CODE6 黒き風、来襲!(2)(※絵)
「甲斐さん大丈夫!?」
俺の方に近づこうとした美弥ちゃんを、男――折賀が止めた。
折賀はさっと周囲を確認し、今度は頭上から、倒れ込んだままの俺を睨みつけた。
鶴は、いつの間にか一羽残らず床に散らばっている。
「確かに高校んときの甲斐――の顔をしてるが、こんな所にいるわけねえだろ。誰だお前」
「本物の甲斐さんだってば! わたしがここまで来てもらったの!」
まだ声が出せずにゼェゼェ言ってる俺の代わりに、美弥ちゃんが懸命に説明してくれている。
目の前にいるのは、確かに折賀――なんだけど、去年に比べて格段に深く鋭い色をまとい、視線の圧がさらに増している。
加えて俺を吊りあげた、マジックでなければ超能力としか言いようのない見えざる力は――お前こそ誰だよ!?
「なんでよそ者をここに入れたんだ」
「甲斐さんに、お母さんの心を見てほしかったんだもん……」
「心を見る? どういうことだ」
「甲斐さんは人の心が見えるの。お兄よりベテランのスーパー能力者さんなの。同じ高校行ってて気がつかなかった?」
俺は床上に倒れたままだった体をようやく起こし、その場に座り込んだ。折賀は一歩俺の方に近づいた。
「美弥がデタラメ言ってるんでなければ、何か見えたんだろ。話してみろよ」
「……言って、いいのかよ……」
喉をさすって何度も深く呼吸しているうちに、やっと声が出た。
「いいから言え」
俺がさっき見たのは、スライドショーのようにゆったりと連続する数枚の画像。俺も、順を追ってゆっくり話す。
「……幼稚園児みたいな、小さな、女の子が……公園の、水飲み場で遊んでて、周りじゅうに、水をまき散らした……そばにいた男の子が、直撃を受けて、ずぶ濡れになった……」
折賀の目元がほんの少し動いたけど、黙って続きを促しているのがわかった。
「……母親っぽい人が、バッグから服を取り出して男の子に着替えさせたけど、それが女の子のピンクの花柄ワンピースで、母親が大笑いして男の子が泣いてしかも泣きながらそのまま砂場に突っ込んでワンピースを砂まみれにしておまけに鼻血まで出して」
「あーもうわかったやめろ」
折賀はうんざりしたような声で片手を上げた。
「美弥が口裏合わせたわけじゃないんだな?」
「そんなことしないよー。わたし、甲斐さんに言われるまで、そんなことがあったのすっかり忘れてたもん。絶対お母さんの記憶だよ」
その一言で、三人の視線が眠っているその人の上に注がれた。
折賀の色が、ほんの少しだけ柔らかくなった、ように見えた。
「母さんのそばでこれ以上騒ぐわけにもいかないな。外に出よう」
「もうとっくに面会時間終わってるしね……」
壁にかかった時計に目をやると、確かに八時を十分ほどすぎている。
「甲斐、もう立てるだろ。お前が先に部屋を出ろ」
有無を言わさぬ強い口調に、不本意ながらも従うほかなく。
よろよろと立ち上がり、折賀の後ろで心配そうに俺を見てくれている美弥ちゃんに軽く頭を下げて、病室を出た。
廊下には看護師さんたちが何人か集まっていて、そのすべての視線がいっせいに俺に集中した。
後ろで、折賀が深々と頭を下げる。
「問題ありません。お騒がせしてすみませんでした」
さらにその後ろで美弥ちゃんも頭を下げた。
「これからも母をよろしくお願いします」
俺も、つられて少し下を向いた。
◇ ◇ ◇
散らばった千羽鶴を片づけてから、病院を出た。
病院のとなりに公園があるからそっちに行け、と折賀からの指示。
俺がモタモタ歩く後ろから、折賀と美弥ちゃんがついてくる。
なんでいちばん不案内な俺が先頭? という疑問は、背後の折賀から発せられる押しつぶされそうな威圧の黒と、すでに背中に何回も突き刺さっているであろう鋭い視線で理解できた。
こいつ、元同級生だとわかった今でもぜんっぜん俺のこと信用してねえ。まだ母親と妹を襲いに来た刺客とでも思ってるらしい。容貌と能力からして、折賀の方が殺し屋そのものじゃねえか。
あんま意識しないようにしてたけど、病院にはそれなりに実体のない色(つまりホラージャンルの方々)が浮かんでたりする。
折賀本人とは別の、やたら黒っぽい色がさっきから折賀につきまとってるんだけど、絶対に教えてやんねー。勝手に憑かれてればいいんだ。
公園に着くと、美弥ちゃんとの出会いから病院へ来ることになった経緯まで、ざっくりとだけど説明させられた。まるで警察の取り調べ室。
店長については、美弥ちゃんを送っていくとしつこかったことだけ話して、盗撮の件は伏せておいた。美弥ちゃんもあえて口を挟まない。
言ったらこのまま店長自宅まで殴り込みに行きかねんし、こいつが本物の殺し屋になったら美弥ちゃんがかわいそうだし。
意外にも、話を聞き終わったあとの行動は美弥ちゃんと同じだった。
俺の眼前に拳をグッと突き出して、自分の思念も見てみろと言う。
さっき黒歴史ほじくられたばっかなのに、懲りねーのかな。
こっちも拳を出して合わせると、またも美弥ちゃんのときと同じくビリッと刺激が来たので、反射で手を引っ込めた。
「離すな、今何か見えた」
えー、またくっつけなきゃならんの?
