鋭い音がした。
まるで生き物のように、白いロープが旋回。エルさんのロープが激しい回転で笠松さんの両脚に巻きつくと同時に、全員が急いでその場から大きく離れた。
いや、ひとりだけ近づいた者がいる。
脚の自由を奪われた笠松さんが、バランスを崩して床に手をついたとき。彼の背後に、すっと新たな人影が回り込んだ。
手が伸ばされ、ヘルメットがすいっと上へ移動。矢崎さんは素速く離れてヘルメットを落とし、跳ね上がったそれを思いっきり遠くへ蹴飛ばした。
「これで壊れましたね。今度はちゃんと頭部を守る物を被ってくださいね」
笠松さんの闘気が消えた。彼は膝をついたまま、頭を押さえて大きく息を吐く。
その横で、どっかの部屋から持ち出した椅子を頭上に掲げてるタクが、
「あれ、終わったの?」と、しめくくった。
◇ ◇ ◇
みんなで囲む中、笠松さんは座り込んだまま、しばらく頭を押さえていた。
「……何があったんだ……?」
「詳しくはあとで説明するが、今は時間が惜しい。ミスター折賀、私はチーム『オリヅル』指揮官、CIAのアティース・グレンバーグ。あなたのご子息の居場所を教えてほしい」
「子息……美仁……? あいつがどうかしウグッ!」
「笠松さん!?」
「お父さん!」
頭痛? 催眠の副作用か?
何か冷やす物を、とエルさんが腰のポケットに手を入れたとき。
何か、唸るような音が聞こえてきた。みんなでいっせいに音の鳴る方に目を向ける。
音がどんどん大きくなる。凄まじいスピードで、音が、そして風が暴れながらやってくる!
この『色』は!
と思ったときには、俺の体は宙に浮いていた。
そのまま体が宙を飛んで爆走するッ!
「んなっ!?」
この感触、折賀につかまれて空飛んだとき以来だ!
俺をつかんでいるのは――ホバーに乗って空中を滑走している、ちっさいおっさん。
「うわあぁふざけんなハムッ! 人さらい! 降ろせーッ!!」




