07 酒を飲むな
ゆっくりしたいのは、皆同じだ。俺だってルシアの近くでゴロゴロしたい。だらだらしたい。イチャ・・・そこまでは思っていない。事もない。
贋金貨のせいで、ほとんど寝ていない。
ロコン伯爵、ビトシオ伯爵、この落とし前はきっちりとつけさせてもらうからな。
探察用式神からの報告の映像と不正の書類で証拠も揃った。
ちょうど贋金貨の工房に居合わせたロコン伯爵を捕まえることが出来た。
もちろん贋金貨の流出前だ。
同時刻にビトシオ伯爵も食品の不正な流通操作により騎士団が逮捕した。二人の繋がりも、ロコン伯爵の邸宅のゴミ箱から、ビトシオ伯爵に焼いて捨てろと言われていた手紙を見つけ、証明できた。
迂闊な者を手下に加えたのが運の尽きだった。
ロコンとビトシオの罪状をガルシア宰相と話していた。
しかし、それが決まる前に話して置かないといけない人物がいる。俺はトマスを呼んだ。
「トマス、君に約束したロコン伯爵の処遇なんだが、王家反逆罪が適用されて、極刑になりそうだ。君には路地裏で行き倒れを約束したがそうはならなくなった。すまない」
俺が頭を下げると、トマスは慌てて俺の足元に平伏す。
「頭を上げて下さい。俺なんかを助けてくれて、その上母の敵を取って下さりありがとうございました。これで、スッキリと前を向いて生きていけます」
トマスの目に曇りはなかった。
うん。いい目だ。
「もし、よかったら私の侍従兼補佐としてここで働かないか?」
トマスが目を瞪る。
「俺なんかがここに居ていいんですか?」
トマスは迷っている。
ーー{トマス} 王宮の礼儀も知らない俺がやっていけるわけがない。
このままではトマスは断るだろう。返事を聞く前に俺は説得を試みた。
「あの机の上を見て欲しい」
俺は書類の山を指す。
「これを手伝ってくれる人物を探していたんだ。よほど信頼できる人物しか任せられない。手伝ってくれる人物が居ないので宰相にも手伝ってもらっているが、奴は逃げるのが上手い。だから、どうだろう?」
ガルシア宰相がズイッと出てくる。
「それは良いお考えです。ずっと手伝いの者を雇うようにいい続けてきましたが、やっと王太子殿下のお眼鏡に叶う人物が現れたのですね。うんうん。君、トマスと言ったね? どうか引き受けて頑張ってくれたまえ」
ガルシア宰相も、トマスが返事をする前に捲し立てて、決めようとする。
だが、それが良かった。
「あッはい、頑張りますので宜しくお願いします」
押しきられる形でトマスが承諾してくれた。
まぁ、ちょっと強引だったが彼の優秀さはゲームでも指折りだった。しかも、彼の心の中は本当に俺への忠誠心で溢れていた。
助けただけで、ここまで恭順の意を表してくれるとはゲームの強制力だろうか?
やっとゆっくり出来る。
眠れる!
ルシアの顔を見に行ける!
と思った矢先、王都近くの森で魔物が出た。それはよくある事だった。
しかし、それを討伐しに行った青の騎士団の団長が行方不明になったと知らせが入った。
俺は連絡を受けて、早速現場に向かった。
護衛騎士が一緒に行くと食い下がったが、着いてこられると余計に手間がかかるので、ぶっちぎって置いてきた。
青の騎士団長は強い。それが行方不明になるなんて、余程の事があったに違いない。それか魔物が強すぎて連れ去られたのか?
