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CODE92 折賀救出作戦始動!(3)


 4月28日


 ここはどこだ?


 緑のにおい。薄暗い森林に囲まれている。空に雲がかかる。見覚えのある景色。


 突然、風がとおり過ぎる。

 鋭い音を立て、枝葉が風の刃に切り刻まれる。

 残された空気の振動で、勢いよく空に舞う。足が動く。


 俺は懸命にあとを追いかける。

 この先に何があるのか、俺はもう知っている。

 何度見たかわからない、あの夢。正確にはフラッシュバック。


折賀おりがーーッ!!!!」


 この先を知っている。今さらどんなに叫んだって変わらない。

 そこにいるのは、自分の首を押さえて立ち尽くす――首を斬られた、相棒。


 ――じゃ、ない。


 折賀の後ろで、ハレドの代わりに樹二みきじ叔父さんがナイフをかざしている。


 このシーンも知ってる。あのとき叔父さんはナイフで自分の首をかき切り、笠松かさまつさんの腹を容赦なく刺した。

 あのとき飛び散った、血の記憶がよみがえる。


 叔父さんはニイッと薄気味悪く笑うと、背後から左腕を回して、折賀を押さえ。


 甥っ子の首に、ナイフの刃をすべらせた。



  ◇ ◇ ◇


 

 まるで地面に叩きつけられたような激しい衝撃に、俺は息をつめて飛び起きた。


 いや、飛び起きてはいないか。そう思っただけ。

 体は飛行機の座席にシートベルトで固定されたまま。

 ただ、意識だけが急激な降下のショックでバクバクと心拍数を上げている。


 あたりは静寂に包まれている。

 照明を落とした機内では、多くの乗客が座席に体を預けて眠りについている。

 俺のひどい夢で起こしてしまった人はいないらしい。ただひとりを除いて。


 となりの席の美弥みやちゃんが、心配そうに俺の顔をのぞきこんでる。

 まだもとに戻らない呼吸、熱を帯びた顔に気づかれたんだろうか。俺の手に重ねた小さな手に、ぎゅっと力が込められた。


 大丈夫だよ。

 心の中でそうつぶやいて、安心させるためにもう片方の手で美弥ちゃんの手を握り返し、ぽんぽんと軽く叩いてにっこり笑って見せた。

 それから目を閉じて、もう一度眠りに入るふりをする。まだ握られたままの、手の感触があったかい。


 美弥ちゃんはどのシーンも知らない。知らなくていい。


 今まで、考えないようにしてた。あの叔父さんが、折賀をどうする気なのか。


 殺すために連れ去ったわけじゃないのは確か。

 たぶん、折賀を従わせて何かをさせるため。催眠にかけられるかもしれない。


 もしも催眠がかからず、従わなかったら。


 あの叔父さんなら、甥っ子を刺すくらい平気でやる。

 刺したって、すぐに治せばいいんだから。何度でも刺せてしまう。

 悪役が治癒能力なんて持ったら、自身の回復だけでなく拷問の手段にもなるんだと、夢で改めて思い知らされた。


 スパイ訓練には、拷問に耐える方法も含まれるはず。あいつをそんな目に遭わせたくない。

 それとも、操られそうになったらまた自分の体に致命傷負わせちまうのか? もう黒鶴くろづるさんはいないんだぞ。


 頼むから、美弥ちゃんを泣かせるようなことはしないでくれ。


 アティースさんが美弥ちゃんとタクの指導を俺に任せてきた理由が、やっとわかった。

 忙しく動いてれば、その間だけは身を切るような、心臓をつかまれるような思いを忘れられる。


 この先のことを考えたら、今のうちに少しでも寝ておかなきゃいけないのに。

 結局、そのあとはほとんど眠れなかった。



  ◇ ◇ ◇



 4月29日


 数多くの高木に囲まれた草原に、人間の姿を簡単に隠せそうなくらい背の高い茂みが続いている。

 たまに聞こえてくるのは、風のそよぎか、鳥の声か。足元を動くのは、何かの動物だろうか。


 美弥ちゃんは、深呼吸で自分を落ち着かせながら、俺と自分の姿しか見えない草原をぐるっと見渡す。

 タクと矢崎やさきさんと亀おっさんの居場所は、俺には『色』でわかるけど、美弥ちゃんの目には見えない。


 俺が目でうながすと、美弥ちゃんはゆっくりと歩き出した。茂みをかきわけ、力強く足を進めていく。


 ふいに、鋭い動きが空気を裂いた!


「うがーーっ!!」


「ぴゃーーっ!!」


 いきなり茂みから飛び出して奇声を上げたタクに、黒と茶色の毛玉が飛んだ!


