CODE93 「ラングレー地下迷宮」を突破せよ!(1)
アメリカ合衆国、ヴァージニア州、ラングレー。
チームでは「ラングレー」といえばCIA本部のことだけど、実際には本部を含むこの一帯の地名。その中に、本部が所有する施設がいくつか存在する。
この辺りには政府機関の施設が多い。アティースさんが言っていた施設も、いかにもどこかのお役所の建物のように見せかけてるけど、実際は違う。
なんと七階まである地上部分がほぼフェイクで、本当に意味があるのは五階まである地下部分。そのどこかに「極秘開発室」がある。
しかも内部は相当改造されている可能性があり、本部から取り寄せた見取り図もあまり役に立たないって……。とんだ地下迷宮だ。
俺と美弥ちゃん・タク・矢崎さん・亀山さんは、先にこの施設を偵察していたアティースさん・エルさんと合流した。
施設から百メートルほど離れた地点の車内で、すばやく情報交換が行われる。
「笠松武文――今は折賀武文だったな。彼の運転するシビックが二十五分前に施設の駐車場へ入った。例のヘルメットを装着したままだ。同乗者は不明」
アティースさんが、施設のおおざっぱな図面をタブレット上に映しながら手早く説明する。
「少しでも多くの情報が欲しい。甲斐は、ここから一人でも多くの内部の人間を捕捉。亀山は矢崎と周辺を回って映像を送ってくれ。美弥はぬいぐるみを使って偵察。できそうか」
「はい、やらせてください!」
「アティースさん、俺はー?」
「拓海、きみはひとまず美弥のサポートを頼む」「はいっす!」
ぬいぐるみ、つまりケンタとガゼルにはGPSとカメラが内蔵されている。うまく動かせれば施設内部の偵察ができるかもしれない。
でも、いきなりぶっつけ本番のミッション。大丈夫かな。
俺の視線に気づいたのか、美弥ちゃんが優しく微笑みかけてくる。
「甲斐さん、わたしだったら大丈夫。みんなの迷惑になるような無茶はしないから」
「そうそう、俺がちゃーんとついてるし。専属サポーターだし」と、タクが口をはさむ。
「甲斐さんの方が大変だと思う。でも――、一緒にがんばろうね」
一瞬言いかけてやめた、美弥ちゃんの言葉。
俺も美弥ちゃんも、チーム全員が施設に折賀がいることを願っている。もちろん五体満足でだ。
美弥ちゃんに笑顔で応え、俺はいつもの双眼鏡型スコープを取り出した。
窓からスコープを出しては目立つので、窓の中から捜索する。
窓。車を覆い隠すほどの葉・幹・枝・施設を囲むフェンス。さらに木々・施設の壁・壁の内部。さらに壁。
その下方、地面・地面の内部。さらに壁――
何重もの遮蔽物を越えて、俺の目でひとつでも多くの『色』を見つけ出す。いちばん見つけたい、ダークブルーの色を切望しながら。
亀山さんはカメラ、矢崎さんは武器の確認。
タクはケンタとガゼルの首に首輪をつけている。ジェスさんにしか受信できない最新型の発信機内蔵らしい。ごていねいに、俺と折賀の首輪と同じ色。つまりガゼルが銀で、ケンタがブルー。
「作業を続けながらでいい、みんな聞いてくれ」
アティースさんが凛とした声で全員を見渡した。
「任務で重要なのは優先順位の設定だ。第一目標は美仁の捜索および救助。これは揺るがない。もうひとつ、可能なら遂行したい目標がある。
ここには『瞬間移動装置』が設置されている可能性が高い。仮に発見した場合――奪取、もしくは破壊したいと思うが、賛同してもらえるだろうか」
それは指令ではなく、アティースさん個人の意見らしかった。
「ボス、本部の意向は……」
「本部ならそのまま押収して研究材料に回したいだろうが、私としてはできれば完全に破壊してしまいたい。あれは近い未来、SF映画のように人類が普通に使用できるようになるのかもしれんが、少なくとも今この場にあるべき物じゃない。あれがある限り、アルサシオンとの戦いは決して終わらない。みんなはどう思う」
「私は全面的にボスに賛成ですよ」
運転席のエルさんが、いつもの明るい調子で即答した。
「あ、今のは示し合わせたわけじゃないですよ。私も今初めて聞いたんです。みなさんは、みなさんの考えを」
