もう一体の魔物
「どうなってんのよ、まったく……他にいるですって? いないわよもう、オークなんて」
ザック達が去った後、私の口からはひっきりなしに愚痴が漏れ続けていた。
「クレアお嬢様。とりあえずまだ探してみましょう」
リュークへ返事を返す気にもならない。
何故なら、結局一時間程森を歩いたが見つけたのはザック達が倒したらしき首の無いオーク二体だけだったからだ。
それにしても依頼情報が彼らに漏れたのか?
しかし依頼書は私が持っているので、討伐対象を横取りした所でザック達にメリットはないはずだ。
私が依頼を達成出来なくなるという事が、彼らのメリットだろうか?
さすがにそれは理解出来ない。
もはや諦めかけていた時。
ドスン、ドスンっと大きな足音が森の奥から聞こえてきた。その音は明らかに大型の魔物である。
もしかして? と期待はしていたが、その魔物が姿を表すと同時に私は歓喜の声をあげた。
「なんだ。まだいるじゃない! 後は私に任せて二人は手出し無用よ!」
現れたのはオーク一体だったので、バルトとリュークを制して私は直ぐに飛び出した。
「ベネディクション……」
私の全身が淡い光に包まれる。
開幕と同時に私が防御魔法〝プロテクト・ベネディクション〟を展開するのは身を守る為だけではない。
これは、ぶん殴る為の魔法だ。
全力で相手を攻撃しても、自分の拳や脚は怪我しないようにする為の防御魔法であり。
この方法を考えついてからは、一点の迷いもなく全力で魔物を攻撃する事が出来るようになった。
この森に入る前、私がそれをバルトに披露すると彼もかなり驚いていた。
こんな方法で格闘術を使うとは思ってもいなかったようだ。
私はそもそも『E』ランクなんてやってる器ではないのだ。
自意識過剰だと思われるだろうが、実力だけなら『C』いや、『B』で評価されても良いはずだと自覚している。
「もらったわ!」
気合い一発、私の拳がオークの眉間に入った。
確かな感触が拳に伝わってくるが、何か様子がおかしい。
あれ? 重い……倒れない。
オークは微動だにしなかった。
それどころか、持っている棍棒を巨体に見合わない物凄い速さで振りかぶった。
「くっ!」と、咄嗟に私は両手両足を使い、全身を丸くする。
次の一撃はヤバい! 私の直感が咄嗟に防御姿勢をとった。そして、予想通り。
いや、予想以上の勢いで私の体に棍棒がぶつかる。
全身にビリビリと電気が走ったような感じがして、その直ぐ後に背中側から激痛が走った。
目の前が真っ暗になり、今まで味わった事のない痛みが全身を襲う。
口の中に血の味が広がる。
真っ暗な視界は直ぐに回復したが、私の身体はオークから少し離れた場所にいた。
どうやら吹き飛ばされて、後ろにある大木に叩きつけられたようだ。
直ぐに私は治癒魔法〝セイクリッド・シャイン〟を施したが、全身の痛みは半分も引かない。
「も、もう一回……」
治癒魔法二回目でようやく立ち上がる。
気付けばリュークがバルトの前で倒れていたが、何があったのかは知らない。私の認識外で何かあったのだろう。
オークごときに油断したの? いや、それを言うなら私も同じなのだ。
あの棍棒さえ避ければ大丈夫。次はイケる!
私がもう一度全身に防御魔法を展開した時、バルトが腰から小さなナイフを抜いているのが見えた。
戦うつもりなのだろう。いや、ダメだ。
私が一人でやるとお父様と約束したのだから。
「バルトやめなさい! これは私に課せられた依頼よ。あなたは手を出さないで」
「クレア。あれはオークじゃない!」
なんて? オークじゃないなら何なのだ。
どちらにしても私には関係なかった。オークじゃないなら尚更の事だ。
この魔物の首でも持ち帰らないと、お父様に弁解の余地もない。
見ればバルトの胸は薄く光っていた。
つまり私の〝手を出すな〟という命令が効いているのだろう。
つまり、もう彼からの横槍が入る心配はない。
私は今一度全力で踏み出した。
拳がダメなら脚がある。元々私は蹴りの方が得意なのだ。
バルトいわく〝オークじゃない魔物〟は私の接近に気付いて再び棍棒を振るった。
しかし、二度も食らうほどバカではない。
私が地面を蹴って飛び上がると、棍棒は私の足の下をすり抜けて行った。
うまく避けれたので後は魔物の首筋を狙う。殆どの生き物は首に大きなダメージが入るからだ。
そして攻撃直後の魔物は、今まさに完全に無防備な状態だった。
すかさず私は全身の捻りを加えて、渾身の回し蹴りを魔物の首筋に叩き込んだ。
手応えは確かにあり、魔物の巨体がゆらりと傾く。
今度こそ完璧に入った!
と、思った途端にその巨体はグッと踏みとどまる。
そして棍棒を持っていない方の手がニュッと伸びてきて私の脚を掴んだ。
そのまま引き上げられて、私は魔物によって逆さまに宙吊りにされてしまった。
これはさすがに身動きが取れない。
地面に叩きつけられるか、放り投げられるか。まさか食べられる……事はないと思うが。
と考えていると、魔物が反対の手に握った棍棒を振りかぶった。
この防御しきれない状態で、最初のような一撃を食らえば耐えれる自信がない。
頭だけは守るべきなのか? しかし、それで体に直撃したら内臓破裂は避けられないだろう。
完全に終わった。そう思った瞬間、時間の流れが凄く遅く感じられた。
下を見るとバルトの顔が見えた。
彼は必死な形相で何かを叫んでいる。
そういえば彼は現在〝戒め〟によって動けないのだ。
失敗したなぁ……
彼を自由にしておけば、ひょっとしたら私は助かったかもしれないなんて考えが過る。
私は全てを諦め瞳を閉じたが、最後に思わず口から本音が漏れた。
「助けて……」と。
命を絶たれる寸前になって泣き言を口にした所で、誰にもどうする事も出来ないのだが。
殺すなら一瞬でお願いしますね、と祈るように呟いた。
すると直ぐに私の全身に痛みが来た。思ったよりは痛くなかった。
死ぬ間際なんてこんなものなのだろうか?
思っていた痛みとは違ったし、むしろ最初に棍棒でぶっ叩かれ時よりも痛くない。
あれ? と、目を開けたら状況が飲み込めた。
どうやらこの痛みは棍棒で叩かれたのではなく、私の身体が地面に落下した時の痛みのようだ。
ふと脚を見ると、いまだに魔物の手に握られている。
その手は肩の辺りまでしかなく、体がついていない。
いや、どちらかと言えば、私の脚に魔物の腕だけがついてきているのだ。
つまり魔物の腕ごと、私は落ちたのだ。
その切り口は鋭利な刃物で切られたかのように、とても綺麗だ。
なんて思ったが、普通に気持ち悪い事に遅れて気が付いた。
誰かこれ取ってよ! と思ったが、言葉にならなかった。
近くには首の無い魔物の巨体が倒れている。
よく見れば手も無いのでおそらく、あそこに私の脚を掴んでいる手がくっつくのだろう。
そんな魔物の隣にバルトは立っており、何とも言えない表情で私を見ていた。
胸元の紋章がいつもより強めの光を放っているようだが、それよりも手には少し長めのナイフ……いや、ショートソード? が、握られている。
彼、こんな剣持ってたかしらと、そんな事を考えながら私は呆然としている彼に命令した。
「早くこの魔物の手を切り離してよ!」
「あ、うん。ごめん」
よくわからないが、とりあえず私は生きているらしい。