 ケンタとガゼル、二匹の前足がみごとタクの顔面をとらえ、強烈な犬パンチを叩き込む。タクは華麗に弧を描いて吹っ飛んでった。


 うーむ、あの吹っ飛び方。俺といい勝負かもしれん。

 矢崎さんも静かに顔を出した。


「美弥さん、いい感じです。不意打ちにも対処できましたね」


「矢崎さん、俺はー?」


「タクくんも、身を隠すのがうまくなりました」


「よっしゃ!」


 タクのガッツポーズが冴えわたる。


 そうは見えないかもしれんが、ただいま「美弥ちゃんの能力アビリティ特訓大作戦」の真っ最中。


 ヴァージニアの射撃演習場を使うって言ってたから、何もない平原の、数百メートル先に的がずらっと並んでるような、ごく普通の射撃訓練施設を想像してた。

 来てみると、ここは高木に茂みにごつごつした岩が多く視界をふさぐ、見通しの悪い森林の中。主にFBIの人質救出チームが使う、スナイパー専用の訓練所なんだって。


 何をやってるかというと、メンバーが次々に美弥ちゃんを脅かして、能力が暴走しないだけの度胸をつけてもらう。

 それから徐々に、ぬいぐるみを使って念動能力サイコキネシスの有効範囲を上げていく。いざというとき、自分の身くらいは守れるように。


 二時間ほど前に訓練を始めたばかりだけど、今のところ順調に進んでいる。

 矢崎さんいわく、タクの脅かし方(?)が絶妙にうまいらしい。距離の取り方、近づくタイミング、ミスリードの仕方、美弥ちゃんの視線を読む力、などなど。タクにくと、


「俺は美弥ちゃんの能力開発の達人だっ!」


と、自信満々な答えが返ってきた。


「それ、まさか『自己暗示能力セルフ・サジェスチョン』?」


「かもしんない」


 タクによると、飛行機の中でずっと、アティースさんから預かった「超常現象訓練マニュアル」を読み漁っていたらしい。


 能力開発って。一般的な念動能力サイコキネシスは、電球に手を触れずに点けたり消したりする程度なんだよな。美弥ちゃんにぴったりのマニュアルなんて存在しないだろ。まあ、本人にやる気があんならいっか。


 俺は何してんのかというと、こうしてただ美弥ちゃんのそばにいるだけ。もちろん、何かあったら俺が身をていして彼女を守るつもりだ。


 美弥ちゃんも、ときどき少し不安そうな目で俺を見るけど、すぐに真剣な顔に戻る。

 たぶん、俺がそばにいることで、能力に対する集中度が確実に上がっているんだと思う。


 こんなふうに、ぬいぐるみを動かす程度で済んでくれればいいんだけど。


「うらめしやー~~」


「いやーーっ!!」


 突如現れた幽霊、もとい亀おっさんに流れをぶち壊された。

 岩が砕け、茂みが根こそぎはがれて宙を舞う。

 足元の土砂が爆発し、おっさんは数メートル吹っ飛んで土に埋まってしまった。


「美弥ちゃん! 大丈夫?」


 俺は美弥ちゃんを守るように抱きかかえるが、土が目に入ってしまって目を開けられない。するとまた、足元から這い上がるように


「こんばんは~~」


「ぴえーーっ!!」


 また爆発! でも今度は爆破距離が遠い。


 なんとか薄目を開けると、矢崎さんが肩を叩いてウェットティッシュを渡してくれた。目を拭いてるうちに、美弥ちゃんが俺から離れて歩き出してしまった。


「美弥――」


 また爆発! でも今度は威力が小さい。

 粉塵ふんじんが舞う中で、美弥ちゃんは俺の方を振り返って言った。


甲斐かいさん。わたし、ちょっとわかってきたかも」


 え?


 美弥ちゃんが右手を上げると――高木の枝がしなり、地面に向かって伸ばされた。まるで、使い手である美弥ちゃんに従うかのように。


 爆発の威力をセーブし、ぬいぐるみ以外の物を思いどおりに動かせるようになった?


 矢崎さんの指示で、それからもしばらく特訓が続けられた。

 亀おっさんが何度も土に埋もれて動けなくなったけど、もう脅かす必要もない。

 美弥ちゃんは、たったの数時間で能力を制御できるようになってしまったらしい(主にタクと亀おっさんの功績で)。


 俺の心は複雑だった。

 能力が使えるようになればなるほど、美弥ちゃんまで現場に駆り出される可能性が高くなってしまう。

 あくまで折賀を救出するまで、ということにしてほしい。


 アティースさんから連絡が入ったのは、訓練所に入ってから五時間ほど経ったころだった。

 彼女とエルさんが見張っている極秘施設に、笠松さんらしき人影が入っていったという。


 俺たちも、現地へ向かうことになった。


 折賀。そこにいるのか?

 それに、叔父さんも――?


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