美弥ちゃんのちっちゃくて柔らかい手なら大歓迎なのにー。
しぶしぶもう一度拳をつけると、折賀が目を細めて俺のことをじろじろ見まくってる。
それから今度は美弥ちゃんの方を見る。なんなんだ。
「お兄、なに? どしたの?」
「お前、なんでそんなにピンクなんだ」
――――!
ひょっとして、見えんのか。俺がいつも見てる『色』が。
「え、ピンクの服なんて着てないけど。それとも顔赤くなってる? ……あ、それって、甲斐さんが言ってた……」
「人間の『色』ってやつか。本当に見えるんだな」
それから折賀は、俺と拳をくっつけたり離したりした。どんなときに見えるのかを検証したいらしい。
そのうち髪つかんだり頬つねったり体をペタペタ触ったりし始めた。助けてー!
「こいつに直接触ってるときだけ見える。服の上からだとダメだ」
「ほんと? わたしも触っていい?」
美弥ちゃんまで俺のあちこちをペタペタ。
あ、こっちは恥ずかしいけど嬉しい。
「わたしには何も見えないよー。お兄ずるいなー」
なんと。相手が折賀美仁限定の、視界共有感覚、とか……。
神さま、こんな設定俺いらねーんだけどー。
「いつも人間の数だけこんなの見てんのか。目が疲れそうだな」
「疲れるよー。目薬代が生活費を圧迫しそう」
口調といい、美弥ちゃんが近づいても今度は止めなかったことといい。少しは折賀に信用されてきた?
「サングラスとかをかけたら少しは軽減されるのか」
「俺の目、レンズとかも全部透過してそのまま見えちゃうんだよ。だからかけてもムダ。あと絶望的に似合わない」
そう言ったとたん、急にまた折賀の目が厳しさを増して、左手で俺の拳を強くつかんだ。
そのまま首だけを動かして、公園の木立ちの向こうに見える建物――さっきまで俺たち三人がいた病院を仰ぎ見る。今度はなんだ。
「透過、か。つまり遮蔽物も透過して、壁の向こうにいる人間の色が見える。あの病院の内部の人間の動きもわかる、ってわけだな」
こいつ鋭い!
「距離はどこまで伸ばせる?」
「たぶん、視力が届く範囲なら……でも遠くの色は見ないようにしてる。キリがねーもん」
「どの色が誰のものか、特定はできるのか」
「うーん、一度見て色を知ってるやつならだいたいは……。もちろん状況によって少しずつ変わるけど、人の持ってる色、つまり性質ってのはなんとなく決まってんだよ。美弥ちゃんならだいたいペールピンクだし、お前だとダークブルーだし」
ちなみに、人間は百万に近い色を識別できるらしい。
学校で試したことがあるけど、一度見た『色』が誰のものか、今まで間違えたことはない。つまり、一度でも色を見れば、ほぼ確実に相手を特定できるってこと。
見える色は、生きてる人間とは限らないけどな。
でも霊の方々の色は生きてる人間より薄いので、壁越しでも判別しようと思えばできる。
「透視レーダー装置みたいだな。これからこの能力を『甲斐レーダー』と呼ぶことにする」
折賀、ネーミングセンス……。
すっかり「甲斐レーダー」とやらの話に移ってしまったので、本人は忘れてるかもしれんけど。
さっきから、触られるたびにチラチラとこいつの思念映像が流れてくるんだが……。その内容についてツッコんでる時間は、今はなさそうだ。
ある『色』の固まりを見つけた折賀が、こう言い出したから。
「知らねーやつらが汚い色まき散らしながらこっちに来るんだが。ブッ飛ばしてもかまわねえよな」
なんの確認だか知らんが、確かに公園の入り口に数人分の人影が近づいていた。