俺が森に着くと、青の騎士団が森に探しに行く為の隊列を組んでいた。
「私も行こう」
俺が声を掛けると、騎士団の皆が微妙な顔付きになる。
「殿下が来られる程の事ではないのですが・・・」
お互いに目配せをして様子がおかしい。
ーー{団員} 最強な殿下にこんな事で来て頂いたとあっては、恥ではないのか・・どうにかして帰ってもらわないと
「副団長、何があったのか説明をしろ」
寝不足でイライラした俺が、睨むと諦めた副団長が訳を話し出した。
「アルテシーク殿下にはここまでご足労いただいたのに申し訳ない。実はカジョ・メサ団長が討伐終わりにお酒を召し上がられて・・」
そこまで聞いてわかった。
カジョ・メサ団長は剣術は強い。だが、酒はめっぽう弱い。そして、きっと酔っぱらってこの森に入って帰れなくなったようだ。
なんて人騒がせな。
「奴は酔っぱらってても強い。お前達が探さなくても、明日には帰ってくるだろう。放っておけ」
クソッ、時間を損した。
「いや、それが今日は団長の息子のカンデが団長を探しに森に入ってしまって、それを探しに行くところなんです」
カンデ・メサは俺よりも3歳年上の現在14歳。
いずれ、学園生活が始まると俺の護衛騎士になってヒロインの攻略対象になる人物だ。
こいつも酒のみで、居酒屋で酒の飲み過ぎて倒れている所をヒロインに助けられて夢中になる。
なんて簡単に恋に落ちるんだと、ゲームに毒づいた事があった。
だが、今はまだカンデは子供だ。子供一人でこの森にいるなんて、危険すぎる。
「わかった。私も一緒に探そう」
騎士団から安堵のため息が流れた。
ーー{騎士団c} 良かった。殿下が一緒ならドラゴンが出てきても大丈夫だよな。後ろから着いて行きます!
お前達、俺を守れよ。
と思ったが仕方ない。5歳の時に剣を持たされたが、大岩を真っ二つに出来たのだから。
探察用式神がカンデの場所を伝えて来た。
俺は急いで馬を走らせた。
ーー{カンデ} 助けて、ワーウルフだ。誰か・・
まずい、ワーウルフにかまれるとワーウルフになってしまう。俺の治癒魔法は効くには効くが、厄介だ。
俺がカンデを見つけたその時、ワーウルフがカンデに飛びかかる瞬間だった。
俺は腰の剣を思いっきりワーウルフに投げた。
見事ワーウルフの腹に刺さり、そのまま横の木に串刺しになっていた。
「カンデ、大丈夫か? どこか怪我をしていないか?」
俺は体のどこにも咬まれた後がなくてホッとした。
「君を探しに来たんだよ。もう大丈夫だ」
ーー{カンデ} 殿下? もしかして殿下が探しに来てくれたというのか?
カンデは木に刺さってるワーウルフを見てぞっとしていた。
「助けて頂きありがとうございました。俺が皆が止めるのも聞かずに父を探しに森に入ったばかりに殿下にご迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
「君が父親を心配して森に入った心情は理解出来る。しかし、君は自分の力量に見誤りがあった。帰ったら君とカジョ団長は他の騎士団員に謝罪するんだ。それにはまず、カジョを探さないとな」
カンデに手を差しのべ、馬に引き上げた。
すぐにカジョ団長は見つけることが出来た。バカみたいに大きなイビキが聞こえて来たからだ。
いい気なもんだ。
息子が心配して必死で探していたってのに。
俺はイライラしていたが、息子の前で怒るのは可哀想だ。
俺は極力優しげな声でカジョを起こす。
「カジョ騎士団長起きて下さい。アルテシークとカンデが迎えに来ましたよ」
「むお?」
間抜けた声を出してカジョ団長が目を覚ましてこちらを見る。そして固まる。
「もしかして、もしかして・・殿下ですか?」
「そうだ。ワーウルフも出ているから帰るぞ。この森は暫く立ち入り禁止にする」
俺は目だけは笑っていない取って付けた微笑みでカジョ騎士団長を見下ろしていた。
「はい、酔いも覚めたので先導します」
カジョ団長は目があった途端に、シャキッとして傍で待っててくれたカジョの馬に跨がった。
他の騎士達とも合流できたので、森から出て他の者が入らないように結界を張って置く。
「2日後、ここに来てワーウルフ殲滅作戦を行う。用意をしておいてくれ」
「どうして2日後なんですか?」
副団長が首を捻る。
「私はここ何日も休んでいないからだ。これ以上働かすとストライキをする」
「それだけは、やめて下さい」
ふむ。この言葉はどの省庁にも効く脅し文句だな。
ふと気付けば、殆どの攻略対象に会った。これから学園生活が始まるまで、俺はルシアとの親密度を上げたい。
しかし、それには倒さなければならない強敵がいる。ヴォルダ侯爵だ。
先日もトマスにも手伝ってもらい、書類を片っ端から片付けてルシアに会いにいった時の事だ。
「ルシア!!漸く会えたよ」
出迎えてくれたルシアに近づくと、サっと俺の行く手を塞ぎ
「ようこそ、アルテシーク殿下。殿下が来てくださるのを楽しみしてにしていましたよ。是非私とチェスをしてください」
ーー{ヴァルダ侯爵} 二人で会うのは結婚してからですよ。私の天使には近付けさせません
「侯爵、全力で勝たせて頂きます」
俺はこのチート能力を惜しげもなくチェスに注ぎ込んだ。
結果、5分で勝った。
「殿下、今巷で流行りの紅茶の目利きをしましょう」
ーー{ヴォルダ侯爵} これならどうだ!!
