ランクアップ
助けた四人は、シュリンプをリーダーとする冒険者グループだった。
そして、どうやら私を高位のクレリックだと勘違いしている。別に高位じゃないのだけど、気持ち良いので敢えて否定はしない。
「しかし、どうしてこんな時間に狩りを?」
「はい。実はこの辺りのスライムを狩り尽くすつもりだったのですが……」
「狩り尽くす……?」
「そういう依頼なんです」
聞けば、それはギルドの依頼ではなかった。
彼女達は北の『ノエルス大陸』から渡って来たばかりで、拠点も仕事も探している途中に〝金貨一枚〟でスライムを狩り尽くす事を依頼されたようだ。
ギルドの依頼はスライム十匹で銀貨一枚。
銀貨は十枚で大銀貨一枚、大銀貨十枚でようやく金貨一枚だから……
スライム千匹を倒すのと同じ報酬だ。
ちなみに辺りのスライムを狩り尽くしたとしても百匹くらいだと思う。
「確かにいい話だけど、それって……」
「はい。お察しの通り、個人からの依頼です。私達もギルドの依頼は見ていたので、規約違反なのは知っていました。しかしあまりに報酬が大きく、まだ『E』ランクで、旅の資金も必要な私達にはとても魅力的な話でつい。きっと罰が当たったのね」
だから彼女達は人の目につかない夜中にスライムを狩っていたのだ。
冒険者ギルドにはルールがある。
例えば、冒険者規約・第四『請け負う依頼が他者と被った場合、上位階級側に優先権がある』
これには私もかなり苦しめられた。
他には、冒険者規約・第八『他者の依頼を妨害する行為を禁ずる』なんてのもある。
そして冒険者規約・第九『冒険者ギルドの依頼を断りなく第三者に委託または、第三者から請け負ってはならない』
これはシュリンプ達に委託した者も、それを請け負った彼女達も違反である事を示している。
ただシュリンプ達が、誰の依頼でもなく無関係にスライムを狩っていただけと言えば済む話だ。
かなり強引な言い訳だけど。
────ただ、彼女は正直だった。
「クレア様に助けられた時点で神に試されているのでしょう。もはや嘘はつけません。私達はギルドに自白し、倒したスライムの素材はクレア様に渡します」
「べ、別にいらないわよ」
まるで私が取り上げたみたいだし。
それより、彼女達だけに罪を背負わせるわけにはいかない。
「あなた達に依頼したのってどんな人だった?」
「スキンヘッドで顔に大きな傷がありました。大きな人でしたね」
ザックだろうか。しかし、彼らがそれをしても利点は何もないのでは?
ただ、規約違反には違いない。事実なら処罰してもらう必要はある。
そこで私はシュリンプ達と共に、王都の冒険者ギルドに向かった。
そして翌日。
昨夜の時点でギルドの受付が〝上に話を通しておくので朝に再び来るように〟と言われていたので、私が冒険者ギルドに来た時には、既にシュリンプ達はギルド長らしき男性と話していた。
バルトともここで待ち合わせなのだが……まだ来ていないようだ。
とりあえず証人として私もシュリンプ達の話し合いに顔を出したが、既に一通りの話し合いは終わっていた。
彼女達は今回の件で、一週間の冒険者証停止を言い渡されたようだ。
そしてギルド長は私に言う。
「────ところで。今回の件で彼女達は、自分達が得たスライム素材を全てあなたに譲渡したいようだ」
「それは御断りして……」
「いいえ! クレア様に助けられたままでは私達も気が済みませんので受け取ってください」
シュリンプの強い意思が感じられ、私は思わずコクりと頷いてしまった。
素材は依頼八つ分らしく……つまり、シュリンプ達は八十匹のスライムを狩っていた。
そりゃ、スライムの数も減るはずだ。
まあ、ギルドが認めたなら仕方ないと納得したが、ギルド長はさらに続ける。
「そして彼女達の話ではクレア殿がリザードウルフを倒したそうですね。その魔物は最近、街道の商人達を襲ったりして問題になっていたのです。ギルドとしてはその事を評価して、クレア・ドール・ラウンテンの冒険者階級を一つ上げる事を決定しました」
「え!? でもあれは……」
「なに遠慮はいりません。ギルドからの評価なので」
「は、はい……ありがとう、ございます」
倒したのはバルトなのだけど。
いや。でも彼は私の奴隷だから、私の武器でもあると考えれば〝あり〟なのか?
少し後ろめたいが、これもギルドが決めた事だ。
ま、いいよね。
「おめでとうございます。クレア様!」
「あ、いや。こっちこそ、なんか色々ありがとう」
シュリンプは「はい」っと笑顔を見せた。
冒険者証を停止されたのに元気だ。あまり深く考えない性格なのだろう。
案外、気が合うかもしれない。
バルトがいなかったら、彼女達のパーティーに入れてもらうのも悪くなかったか?
いや。私のボロが出るのでやはりダメだ。
とりあえず階級を『D』に上げる事が出来た。
後一つ上げればバルトに追い付く! そう思うと俄然やる気が出てきた。
「おはよう、クレア」
振り返るとそのバルトがいた。
しかし、何故か彼の後ろにはザックとその仲間がいる。
そしてザック達の格好はボロボロだった。
「おはよう。ってあんた、何してんの?」
「ああ。うん、ちょっと頼まれて────ギルド長さん、彼らで間違いないですか?」
と、バルトはギルド長にザック達を引き渡した。
何がどうなってるのかわからないが、バルトとギルド長の間では話が成り立っているようだ。
「面倒をかけたね。彼らが規約違反をした者達に違いない。素直に来るとは思わなかったが、君に頼んで良かったよ」
「いえ。僕は連れてきただけですから」
あのザックが素直に?
にわかに信じられない話だが、実際に来ているのだからそうなのだろう。
もっとも、彼らは納得しているように見えないが。
しかし数分後。
首謀者のザックには半年間の冒険者証停止が言い渡されていた。
彼らは最初こそ否定していたが、シュリンプが証言した事で渋々認めたようだ。
それにしても何故、こんなに仕事が早いのか?
確かに依頼主の特徴はザックに酷似していたが、それだけで直ぐにギルドが身柄の確保に動くのは異例だ。
事前に何らかの疑惑が浮上していたのか、相当権力のある人間が裏で動いたのか。
真相はわからなかったが、私としては当分彼らに依頼を横取りされる事も無くなるのでありがたい。
ただ、『D』から『C』に上がるにはそれなりの魔物を倒さないとダメなので、さすがに一人で『D』討伐をやり続けるのは辛い。
私は直ぐに受付でバルトとのパーティー登録を復活させた。
とりあえず今は『C』の依頼がないので暫しゆっくりする事にしよう。
『D』になって気持ちにも余裕が出たし、連日のスライム探しで疲労も溜まっている事だし。
朝食でも行こうとバルトを誘うと「うん。そうだね」と笑顔で答えた。
スライム素材の件もあり、シュリンプ達も誘ってみたが彼女達は宿を探したり色々と忙しいらしく、また後日という事になったので私はバルトと二人でギルドを出ようとした。
すると、ザックがこちらを睨んでいる。
そして言うのだ、「おまえ、覚えておけよ」と。
は? 自分が悪いんでしょ。なぜ私が文句言われなきゃならないのよ。
ほんと逆恨みもいいところだわ!
言い返そうかと思ったが、そこは無視してバルトと共に冒険者ギルドを出た。
私も少しは大人になれたようだ。