僕たちはついていた
よろしくお願いします。
普段、人間には我々の姿など見えていない。その男も私の姿など見えるはずもない。なぜかと言えば、私は守護霊であるからだ。私はその男の守護霊である。私はその男が生まれた時から、常に一緒にいた。
その男の名は、横山隆康という。彼は今年、二十八歳である。隆康は独身で、彼女もいない。今の仕事に飽き飽きしているように見える。
最近の隆康の様子を見ると、会社と自宅の往復ばかりで新鮮味のない生活を送っている。彼は人生に疲れているように見えた。
そんなある日、仕事を終えた隆康がいつものように帰路に着こうと駅まで歩いた。駅に着いて改札をくぐり、階段を上って、ホームで次の列車を待っていた。
しばらくして、列車が来るとアナウンスが流れ、その列車が駅へとやって来た。
その瞬間、隆康が線路へと飛び込んだ。
私は一度驚いたが、すぐに彼の後を追った。
目の前には、自分自身が倒れていた。
しかし、不思議なことに隆康はその駅のホームで立ち尽くしていた。
飛び込んだはずだった。けれど、隆康は生きていた。
しばらくすると、目の前にいた自分自身の姿が消えていた。あれ、おかしいなと隆康は思った。確かにさっきまでそこに自分と同じ分身のようなものがいた。一体あれは何だったのだろう。
その夜、隆康は大学時代の友人に電話をした。そして、彼に今日あったその出来事を話してみた。
「馬鹿、そんなことあるかよ!」
「いや、本当だって!」
案の定、彼はそのような出来事を信じるはずもなかった。
「じゃあさ、もしそれが本当なら、俺も試してみようかな」
「え?」
「だって、お前の話が本当なら、俺が飛び込んでもその自分の分身とやらが助けてくれるんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「だったら」
「でも、飛び込むのは止めた方がいいって……。」
「なんでだよ?」
「だって、本当に死んじゃうかもしれないでしょ!」
「お前の話、信じてみたいんだよ」
その翌日、その友人は仕事終わりに深夜の最終列車で飛び込んだらしい。
しかし、彼はその列車に轢かれて、そのまま亡くなってしまった。
隆康は彼が飛び込むとは思わなかった。というより、彼が飛び込んでも助かるはずだと思っていた。
だから、彼が飛び込んで本当に死ぬとは思っていなかった。
彼が死んでしまったことで、隆康は悲しい気持ちになった。
それから一週間後に、彼の葬儀が行われた。隆康は彼を飛び込ませてしまったことをひどく後悔していた。その葬儀には彼の家族や親戚、それから、友人と会社の人たちが集まっていた。
葬儀が終わり、彼の家族や親戚たちが大広間のテーブルを囲ってお喋りをしていた。隆康もその中に加わっていた。
「まさか、うちの子が電車に飛び込むなんて思わなかった。みっともない話よね」と、その友人のお母さんが言った。
それから、「横山くんは飛び込んじゃ駄目よ」と、続けて彼のお母さんが言った。
「実は、言いにくいんですけど、僕も前に一度、飛び込んだことがありまして……。」
隆康がそう言うと、親戚一同ビックリしていた。
「本当に?」
「はい。恥ずかしながら……。」
「あら、そう……。」
「でも、怪我はなかったみたいね」と、彼のお母さんは隆康をなめまわすように見て、そう言った。
それから、隆康はその後に起きた不可思議な出来事を全員に話した。隆康の話を聞いていた全員がポカンとした表情をした。
「私も同じような経験があります」
その後、一人の女性が口を開いた。彼女は友人の会社の同僚らしい。
「え?」
隆康は驚いた。自分と同じような経験をしたことがあるという。
「本当ですか?」
隆康がそう訊くと、「ええ」と、彼女は答えた。
「どうして僕たちは助かったんでしょうか?」
隆康がそう訊くと、彼女は「きっと守護霊のおかげよ」と言った。
「守護霊のおかげ?」
「うん。そうみたい。前にそんなことがあったもんだから、私ね、知り合いにたまたまお坊さんがいたからその人にその話をしてみたら、それはきっと守護霊だって言っていたの。それでなるほどって納得した」
