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バルトの見る世界


 ◇◇◇◇◇


 その森はそこまで木々が密集しているわけでもなく、陽の光もしっかり差し込んでいる。

 日中だと穏やかな雰囲気すら感じる森だ。


 バルトは子供の頃にクレアと二人でこの森に来ようとして途中で引き返した事を思い出していた。

 当時は虫系の魔物や、稀に小さめの獣系の魔物が出るくらいの比較的平和な森だと聞いていたのだ。

 

 そんな森に現れたオーク二体を討伐。

 それなりの経験を積んでるバルトにとって、クレアの実力は身のこなしを見ればわかったが。

 いかなる理由があれ二体揃っていないと依頼完了とは認めないとクレアの父、ラウンテン子爵は言った。


 クレアはまんまと父親の罠に嵌まったのかもしれないと、当初のバルトは考えていた。

 何故なら魔物がオークとは言え二体いて、しかもクレアはクレリックだ。

 戦う手段が乏しい彼女には簡単ではないと思っていた。


 しかしその後バルトは、そんな自分の考えが完全な〝偏見〟だった事を知る事になったのだ。


 それは、この森に入る少し前の事で。

 クレアが突然走り出した先には〝コボルト〟がいた。

 コボルトは頭が犬で、身体は人型の魔物で確かに弱いのだが、クレアは武器も持たずに走って行ったのだ。


 バルトが心配して見ていると、走るクレアの体が青白く光を放ち始めた。

 そんな彼女に気付いたコボルトが殴りかかったが、彼女をそれを両腕でガードすると、すぐさま鮮やかな回し蹴りをコボルトの首に打ち込んだのだ。


 驚いていたバルトに向かって、リュークという子爵家御用達の護衛騎士が言った。


『すごいだろ。私も初めて見た時は驚いたものさ。クレアお嬢様の武術は本当にすごくて、私なんか以前に訓練で殴り殺されそうになったんだ』


 殺されかけた事を誇らしげに自慢していた。

 実際、クレアの体術と魔法の応用技はバルトの想定を超えており。

 あの戦いっぷりを見れば、バルトも考えを改めるしかなかった。

 

