09 攻略ってかんたん
クレマンには、学院に来る時は必ず俺に連絡を入れてから来いと言っていたのに、アデルの話を聞いてついつい興味を持ったらしい。
クレマンはうろうろと学院を探していたが、疲れて図書館の入り口のベンチで座りこんでしまった。
するとどこから現れたのか、クレマンに声をかける。
「こんにちは。クレマン君だね。お姉さんは君の事よく知っているんだぁ」
クレマンが顔を上げると、ピンクゴールドの髪に紫の瞳。しかしその目は、獲物を狩る獰猛な光を放っている。
ゾクッとしたクレマンは兄に言わずに学院に来た事を後悔した。
「ねぇ、クレマン君の隣に座っていいかな?」
怖くてブンブンと首を縦に振るだけで精一杯だった。
「うふふ。かわいいー。私の事どう思う?」
アデルは自信たっぷりにクレマンの顔に近付けて聞く。
「カワイイデス」
「あはは、クレマン君のカタコトの方が可愛いよ。そんなに緊張するくらい私の事可愛いって思っているんだ」
クレマンは頷くしかない。
狩人は小さく怯える獲物の胸元に赤いブローチを発見した。
「ねぇ、クレマン君のそのブローチ見せてくれない?」
クレマンは震える手でブローチを外すと投げるようにアデラに渡した。
「やっぱり、本物はきれーだわ。ねえ、クレマン君、私これ気に入ったんだけど・・」
「あげる!! それあげる」
クレマンは少し被せ気味に返事をして、アデラを振り返る事なく走り去った。
「・・・クレマン君って、そんな簡単に攻略されるの? しかも一つ目の宝、ゲット出来ちゃったよ」
アデラは手応えのなさに驚きつつも、ブローチを眺めてにやついた。
「ちょっと私、この世界で万人の恋人になれるんじゃないかしら?」
アデラがあはははと大口を開けて笑う様子を、探察用式神で見ていた俺は、呆れてため息をついていた。
それにしてもクレマンの奴。帰ったら、説教だな。
アデラは幸先よくクレマンの赤のブローチを手に入れて、人生思い通りとばかりに学院の廊下を歩いていた。
そこで、二階の窓から下の庭園を見ると、ルシアが見えた。
ルシアは誰かを待っているようで、キョロキョロと辺りを探していた。
「もしかして、私の王子を探しているのかしら? 全く油断ならない女ね」
アデラは既に学院の男全てを自分の物だと都合よく認識していて、男の婚約者は邪魔物扱いだった。
「あっそうだわ、ルシアと二人っきりになって、ルシアに虐められたって言えば王子様は私を可哀想に思ってくれるわね」
くそッ。よりによってルシアに目を付けるなんて。俺は教室を飛び出した。
アデラは急いでルシアの元に走る。だが、そこにはすでにゼーゼーと息をしている俺が到着している。
そして、ルシアを抱えるように、その場を立ち去った。
「ちょっと待ってよ。アルー」
叫ぶアデラを無視して、俺はさっさとその場を離れる。
当のルシアは訳が分からないまま、俺に抱えられ大勢の生徒の中を突っ切って運ばれた。
つまり、大勢の生徒に抱えられているところを見られているのだ。
「あの、アル様。私、自分で歩けます。皆が見ていて恥ずかしいのですが・・」
「まだ、駄目だ。それにヴォルダ侯爵はルシアに一人で行動する事を禁止していただろう? なぜ、護衛を付けずにいたんだ」
つい強い口調で、ルシアに話してしまった。
ルシアは抱えられながら、ビクッと驚き体を小さくした。
「ごめんなさい。最近アル様にお会い出来ないから、あの場所で待っていれば通りかかられるのではと思って・・二人きりで会いたくて・・」
ルシアが、反省しているのは、よく分かる。
しかし、ここでいつものようにデレてしまったら、またルシアが一人で行動してしまうかも知れない。
「今、私は本当に忙しい。もし今みたいに君が一人でうろうろすれば、私はまた時間を割いて君を探さないといけない。もう少し慎重に行動して欲しい」
ルシアの従者と騎士がいるところまで来ると、ルシアを任せて急いで教室に戻った。
ルシアが胸の前で組んだ手を、震わせている事を知っていたが、俺はそのまま立ち去った。誰が見ているか分からない学院内で、ルシアにデレデレの所を見られてはいけない。それに俺も久しぶりに会ったルシアと離れるには、勢いが必要だったんだ。
暫く大人しくしていたアデラが、再び行動を開始した。
アデラの次の獲物はフレディーだった。
アデラは額に人差し指を当てて、ゲーム内容を確認していた。
「えーっとフレディーと仲良くなるには10歳下のフレディーの妹と仲良く遊ぶんだったわね。週末にフレディーが家族と食事をするために、妹が馬車で迎えに来る筈なんだけど、全然来ないじゃない」
毎週毎週、見に来ているが一向に妹が来ない。
痺れを切らせたアデラは、友人と話しているフレディーに直接声をかけた。
「こんにちは、フレディー・ハイネルさん」
「ああ、こんにちは・・・」
フレディーはいきなり声をかけてきた人物を確認して驚いた。
驚いた顔のフレディーを見て、アデラは自分の美しさに『キュン』としたのだと都合よく脳内変換した。
「横に座ってもいいですかぁ? 私、あなたとぉお話したくて、ずっと遠くからみていたんですぅ」
アデラは強い瞳に似合わない、もじもじした動作をする。
「どうぞ、こちらにお座り下さい」
フレディーはベンチに黄色の宝石がついたハンカチを広げる。
「!!!」
アデラはハンカチを凝視したまま中腰で動かない。
固まっているアデラを見て、フレディーは内心せせら笑っていた。
(きっと黄色の宝石を見つけて、喜んでいるんだろうな)
「す・素敵なハンカチですわね」
戸惑っていたが、アデラはハンカチの上に座った。
「私小さい子が大好きなんですぅ。もし良かったら、今度フレディーさんの妹さんと遊びたいですわ」
「へー。子供ガ好キナンデスカ?
カワイイ、デスネ」
フレディーは心にもない事を言うと台本を読んでいる様な棒読みになってしまう。
「え? もう私の事を可愛いって思ってくれてるんですか?」
アデラはフレディーのカタコトを変だとも思わず、大喜びだ。
「ねぇ、私の事好き?」
「・・・ス・・キデス」
フレディーは赤いを通り越して赤黒くなった顔で、立ち上がった。
「どこに行くの?」
「その・・用事ガデキタノデ、失礼シマス」
走り去るフレディーを見送り、アデラは自分のお尻の下に、手に入れるべき宝石ついたハンカチがある事を思い出した。
「やったわ。もう二つも手に入った。しかも、フレディーもちょろかったわ。私が横に座るだけで惚れるなんて、このゲーム実際は何度やっても至宝の鍵は手にはいらなかったのに、ここでは簡単じゃない。やっぱり、ヒロインの私が可愛いからね」
アデラはハンカチを折り畳んで、ポケットにしまい、ご機嫌で去っていった。