隆康は見えないけれど、私たち人間には自分たちを守ってくれる守護霊がいるという話は聞いたことはあった。彼女の話によると、隆康が飛び込んだ時、自分の守護霊が隆康を守ってくれたということらしかった。隆康はなるほどと納得した。
「でも、あいつが亡くなったのはなんでだ?」
「それなんだけど……。」
その後、再び彼女が口を開いた。
「そのお坊さん曰く、守護霊が自分に化けて、助けてくれるのは一度キリなんだそうです」
「一度キリ?」
「はい」
「じゃあ、あいつは……。」
「もしかしたら、前に一度、その守護霊に助けてもらったことがあったんじゃないでしょうか?」
「そうか……。」
「それか、もしかすると、彼は一度、飛び込んで助かった。けど、もう一度、飛び込んでしまった。それで今度は本当に亡くなってしまったのかもしれませんね……。」
彼女がそう言った。
「…………。」
それから、全員が黙ってしまった。
「私たちはついていたんです……。」
その後、彼女が呟くようにそう言った。
確かに隆康たちは憑いていたのだろう、守護霊が。だから、ついていたのであろう。
「それって私たちだけじゃなくて、ここにいる皆さんも経験があるんじゃないでしょうか?」
それから、彼女がそう言った。
彼女がそう言ってから、そこにいた人達がガヤガヤと話し始めた。
すると、彼らは自分が事故に巻き込まれそうになった時、自分が助かったことを話していた。どうやらここにいた何人かが、守護霊によって助けられたらしかった。
「そう言えば……。」
その後、彼のお母さんが思い出したように口を開いた。
「息子がね、小学一年生くらいの時、下校中に交通事故に巻き込まれたことがあったわ。幸い怪我はなくて、ホッとしたわ。けど、かすり傷一つもなかったから、少し変だなって思って本人に聞いてみたら、『僕は平気。だけど、僕と同じような子が倒れて死んだ』って言ったのよ。その時、警察に訊いても、そこにはもう一人の子どもがいたとは言っていなかったんだけど、本人は『いた』と繰り返しいうのよ。それで、可笑しな子だなって思って、心配になったから一度病院に連れて行ったりもしたのよ。けど、病院の先生曰く、全く問題はないと言われたの。だから、私恥ずかしくなっちゃって……。それからは、もうそのことを考えないようにしたのよ。しばらくしたら、息子もそんなことを言わなくなったから、私もそのことを考えなくなっていたのよ。でも、今の話を聞いて、思い出したわ……。」
「彼が見たっていう同じくらいの子って……。」
隆康がそう訊ねると、「ええ、きっと、息子の守護霊だったのかもしれないわね」と、お母さんは言った。
どうやら彼は以前、彼の守護霊に助けてもらったことがあるようだった。隆康はなるほど、と納得した。
「息子も、一度は助けてもらっていたのね……。」
それから、お母さんが呟くようにそう言った。
守護霊は一度、自分たちを救ってくれるようだった。けれど、二回目は救ってもらえないらしい。彼はきっとそのことを知らなかったに違いない。もし知っていれば、飛び込まずに済んだかもしれない。
けれど、もし彼が小学生の頃に一度助けてもらったことを覚えていなければ、同じように死んでいたのかもしれない。
その後、お母さんは急に亡くなってしまった息子のことを思い出し、えんえんと泣いていた。
数日後、隆康はビルの屋上にいた。会社をクビになった。仕事ができない自分に嫌気がしていた。だから、ここから飛び込もうと思った。
隆康は屋上のフェンスを上り、外側のヘリに立った。そこから、住宅街と言った街並みが見えた。少し風が強く吹いていた。
もう自分には何も残すものがない。あとはこのまま飛び降りればいいだけだ。
隆康は飛び込むまでのタイミングを見計らった。
しかし、いざ飛び込もうとするも、なかなか飛び込めないのである。すぐに隆康は友人のことを思い出していた。彼は線路に飛び込んで亡くなった。彼は二回目だった。
このまま隆康がここで飛び降りてしまうと、彼と同じように本当に死んでしまう。せっかく救ってもらった命を捨てることになってしまう。
隆康は思い留まった。本当に死んでしまうのが怖かった。
それから、隆康は再びフェンスを上り、屋上の内側へと戻ってきていた。
どうやらそこから飛び込むのを止めたらしい。私は隆康のその様子を見て、ホッとした。
読んでいただき、ありがとうございました。