「つまり、あとで本部に怒られるかもしれないけど、壊したいんですよね。俺も賛成です」
スコープを覗いたまま、俺も付け加えた。
「装置がある限り、仮に折賀を見つけたとしても、また目の前で連れ去られるかもしれない。今までコーディやAの能力者たちが世界中でこき使われてきたのも、それがあったからだと思う。人体への悪影響もある。今日見つからなかったとしても、いつか、必ず壊しましょう」
それが、コーディに未来を取り戻し、ハレドやフォルカーの供養になるような気がしたから。
その場の全員が賛同した。折賀もきっと、同じ意見だろう。
美弥ちゃんはコーディの名に小さく反応したけど、黙って俺の背に手を置いてくれた。
◇ ◇ ◇
「周辺を武装兵士が巡回してますけど、全員番犬化してて『色』が見えません」
俺の報告に、矢崎さんとジェスさんからの報告が続く。
「亀山さんに念写記録してもらったのがこれです。ざっと見て外周に十人以上。戦闘服および装備は本部急襲部隊の物と同一です」
『人相も何人か割り出した! 部隊のメンバーで間違いないっス!』
エルさんが眉をひそめてアティースさんを見る。
「長官側に操られたんですね。ボス、私たちまで本部の部隊を出動させたら同士討ちに――」
「まずは我々だけで手早くやるぞ。甲斐、ほかに何か見えたか」
何人いるかわからない番犬に、笠松さんまで「無色」状態。せめて他の重要な『色』を見つけないと、俺が今ここにいる意味がなくなってしまう。
スコープのピントを調節し、距離と範囲を変えて何度も何度も捜索する。
そのうちに、やっとひとつの『色』が見えてきた。
残念ながら、ダークブルーではなく――
「樹二さんです、たぶん……」
「やはりいたか!」
スコープで距離と方位を測定し、見取り図と照らしあわせる。
内部は改造済みかもしれないが、その位置はおそらくもっとも深く、もっとも遠く。
最深部、最奥の部屋の可能性。ラスボスかよ。
何してんだ? うろうろしたり、しきりに何かを気にしたり……
そのそばに、かすかな、本当にかすかなもうひとつの色。
心臓が跳ね上がる。への字に曲がっていた口元がゆるむ。
ダークブルーの小さな炎。折賀だ!
「樹二さんのそばに、折賀が――」
美弥ちゃんが小さな声を上げ、口元をおおった。
他のみんなも、「よっしゃ!」「よかった!」「美仁さん!」「ふーい」『ヨッシーイェ―!』とそれぞれの反応。
アティースさんは、一瞬だけ、泣き出すかと思った。
でもすぐに、弱さを見せた表情はいつもの強い女性の表情に戻る。
「引き続き偵察だ。情報がそろい次第潜入フェイズへと移行する。父に連絡して部隊の出動を要請し、できるだけ番犬どもを施設外部へおびき出してもらう。内部潜入は我々のみで行う。エル、矢崎、甲斐。かなりの数の番犬を相手どることになるかもしれない。調整は万全にしておいてくれ」
エルさんと矢崎さんがいれば、番犬はなんとかなるかもしれない。
あとは笠松さんと、叔父さんが折賀のそばでどう出るか――
そのとき、さらに見える『色』が増えた。
地下は地面を通して見なきゃいけないせいか、どうしてもひとつずつ、じわじわと少しずつしか捕捉できない。
このとき見えたひとつの色は、アティースさんの気を変えるのに十分だった。
「『色』が増えました。場所はこのあたりに。イルハムがいます」
「――私も出動する。亀山、お前がここの留守番だ。いざというときの本部への連絡役を頼む」
「ほえふえっ!? ワタクシ英語話セマセ~ンッ!!」
美弥ちゃん以上にぶっつけ本番任務に突入したのが亀おっさんだった。頑張れおっさん。
こうして、部隊の到着を待って、「地下迷宮突入作戦」が実行されることになった。
もうじき完全に陽が落ちる。
闇に乗じて、部隊の陽動作戦にまぎれて突入だ!
ふと、いつか折賀に言われた言葉を思い出した。
俺がもし施設に捕まったら、必ず自分が行く、って言ってたっけ。
あのときのお前のセリフ、そのまんま返してやるよ。
「折賀。俺が絶対行くから、首を洗って待ってろよ!」




