幼馴染みとの再会
── ウィル王国・王都リヒトゲルツ ──
オーベル公国での騒動から一年余り。私、クレア・ドール・ラウンテンは、聖魔法の習得に没頭した甲斐あって、今や防御と治癒の術をそれなりに扱えるようになった。
だが、攻撃魔法となると話は別だ。クレリックの攻撃魔法なんて、そもそも選択肢が乏しい上に、習得には相当な時間を要する代物。一年や二年で身につくほど甘くはない。
そこで私が選んだのは、格闘術。私という人間は器用貧乏とは程遠い。剣や刃物を扱えば、むしろ自分を傷つける危険性の方が高そうだし、弓となると話にもならない。
ところが不思議なもので、格闘術だけは自分の意のままに動けた。幼い頃から体を動かすのが好きだったせいか、素質があったのかもしれない。
当然、両親は猛反対した。だがイレイザーを目指す以上、何かしらの攻撃手段は必須だ。私は諦めなかった。
そもそも冒険者になること自体に難色を示す両親。「女の子が冒険者なんて」だと?笑止千万。女性の冒険者だってごまんといるというのに。私を救ってくれたリンケージにだって、れっきとした女性がいたではないか。
結局のところ、一ヶ月前、両親の反対を押し切って冒険者となった。
左手首に刻まれた小さな〝冒険者証〟が、その動かぬ証拠だ。現在の私は『E』ランク。最下層の『F』からスタートして、たった一ヶ月で階級を上げたのだから、かなりの快挙と言えるだろう。
しかし、これはほんの序章に過ぎない。私の目標はイレイザー(討伐屋)。ここからが本当のスタートラインであり、冒険者稼業の真の難しさを思い知ることになるのだ。
「また横取りするつもり、ザック!」
私の声が、ギルドホールに響き渡る。目の前には、スキンヘッドで顔に大きな傷のある男。私の倍以上はある巨躯で、呆れたような目で見下ろしてくる。
彼の名は『ザック・ロジック』。王都の冒険者ギルドでは知る人ぞ知るイレイザーの一人だが、私は好きになれない。
「平気よ。仕事選んでたら階級は上げられないし」
強がりを吐く私に、ザックは冷徹に言い放つ。
「いや、この依頼は俺が受ける。お前はもっと身の丈に合った仕事を選べ」
その言葉に、私の中で怒りが沸き立つ。だが、悔しいことに、彼の言い分が正論だと理解している自分がいた。
私には仲間がいない。新米冒険者が単独で討伐依頼を受けるのは危険だと、ギルド職員からも再三忠告されている。それでも、私は諦めない。イレイザーになるという夢を、そう簡単に手放すわけにはいかないのだ。
ザックが受付を済ませて立ち去った後、私の視界に飛び込んできたのは、フードを被った怪しげな人物。その正体不明の者がジッと私を見つめているのに気づき、思わず噛みついてしまった。
「なに?私に文句でもあるの!」
虫の居所が悪かったのだ。だが、その人物の返答に驚愕した。
「...クレア。僕だよ」
屈託のない笑みを浮かべ、私の名を呼んだ。誰だろう?と首を傾げた瞬間、フードを脱いだその顔に見覚えがあった。
「バルト!」
そう、彼の名は『バルト・シヴュア』。私の唯一の男友達にして幼馴染み。幼少期に遠方へ引っ越してしまい、それ以来音信不通だったのだ。
「久しぶりだねクレア。ってか話聞いてたけど、冒険者になったの?」
「まあね。ってかあなたは今何してるの?」
「僕も。冒険者でもっぱら、イレイザーをしている」
嘘...!?
にわかに信じがたく、思わず絶句してしまう。だって、幼い頃のバルトはあまりにも頼りなく、今でもその細身の体つきは変わっていない。
だが、聞けば既に5年以上イレイザーとして活動しているという。人は変わるものだ。まあ、貴族令嬢の身でイレイザーを目指す私が言える立場ではないが。
それでも、あのひ弱な体で満足に戦えるとは思えない。魔法が得意なのだろうか?だが、そんな話は聞いたことがないし。もしや、よほど仲間が優れているのかもしれない。だが、近くに仲間らしき人影はなく、聞けば今はソロ活動中だという。
...まさか、パーティーのお荷物として見限られたのではないか?
だとすれば好都合だ。丁度仲間が欲しかったところだし、今は猫の手も借りたい状況なのだから。
「一人だと怪我した時とか大変でしょ。私は治癒魔法が得意だから一人でも平気だけど...」
さりげなく自慢の杖を回して見せたが、バルトは「ハハハ」と愛想笑いをするだけだった。
この反応...意外だった。昔のバルトなら、すぐに私にすり寄ってきたはずだ。だが、今のバルトは少し違う。正直、少し寂しさを覚えた...いや、それを通り越して苛立ちすら感じた。
「大変なら私が組んであげてもいいわよ?」
「と言うのは...?」
「だから。あなたに協力してあげてもいいって言ってるのよ」
「それはつまり、僕に協力してほしいと...」
「は?違うわよ。〝私が〟あなたに協力してあげるって言ってるの!」
「ああ。うーん、どうしよっかなぁ...」
この反応には本当に驚いた。昔のバルトなら二つ返事でついてきたはずなのに。そう思った瞬間、突如バルトは片膝をついた。
まるで見えない何かに上から押さえつけられるような、不可解な仕草に、周囲の人々が一斉にバルトに注目する。
「バルト!大丈夫?」
咄嗟に駆け寄ろうとした私を、バルトは手のひらを向けて制した。
「大丈夫...ちょっと、めまいがしただけ」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる彼。
だが、その表情には何か隠し事をしているような曖昧さが漂っていた。
「本当に?無理しないで...」
「心配ないよ。それより、クレア。君の話、考えておくよ」
突然の出来事に戸惑う私に、バルトはそう告げた。だが、私には彼の言葉の真意が掴めない。
「え?何の話?」
「組むかどうか、だよ。少し時間をくれないかな」
ああ、そういうことか。正直、さっきまでの私なら、すぐにでも一緒に組もうと言っていたかもしれない。だが、今のバルトを見ていると、何か違和感を覚えずにはいられない。
「...分かったわ。でも、あまり待たせないでよ?」
「ありがとう。じゃあ、また」
そう言って、バルトは去っていった。
私は彼の背中を見送りながら、複雑な思いに駆られた。昔のバルトを知る私には、今の彼があまりにも違って見える。まるで別人のようだ。
そして、私自身も変わったのかもしれない。イレイザーになるという夢を追いかけて、こんなにも必死になっている。
ふと、ギルドの掲示板に目をやる。そこには、まだ私が受けられる依頼が残っていた。
「よし...」
私は決意を新たにした。バルトの返事を待つ間も、自分にできることをやり続けよう。たとえ小さな依頼でも、一つ一つこなしていけば、いつかは夢に近づける。そう信じて。
「リンケージのみんな...私も、いつかあなたたちのようになれるかしら」
そうつぶやきながら、私は新たな依頼書を手に取った。
これが、私の冒険者としての日々。そして、イレイザーへの長い道のりの一歩。まだまだ先は長いけれど、必ずや...必ずや成し遂げてみせる。この夢を。この憧れを。
そう心に誓いながら、私は次なる冒険へと歩を進めた。