漆黒の男と仮面の女
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『ザック・バーグ』は幼少の頃から体格に恵まれており腕っぷしも強かった。
三十歳の現在は大柄な体格にスキンヘッド、顔には無精髭に大きな傷跡という悪人顔だが、地元の冒険者では数少ない『C』ランクの冒険者として有名だ。
だからこそザックは、これまで誰の前でもその堂々とした態度を崩した事はない。
しかし、今は若干の緊張を強いられていた。
この部屋は家主の身分の高さを表しているかのように全ての家具が豪華絢爛であった。
加えてソファの前の大理石のテーブルの上には、大金貨が一枚と布に包まれた二つの荷物が置かれている。
大金貨は一枚でも貴重な物で金額的には金貨十枚と同等だが、そもそも金自体の数が少ないので普通は大銀貨百枚で支払われる事が多い。
大金貨を持てるのは余程の大金持ちか、それだけ信頼を世間から受けている人物くらいだ。
つまり一枚でも持ってると、人として信用価値がつく。
「ほ、本当に大金貨でくれるんだな……」
ザックは驚きながら、目の前に座る漆黒の鎧の男に確認するかのように呟いた。
約束の報酬は確かに〝大金貨一枚〟であったが、先述した通り多くの場合は〝それ相応の金額〟という意味で使われる事が多いからだ。
男は「当然だ」と一言呟いて静かに頷いた。
その声はとても低く深みがあり、そこそこ年齢がいってるように感じられる。
ザックと同じくらいの体格だが、顔まですっぽり包み込むフルプレートアーマーのせいで中身もそうなのかは判断出来ない。
そんな鎧の男の後ろには一人の女性がいる。
銀の仮面を着けており顔は見えないが、豊満な胸と長い黒髪で女性とだけは判断出来た。
ザックがこの屋敷を訪れたのは二度目だが、彼女はいつも男の後ろに立っている。
この屋敷のメイドなのか、それとも鎧の男の妻なのか。あるいは奴隷なのかもわからない。
声を発した事もないのだから。
そしてザックは、この大きな屋敷の中で鎧の男と仮面の女以外の人物を見た事がない。
何とも不気味な感じはするが、今回の件で目の前の男が相当信頼に値する事は認めるしかなかった。
「しかし、本当に〝あれ〟だけで、こんなに貰えるとはな。また是非協力させてくれ」
ザックはテーブルの上にある大金貨だけを受け取り、直ぐに懐に入れた。
ここにきて『やっぱり返せ』と言われても返すつもりはなかったが、そんな心配もなく男は「また頼む事もあるだろう」と答える。
「いつでも言ってくれ。あと、それはどうするんだ? 必要ないなら……」
「そうだな、私には必要ない。君達が好きにするといい」
と、鎧の男はテーブルに残された二つの荷物をスッとザックの方へ押し出した。
「そうか、助かるよ。こんな首でも多少は金になる。じゃあ、またよろしくな」
ザックはテーブルの上の荷物を無造作に掴むと、鎧の男に軽く手を挙げてその部屋を後にした。
屋敷を出ると直ぐに二人の男がザックに駆け寄ってきて「どうだった?」と心配そうに話し掛ける。
紫のローブを着た痩せ細った男『ベーダ』は、年齢はザックの一つ下だが、老け顔で最年長に見られる。
一方、錆色の鎧に身を纏った背が低く少し小太りの男『グレゴール』はドワーフ族で、年齢は五十を越えているに関わらずベーダより若く見える。
二人ともザックのパーティーメンバーであり、ザックが懐から大金貨を出して見せると両者の瞳が大きく見開かれた。
「ほう、こりゃすごい! 本当に大金貨じゃ!」
「お嬢様の依頼を横取りするだけで、こんなに金になるとはねぇ。ヒヒヒ」
「ベーダ、口を慎め。誰が聞いてるかわからねぇだろ」
「ああ。悪かったよ……」