「私は少々紅茶にはうるさいですよ」
ヴォルダ侯爵よ。残念だったな。俺の嗅覚と舌ならば、どこの銘柄かすぐに当てて見せよう。
侍女が運んできた紅茶を飲んで俺は驚いた。
「こここれは!!?」
俺は侯爵を睨む。
なんて卑怯なんだ。
紅茶の香りを妨害するように、運んで来た侍女は香水を頭からかぶったくらいの匂いをさせている。
そして、紅茶の味だ。
・・・薄くてわからない・・
おちゃるまるに出てくる少女漫画家が飲んでいる紅茶よりも薄いのではないか?
「侯爵、流石に卑怯ではないですか?」
今日の為に頑張った仕事が、クソ親父のせいで無駄骨になる。
「おや? この香り豊かな紅茶がわかりませんか? 殿下もまだまだですね」
悔しい。
「あなた!!」
「お父様!!」
ヴォルダ侯爵夫人とルシアが、大人げない親父を諌めに来てくれた。
「殿下、この人の子供じみた行為をこれからきっちりと向こうで言い聞かせますので、どうぞルシアと部屋でお話し下さい」
夫人に取り押さえられて、侯爵が去っていく。
「ルシア、部屋の扉は全開にしておくんだよ・・・」
と言葉を残しつつ。
「ルシアに会えるのをどれだけ楽しみにしていたか。侯爵に邪魔されて会えないかと思ったよ」
「お父様ったら、本当に子供みたいでごめんなさい。でも、お父様も殿下に会うのが余程嬉しいのか、あんなに沢山の遊びを用意していたのには驚きました」
えーと、侯爵が俺と遊びたいとかって違うと思うよ。
ルシアの隣に座ったら、ルシアの顔が赤くなった。
それから、ルシアの匂いを嗅ぐと癒される。
本当に癒される。
・・・
「殿下、起きて下さい」
肩を激しく揺すられる。
「んあ?」
え? しまった・・寝てた。寝てしまった。
「お疲れの所をお越しくださったのに、何のおもてなしも出来ずにすみません」
ルシアの声が頭の上でする。
おお、この体勢は膝枕。
しかし、その感触を堪能する間もなく、起き上がる。
帰る時間だ。
結局何をしにここにきたんだ、と思いながら玄関ホールまで来ると、ヴォルダ侯爵のご機嫌な声が追い討ちをかける。
「部屋に入るなり眠られてしまうとは、ずいぶんお疲れだったのですね。ははは」
がっかりだ。
肩を落とす俺の心にルシアの声が届く。
ーー{ルシア} 今日は本当に幸せな1日でした。アル様をあんなに身近に感じて、しかもあんなに無防備なアル様の顔をずっと見れて嬉しかった。
そうか、ルシアが幸せに感じてくれたなら、良かった。
「ルシア、愛してる。また来るよ」
ルシアの顔がぼっと赤くなった。