 そしてバルトは確信していた。

 彼女ならオーク二体でも倒せるだろう、そう思っていたのだ。


 しかし、この森にいたのはオークだけではなかった。



 ▽



 その大きな魔物は森の奥から突然現れた。

 見た目はオークに似ているが、オークではないとバルトは直ぐにわかった。


 しかしその魔物が姿を表すなりクレアは「なんだ、まだいるじゃない!」と何も考えずに飛び出したのだ。


「待って、クレア!」


 バルトの言葉はクレアには届いていなかった。

 それが〝オーク〟だったなら、バルトも何も心配しなかったが、その魔物はオークなんて雑魚ではなかったのだ。


 オークに似ているがオークより二倍近く体格がよく、頭に二本の角がある〝デモンボア〟と呼ばれる魔物だ。

 力も知能もオークより高く、冒険者ギルドの討伐依頼なら『A』ランク以上が求められる。


 そんな魔物にクレアは拳を打ち込んだ。

 しかしそれが効いた様子もなく、魔物は直ぐにその巨体からは想像出来ない速さで棍棒を振った。

 慌てて防御姿勢をとったクレアだったが、その強烈な一撃に吹き飛ばされ。

 数メートル先の大木に叩きつけられた。


 それを見てリュークが腰のサーベルを抜いて「イヤァ!」と斬りかかったが、リュークはアッサリと魔物に蹴飛ばされバルトの前へと転げ戻ってきた。


「リュークさん!?」


 その呼び掛けには応じず、口からアワを吹いて気絶しているリュークを見てバルトは腰からナイフを抜いた。

 デモンボアとは言え、バルトにとってはさほど恐れる相手ではない。

 勝負は一瞬で決まるはずだった。

 しかし……


「バルトやめなさい! これは私に課せられた依頼よ。あなたは手を出さないで」


 意外と早く回復したクレアにはバルトも驚いたが、それよりも彼女の言葉がバルトを抑制した事が問題だった。

 胸には淡く光る奴隷の証。戒めはまだ発動していないが、それは戦っていないからだ。

 今、バルトが動いても満足に動けない可能性がある。一旦クレアに戦う為の命令をもらう必要があった。


 その為にはクレアに伝えなければならない。


「クレア。あれはオークじゃない!」


 バルトの言葉で一瞬クレアの動きが止まったが、彼女は直ぐに動き出した。

 聞こえた筈だが無視したのだろう、とバルトは判断する。

 こんな危機的状況でも彼女はわが道を行くのだ。


 だが、それだけ自信を持ってるだけの事はある。

 デモンボアの放った棍棒の一撃をクレアは華麗に飛んで避け、そのまま全身をシッカリ使った見事な回し蹴りを首筋に決めるのだから。


 しかしそれでもデモンボアは少しグラついた程度で、すぐに踏みとどまりクレアの脚を掴んだ。

 そのまま彼女は逆さ吊りにする。


 完全に抵抗出来ないクレアにトドメを差す為、デモンボアの棍棒が大きく振りかぶられた。

 これはマズイとさすがのバルトも慌てて叫ぶ。


「早く、僕の戒めを解いて!」


 その声が届いていないのか、クレアは絶望したように瞳を閉じた。

 だが、次の瞬間呟いた────「助けて」と。


 途端にバルトの胸の紋章が一際光を放った。

 先ほどまでの〝手を出すな〟から〝助けて〟という命令に切り替わったようで。

 バルトを戒めるものは無くなった。

 ただ、クレアとの距離は二十メートル以上ある。


 覚悟を決めて地面を蹴ると同時に、バルトの視覚からは色が失われた。

 同時に音も聞こえなくなり、バルトの見てる世界は静寂のモノクロ世界へと変わった。


 棍棒を振るうデモンボアの動きが遅く感じた。

 バルトが握る小さなナイフ──【ユニバーサルブレイド】も、ゆっくりとその刃を伸ばす。

 その刃渡りが一メートル程に達した頃、バルトの体はデモンボアの首元に辿り着いていた。


 伸びた刃はデモンボアの首から左の肩口へ向かって滑るように走り、そのまま抜けた。

 デモンボアの首が胴体からズレて、遅れて左腕が落ちていく。

 ゆっくり、ゆっくりと。


 時間にしたら一、二秒程の事だが、バルトには周囲の全てがスローモーションに見える〝気持ち悪い世界〟での出来事だった。

 実際はバルトが異常に速いのだが、その動きを目で追える者など近くにはいなかった。



 魔法の中には〝パワーアシスト〟や〟〝ムーヴアシスト〟等、筋力を補助する魔法がある。

 だがバルトが超速で移動出来るのは魔法による筋力アップではないのだ。

 まして時間を遅くする魔法でもない。

 そもそもバルトは魔法が使えない。


 魔法とは、体内の魔力を別の力に変えて体外に放出する為の方法であるわけだが。

 バルトは理由あって魔力を体外に放出するという行為そのものが出来ない体なのだ。


 その代わり魔力そのものを筋肉の〝代わり〟として使う事が出来る。

 筋肉量に関係なく、魔力で肉体を動かすのだ。


 その為、バルトは普通の人間では不可能な領域の力や速さを得る事を可能にしていたのだが。

 体内の魔力をどこかに集中させれば、必ず他の何かが犠牲になるのもバルトならではの〝体質〟だった。


 今回も己の機動力にほぼ全ての魔力を集中した結果、目や耳を完全に機能させる事が困難になり、色や音を認識する能力を捨てる事になったが。

 戦闘には関係ないし、慣れた事なので特別気になってはいない。

 どうせしばらくすれば元に戻るのだし。


 ただ、そんなバルトでも慌てた瞬間があった。

 それは助けたつもりのクレアが、魔物の腕と一瞬に地面に落下する所を見た時だ。

 気付くのが遅れ、さすがのバルトでも間に合わなかったのだ。


 僕もまだまだ未熟だなぁ……とバルトは何気にショックを受けていた。


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