「まあ。でも美味しい仕事だ。これからもあの女の動きには注目していこう」
ザックが鎧の男に会ったのは二週間程前だった。
元々たまたま受けた討伐依頼の依頼主であり、依頼報酬を貰いに言った時に『クレア』という駆け出し冒険者について聞かれた。
当時のザックにとってクレアは、最近冒険者の真似事を始めた変わり者の貴族令嬢という印象だった。
容姿も良く、クレリックなので仲間に誘った事があるのだが、ひどく傲慢な性格で直ぐにケンカ別れした事を思いだし。
その時の愚痴を話すと、鎧の男がザックに言ったのだ。
『その女の行動を妨害をしてみる気はないか』と。
正直不審に思った。
だがクレアの傲慢さは他の冒険者からも嫌われているともっぱらの噂である。
誰の恨みを買っていても別におかしくはないので、一旦その男の話を聞いたのだ。
男の話は単純で、クレアの階級上げを阻止して彼女に冒険者を諦めさせる事が目的だという。
それならば討伐依頼を横取りするのが簡単だろうと、男に提案し。軽い気持ちでザックはそれを引き受けた。
そして試しに横取りして見せた所、それだけで銀貨十枚程が支払われた。
その後、更に二回程妨害したがどちらも銀貨十枚を貰えたのでザックにとって男は〝優遇すべき依頼主〟となった。
そんな妨害も今回で三回目だった。
しかし今回はイレギュラーがあった。妨害直後にクレアに仲間が出来て、別の依頼を受けられてしまった。
ザックの仲間である魔法使い『ベーダ』がその事を報告してきた為、ザックは鎧の男に伝えた。
すると依頼の達成を阻止出来たなら、大金貨一枚を出すと約束されたのだ。
報酬の内容はあまりに大きい。
今後もこれなら一攫千金も夢ではないので、これからも続けるべきだとザックは決めた。
だがクレア達の受けた依頼が『C』だった事からして、出来た仲間は少なくともザックと同レベルの冒険者である事になる。
そうなると今後の妨害も今回同様、後から潰す形になるので楽ではない。
「ところで女の動きはどうだ? 女の受ける依頼を知っておかなきゃならんからな」
「あのオナゴは、とりあえずまだブルドにおるようだが。依頼を受けに王都に戻るじゃろ」
と、顎髭を撫でながら答えるグレゴールに「そうか……」とだけ答えた。
ザックには一つ気掛かりがある。
それは突然クレアの仲間になった冒険者の男の事だ。
森で少し見たが、とても『C』ランクの冒険者とは思えなかった。
というのも、とても華奢で戦士には見えなかった。
一緒にいた騎士風の男がその冒険者かと思ったほどだが、ベーダの話では華奢な方だと言う。
魔法使いなのかもしれないが、ザックはその男から魔力的なものを何も感じなかったのだ。
子供からでも多少の魔力は感じられるが、男からは全く感じられなかった。
〝全く〟である。
それがザックには気味悪く感じたのだ。
「俺達が知らない間に依頼を受けられると面倒だ。出来るだけ俺達が先に残ってる依頼を受けてしまったほうがいいな」
「でも今は、スライム討伐の王国案件があるから完全には潰せないぞい?」
「ふむ。てはスライムも狩り尽くす必要があるな。とりあえずベーダは引き続き、ギルドで女が依頼を受けるか見張っておいてくれ。グレゴールは、男の方を少し調べてほしい」
ザックの言葉に二人が頷く。
「ヒヒヒ。わかったぜ」
「うむ。では男を尾行してみるわい」
ザック的には、大金貨をもう数枚は稼いでおきたい所だ。
邪魔になるようならクレアの仲間を潰す方向も視野に入れる必要がある。
鎧の男がどこまで求めているのか正直わからないが、結果を出せば大きな報酬をくれる事は確実だ。
彼からの信頼を得る為なら、人ひとりを殺める価値も充分にあるとザックは考えていた。